第104話 命を懸ける価値
突然の攻撃で、「天空城」が墜ちる。
信じられないことに一撃だ。
「方舟」からの攻撃であることは、「天空城」の哨戒索敵システムが捉えているので間違いない。
その「方舟」も、自身を内側から貫いた攻撃により、「天空城」よりも早く高度を下げ始めている。
一撃で「方舟」と「天空城」をまとめて叩き墜とす攻撃。
そんなことが可能な代物はアラン騎士団長が知る限り、「神殻外装」という他の戦力と比較する事すらバカバカしい、自分の主が駆使する超兵器以外思い当たるものはない。
事実そうなのだろう。
墜ちていく「方舟」から黒い「神殻外装」、つまりは神竜が飛び出してゆくのが確認されている。
あんなものの相手を出来るのはシン様達だけだ、と今更アラン騎士団長は慌てない。
自分たちには自分たちのするべきことがあるからだ。
理由は解らないが、人のいる表層部ではなく基部を貫いた攻撃によって「天空城」は墜ちざるを得ない状況になったが、幸い人的な被害はなかった。
どれだけすごい「逸失技術」の塊であっても、墜とされた拠点に執着しても意味はない。
可及的速やかに次期指揮浮島である「神竜の庭」に指揮所を移し終え、今ある手札の中で万全を維持する。
シン率いる「天空城騎士団」の象徴が、かくも容易く撃破されたことに驚きがない訳ではない。
だがシン達と付き合っていれば、そういう世界もあるのだと妙に納得できる。
我ながらよくシン様相手に喧嘩を売ったものです、とアラン騎士団長は自嘲する。
知らないというのは怖いものだ。
よくもまあ今、全件代理などをやっている物だと呆れもする。
あの時は自分がこんな高みにまで登れるとは思いもよらなかった。
これだけでも、アラン騎士団長としてはシンと出会った意味がある。
髪の事ももちろん感謝している。
アラン騎士団長は、事が済んでからの呑み会を本当に楽しみにしている。
「天空城」が墜ちたことにより、夜様が気に入っていた部屋や、クレア様が大事にしていた食器類がすべて砕けたかと思うと心が痛むが、その辺のフォローはまあ、シン様の仕事の内だろうと割り切る。
そのシン達にも先刻報告を済ませた。
らしからぬ深刻な顔をしていたが、自分たちと話すうちにいつもの感じに戻っていた。
どうあれあの場は任せるしかない。
アラン騎士団長を総指揮官とする、魔物迎撃部隊は今、リィン大陸全域に配置された全ての「浮島」を拠点として、再び起こった大侵攻に対して全面迎撃の構えを取っている真っ最中だ。
まだ最前線も接敵していないが、時間の問題だろう。
先の「大侵攻」を超える規模での侵攻が、大陸全土にわたって次々報告されている。
先の「大侵攻」に比べて、圧倒的に強化された戦力に加え、シンが解放した元「宿者」や、武闘大会に参加していた「異能者」達も力を貸してくれている。
これで防ぎきれなければどうしようもないと言える陣容だ。
ただし今回は最大戦力である、シン、夜、クレア、神竜の参戦は望めない。
彼らでなければ対処できない相手と、彼らは彼らで対峙しているからだ。
身も蓋もないが自分たちがどれだけ奮戦し、最小限の犠牲でこの第二次大侵攻をしのいだとしても、シン達が負ければ元も子もない。
「神殻外装」に抗し得る戦力などありはしないのだ。
その割には自分だけではなく、皆落ち着いたものだとアラン騎士団長は思わず笑う。
「おや、この深刻な状況下でお笑いになるとは、アラン騎士団長も大物感が漂ってきましたね」
最近ヨーコはシンや夜、クレアが居る時だけではなく、「天空城騎士団」の団員だけの時でもこう言った物言いをするようになってきている。
仲間として認められてきたのかな、とアラン騎士団長などは密かに喜んでいる。
シンなどは想像もつかないだろうが、この黙っていればクールビューティーのヨーコはほとんどの場合寡黙なのだ。
「冒険者ギルド」のギルド長であるにも拘わらず、女性としてもかなり幅広い年齢層から想いを寄せられている。
歯牙にもかけていないのが哀れだが。
思いを寄せている男どもの中で、シンと会話している時のヨーコを知るものなど皆無だ。
まずは今自分たちに見せているこの顔を見れなければ、男として見てもらえることなど永遠にないだろうと、アラン騎士団長は思う。
それこそこの人が、何をきっかけでシン様に惚れたのかをいつかきちんと聞いてみたいと思う。
冗談めかしてはいるが、間違いなく本気だとわかるくらいの付き合いはある。
「そうでなくてはなりません。シン兄様が総指揮官を任せた者がこの程度で慌てふためいていては、任じたシン兄様の沽券に係わります。さすがですわアラン騎士団長」
己の主筋にあたる、フィオナ元第一皇女。
自分が洟垂れ小僧だったころから、いやそんな基準では到底足りない千年の過去から、シンにもう一度逢うためだけに両儀四象の一角、ウィンダリア皇国の守護召喚獣「天を喰らう鳳」として在り続けた女性。
こうやって見ている分には、シルリア姫の双子の姉くらいにしか見えない。
仲間以外には千年を生きた賢者として振る舞う彼女が、シンの前では本当に女の子として心を揺らしているのが伝わってくる。
自分の事をモテると言ってからかうシン様こそ、自分自身のことを解ってないよな、とアラン騎士団長は思う。
千年思い続けられることも凄いが、それよりも信じられないのはそれだけの年月理想化され続けたにも拘わらず、実際に再会してから幻滅されることがない事実だ。
呑み会の時には絶対に言ってやろうと思っている。
「シン様に信頼されているってすごいですよね! わ、私はちょっと怖いですけれど、シン様の期待に応えられるように精いっぱい頑張ります!」
こちらは同じく主筋の姫でありながら、生まれた時から知っているシルリア姫。
物心つく前から「人質」に取られ、こんな感情豊かな少女ではなかったはずだ。
フィオナの指示による脱出行をシンに助けられてから、この少女は一変した。
一目惚れすることが不思議ではない状況だったのは理解できるが、本当に十歳に過ぎない少女が、その想い人の近くにいるためだけに「天空城騎士団」の一員にまでたどり着くことは尋常ではない。
たとえ「姫騎士」というレアジョブに恵まれているとは言っても。
今もまっすぐに、シンの傍に居れる事だけを考えているお姫様。
学校に行って、「イイオンナ」になるのだそうな。
解ってるのかなシン様、のほほんとしてるけど。
夜様やクレア様、神竜で落ちついたと思ってたら、数年後えらい目に遭いますよ。
そしてこんな状況で、数年後を現実として考えられる自分にやっぱり笑ってしまう。
シンが負けることなど、これっぽっちも考えていない。
自分自身についても、死ぬ覚悟はあっても死ぬ気は全くない。
自分もずいぶん影響されたものだと、アラン騎士団長は思う。
「いや、余裕とかそういうのではなくてですね。私も含めてみな自分が為すべきことに集中してるじゃないですか。シン様が負けるなんてことをこれっぽっちも想像していないばかりか、自分が死ぬことすら考えていない。ずいぶんとシン様の麾下らしくなったなと思いましてね」
「ああ、アラン騎士団長は殿方ですからね。戦に赴くのに忠義とか大義とかいろいろあるのでしょう。もともとウィンダリア皇国という大国に仕える騎士団長という身分もありますしわかります。でも私たち女というのは意外と単純なんですよ。命の懸った戦場に立つ身に限られるのかもしれませんが」
「ですわね。力になりたいと思った殿方が負けるかも、なんて思いながら戦場に一秒も立ってはいられませんわ。怖くて泣いてしまいますし。でもそこが揺るがなければ怖いものなんてないんですよ。その殿方も頼りにしてくれていると信じられれば、どんな過酷な戦場でも笑顔で赴けますのよ?」
「わ、わ、わ、私もです。怖くても辛くても、シン様が頼りにしてくれてるんだから平気です。そうでなければとても無理です。でも頑張るんです」
女ってすごい、とアラン騎士団長は思う。
理屈じゃなく、感情で戦場に立てる。
男には難しいかもしれない、なんせ男は理屈っぽいから。
でもそれでいいとも思う。
ただ自分もこの戦い、おこがましいかも知れないがシン様の麾下、全権代理を任された総指揮官としてと同時に、シン様の友人として戦うのもいいかもしれないと思えた。
「ちょっと私に理解できない強さですね、戦場に立つ女性の気持ちというものは。ただ素直にすごいとは思います」
そう言うと三人とも誇らしげに胸を張った。
その様子をシン様に見せたいなと、素直にそう思えた。
こんな女傑たちをして、自分たちが一歩も二歩も及ばないと思わせる女性がシンの周りには三人もいるという事実。
「吸血姫:夜」
「神子:クレア」
「神竜」
いずれ劣らぬ麗人であり、それぞれがシンと伍すほどの戦闘力も持っている。
何よりも今、アラン騎士団長が感心した女性たち以上にシンを絶対としている女性たち。
これは負けませんね、シン様は。
負けさせてもらえないと言うべきか。
ちょっとやそっとシン自身が揺らいだところで、必ず彼女らがなんとかするだろう。
最終的になんとかするのはシン本人でも、そうさせる力をシンに与えてくれるはずだ。
「さてそろそろ全軍へ檄を飛ばしますか。総指揮官としての最初の仕事です。ハッタリかます為にみなさんも一緒にお願いします」
三人が首肯する。
それと同時に、目の前に無数の「映像窓」が表示される。
それぞれが双方向で、現在展開している兵力の全拠点にアラン騎士団長たちの映像と音声を伝え、こちらには各地の映像や音声を伝えてきている。
『各拠点で接敵を待つ皆さん。シン様より今防御作戦の総指揮官を任命された、「天空城騎士団」№Ⅵ、アラン・クリスフォードです』
特に大声を張り上げることもなく、アラン騎士団長が話し始める。
各地の兵士、冒険者たちも静かに聴いている。
『先程状況はシン様に伝えてあります。あちらはあちらで大変そうですが、まあシン様の事です、頼りになる奥方が三人もついていますからいつものようになんとかしてくれるでしょう』
今度はちょっとした笑い声や、「ちげえねえ」「そりゃそうだ」という声が聞こえてくる。
彼らもシン達に対する信頼は絶対的なものが在るのだ。
というか戦う者として、シンが敗れればもはやどうしようもないと腹を括っているともいえる。
『そのシン様からの伝言を伝えます。「誰も死んでくれるな。こっちは任せて、なんとかする」だそうです。相変わらず無茶苦茶言いますよねえ、我らの英雄殿は』
思わず噴き出したような笑いや、冒険者たちからは大爆笑も起こっている。
この状況でだれも死んでくれるなと言われたところで、無茶言うなとしか返しようがない。
それでもそう言ってくれることが嬉しい。
嬉しいと思える自分たちが誇らしい。
死ぬかもしれない戦場へ赴く前に、笑える強さを自分たちが持っている事を再確認して自信を深める。
役目を全うし、そう上で生き残ることを強く意識する。
『まあ無茶な指示ですが、我等が英雄殿の指示なので極力守ってください。防衛ラインは幾重にも構築しています。「異能者」様方や「宿者」様方も要所で援護してくださいます。やばくなったらさっさと放棄して、次の防衛線へ下がってください』
「おうよ」「無駄に死ねるかよ」という冒険者たちの声と、無言で頷く兵士たちの熱気が伝わってくる。
『ただし』
アラン騎士団長の口調ががらりと変わる。
大きな声を出した訳ではない。
だが戦う立場にあるものが、その変化に気付かぬわけもない。
無数にある「映像窓」の全てが一瞬で沈黙に変わる。
形式だけの軍規ではない、ともに信頼して戦う者同士の不文律が、このような状況下での無秩序を排除する。
咳ひとつない中、アラン騎士団長の言葉が響く。
『守るべき人々に被害が出る可能性がある場合、そこを死守する事を命じます』
死守。
死んでも守れという、ある意味絶望的な命令。
お前達の命よりも大事なことがあると、明確に告げる命令。
『正しいか正しくないかはこの際置きます。シン様の麾下にある戦う者が、戦えぬ者より後に死ぬことを許可しません。我々がシン様麾下で剣を取る限り、我らが守るべき人々に敵の刃、牙が届くのは我ら悉くが死に絶えた後しかありえません。その覚悟をもって戦場に臨んでいただきたい。この戦いは命を懸ける価値があると断言できます』
一拍の沈黙の後、爆発的な反応が起こる。
みな自分の得物を抜き、突き上げて声を上げる。
誇りを持って戦える戦場。
他国を蹂躙し、同胞を殺して覇を競う「戦争」ではない。
人々を守る為に、おためごかしではなく「大事な人のために戦う」と明言できる戦場。
各国の正規軍に属する兵士達こそが、それを心から望んでいたのかもしれない。
実際はそんなかっこよく行くわけではない。
死の恐怖が、時にいとも容易く誇りも矜持も圧し折ることなど、戦う者ならだれでも知っている。
それでも腹の底にその覚悟を呑んで戦うことに意味はあるはずだ。
陳腐かもしれないが、それを総指揮官が旗頭に据えて戦う事に意味はあるはずだ。
自分たちは嘘偽りなく、人々のために戦う者なのだから。
『まあそんな状況になるまでに、我らが英雄殿が駆けつけてくれますよ多分。最終防衛ラインを突破されるまで充分時間は稼げます。いっちょシン様に、これだけの防衛戦で死者が居ないという奇跡を見せて差し上げようじゃないですか。凡人の意地ってやつです』
うって変わって軽い調子でアラン騎士団長が伝えると、熱狂はその色合いをわずかに変え張りつめすぎかねなかった空気を抜く。
『現時刻をもって第二次大侵攻防衛作戦を発動します。別命ない限り各拠点の指揮官の指示に従い作戦展開。連絡を密にお願いします。――勝ちましょう。勝って各都市の酒を空にしましょうみなさん。払いはシン様持ちですよ、もちろん』
各「映像窓」から歓声が上がる。
相互通信のために、本部である浮島「神竜の庭」とは開かれたままとなる。
「さあ、踏ん張りどころですね。頑張りましょう」
アラン騎士団長が振り返って「天空城騎士団」の仲間に話しかける。
「なるほどシン様がアラン騎士団長に総指揮官を任せるのもわかります」
「ああいうもの言いは妾にはできませんわね。それを見抜いているシン兄様が一番すごいですが」
「アラン様、今のきっとフィリアーナ様見ていらっしゃいますわ。惚れ直されますわね!」
笑うしかない。
でも死ぬ気がしないのはありがたい。
最初の接敵まで約三十分。
思えば「映像窓」と哨戒索敵システムによる戦況分析にも慣れたものだと思う。
半年前に聞いていれば、どこの「逸失技術」だと笑い飛ばしていたことは疑いない。
さてシン様、こちらは丸二日くらいは充分持ち堪えてみせます。
そっちは任せましたよ。
そっちが負けてしまえば、我々の踏ん張りなど何の意味も持たなくなるんですから。
ちゃんと嫁さん達にいいとこ見せてくださいよ。
命を懸ける価値。
それを自身で認めらることが、戦う者にとってどれだけ幸福か。
その思いを胸に、シンの部下として、友人としてアラン騎士団長は最大の戦いに臨む。