第98話 神威相剋
主翼を一瞬で全面展開させ、殺到してくる無数の光弾を高速機動で掻い潜る。
「すまん、なんかわからんが混乱してた、ごめん!」
「三位一体」の伝えてくる夜、クレア二人の感覚と、神竜の伝えてくれる情報に従って、ひっきりなしに加えられる攻撃を全て躱しながら一旦距離を取る。
直撃は何とか避けるが、数発は甘喰らいしてしまう。
その度に外部装甲の耐久値がかなり減少する。
やはり、アストレイア様の攻撃は、俺達相手にでも通る。
――躱しきった!
「ほんとにごめん。いくら動揺したと言っても、あそこまで自失するとは我ながら情けない。心配かけた」
「三位一体」が伝えてくれる、夜とクレアの動悸がはやい。
そりゃあの状態で棒立ちされたら心拍数も上がるよな。
「正気に戻ってくれたんだから、それでいいです」
「まあ、あんなこと言われれば動揺しますわよね」
夜とクレアが優しい言葉をかけてくれる。
ほんとにな。
自分が何のためにこの世界に居て、何のために戦うのか。
何回確認すれば気が済むんだ俺は。
何が大事かを忘れちゃ話にならない。
最悪、アストレイア様を救えず、謎の男を敵に回し、「堕神群」も、「システム」も、ダリューンも、なんなら世界全部を向うにまわしてでも平気なくらい、大事なものがあるだろう。
それを危険に晒してどうする。
理想を思い描きすぎて、一番大事なものを失うのは愚者の所業だ。
「あ」
二人と同じく、ほっとした空気を出していた神竜が、急に素っ頓狂な声を上げる。
「あ、ってなんですの神竜」
「どうしたんですか? 意外とヘタレなシン君にびっくりしましたか? 結構あるんですよ、たとえば」
やめてください夜さん、死んでしまいます。
お互いだからこそ見せ合っている弱みを他言したら駄目だろう。
あれ? この四人ならそれもありなのか。
男一人の俺が圧倒手に不利な気がするけど、そういうものか?
「アストレイアの得意技に、魅了があるの忘れとった。あれ、主殿完全に油断しとったから、もろにくらっとる」
「あ」「あ」「あ」
間抜けな声が三つ揃う。
そういう事か、魅了による暗示で、自分を確実に殺すように仕向けたのか。
それに抵抗してたから、思考が呆然となったんだ。
「堕神化」直前に視線が合った、泣き笑いのようなあれだ。
いや抵抗できただけ褒めてくれ、美と創造の女神の魅了なんだぞ。
「な、なんか盛り上がってましたけど……」
「私が解呪すれば一発だったんですのね……」
なんだろうなこの気恥ずかしさは。
呆然自失となった俺を、三人の想いでシャンとさせてくれたシーンだったのに。
いや、ちがう、そうじゃない。
神様の魅了を、術式に頼らず解除したんだ。
すごいことじゃないか、誇ろう。
「悶えておるところすまぬが、ものすごいの来とるぞー」
俺の真後ろからトスされてきた「映像窓」に、全天から殺到する攻撃が表示されている。
飽和攻撃なんてもんじゃない、高速機動がどうとかで躱せる代物じゃない。
「うわあああ、クレア、次元障壁展開、事象を書き換える!」
「りょ、了解ですの!」
堕神と化しても、アストレイア様は創世神だ。
この世界の理は、全て好きに書き換えられると見て良い。
「システム」に保障されているレベルや、その差による「無効化」もあってないようなものだ。
この世界の法則は、アストレイア様がルールとなる。
さっきの障壁展開なんて、初手だから助かったようなものだろう。
ガルさんが「神殺し」を手に入れたり、ダリューンがああいう「特殊閉鎖空間」を展開可能になっている中で、最高神であるアストレイア様に、俺達への対抗手段がないなんてありえない。
事実、さっきかすった攻撃は、しっかしレベル150をオーバーしている「神殻外装」の装甲にダメージ通してきていたしな。
ではどうするか。
アストレイア様が絶対的に有利な、世界の理の外で戦うしかない。
「神殻外装」――神竜はこの世界の神の一柱であると同時に、別の世界の最高神でもある。
この世界の中に、極限られた空間とはいえ世界を創出し、その中での理を統べることが可能だ。
それが「次元障壁展開」
クレアの操作に従い、「神殻外装」――神竜本体を包み込む程度の円形空間が展開される。
この瞬間に消費される魔力と我々の経験値はかなり膨大なものだ。
そうそう気楽に何度も使える代物ではない。
もはや回避も迎撃も間に合わないタイミングで殺到する全ての攻撃が、その円形空間に触れると同時に、何事もなかったかのように消滅する。
この円形空間においては、世界の理を統べるのは神竜だ。
神が在れと告げたものが在るがごとく、消えよと告げたものは消える。
「喰らったらやばいな、やっぱり」
そうだ、夜、クレア、神竜のおかげで、必要以上に深刻にならなくて済んではいる。
だからといってアストレイア様が告げたことが解決したわけじゃないんだ。
何故そんなことを言ったのか、それを受けて俺達はどうするのか。
戦いながら答えを出すしかない。
絶対に出しちゃいけない結果は、ここで俺達が負けてしまう事だ。
「堕神解放」するにしても、アストレイア様の望みを叶えるにしても、まずは勝つことが大前提であることに変わりはない。
「夜、クレア、神竜。アストレイア様が打たれ強いとも思えないし、俺達の取り得る「勝ち方」は限られてる。短期決戦で行く、準備良いか?」
「いつでも行けます!」
「了解ですの!」
「ちょうど次元障壁展開したしの。このまま「神核」を直列励起させるか」
よし、一気に行く。
まずは無力化してから、考える。
いや考えるまでもないな。
「殺す」という選択肢はないんだ。
――だったら「堕神解放」という初志を貫徹するのみだ。
「神殻外装」――神竜の各部に仕込まれた「神核」。
これが神としての権能を行使することを可能にしている、神たる礎だ。
「神殻外装」としては、ここが操者――俺、夜、クレアがそれにあたる――の魂を削って、その意に従い神の能力を顕現させる。
通常状態の「神核」は基底状態であり、ごく少量の魂を使用して、通常の「神殻外装」運用を可能にしている。
だが攻撃防御いずれにおいても、スキルを行使する際は励起状態となる。
「ブレス」や「流星光雨」を行使する際には、十ある「神核」がそれぞれの能力に応じて励起し、魔力や、魂――経験値を相転移させて発現させている……らしい。
正直よく理解できていない。
だが「神威」と呼ばれる奥義級のスキルを使用する際は、「直列励起」という、全ての「神核」が最大稼働している状態が必要となるのは間違いない。
圧倒的な攻撃力、あるいは防御力を得られる代償は安くはない。
その状態での魂――経験値の減少率は相当なもので、レベル150を超過している俺達四人の複数合一をもってしても、そうそう長時間維持出来ないレベルだ。
だからこその短期決戦。
目的はアストレイア様を「討伐」することではなく「解放」する事。
打たれ強かった神竜でさえ、無力化するのに相当な苦労をした。
打たれ強かった故ともいえるが、HPが一定値を切った上での「狂乱モード」の神竜はちょっと思い出したくない。
正直に言えば、あの時何度か「もういいかな、止めさそうかな」と思ったことは内緒だが事実だ。
神竜ごめんなさい。
本当に諦めずに解放してよかった。
だけどアストレイア様がそんなに打たれ強いとも思えない。
防護障壁抜いて直撃した一撃で、消し飛ばれては洒落にもならない。
ましてこちらは「神殻外装」
現在世界に湧出している最強フィールド系ボスを瞬殺できるくらい圧倒的な戦闘力を誇る存在だ。
ためしに一撃当ててみることも危険で出来ない。
万全を期したがゆえに、陥った二律背反といえる。
故に最強最大の「神威」をもって、一撃で勝負を付ける。
「事象改変フィールド全面展開! 全神核直列励起!」
「了解。全神核直列励起開始。全魔力注入。魂魄抽出開始。――事象改変フィールド全面展開完了。いけるぞ主殿」
俺の指示に神竜が復唱後、起動シークエンスに入る――完了。
「神殻外装」の各重要箇所十ヶ所に対応した、俺の身体の各所が眩い光に包まれる。
「神殻外装」も同じように発光しているはずだ。
主操者である俺の背後に、生命の樹が表示され、そのすべての座と径路に光が通る。
物凄い勢いで、自分の中から何かが吸い出されていくのがわかる。
怖いから右上の経験値表示は見ない。
レベルの2や3下がったところで知った事か、これで勝負を決める。
「――「絶対領域」発動!」
別に神竜がミニスカートとニーソックス履いたりするわけではない、念のため。
その概念を伝えるとやりかねないので黙っているが、聞いたらほんとにやりそうだ神竜。
「神殻外装」の周囲が蒼い光に包まれる。
その「領域」においては、操者の意志を「絶対」とする神の御業。
「シン君、堕神アストレイア様に変化。遠隔攻撃が通用しないことを受けて……眷神召喚です! 創世神であり、最高神であるアストレイア様の眷神はこの世界の神々全てです!」
「我が主、アストレイア様の周囲一帯に四柱の眷神確認。地水火風の元素神。神体としてではなく、現象顕現ですわ」
俺の目にも見えている。
人間大でしかない、アストレイア様の周囲に巨大な地、水、火、風が球状に渦巻いている。
何のためかわからないが、四大元素とよばれる眷神を、その現象そのものとして呼び出している。
いずれにせよこちらの「絶対領域」に干渉はできまい。
このまま突撃して、アストレイア様を「絶対領域」に捉える。
それで勝負ありのはずだ。
「シン君、アストレイア様の足元に次元断裂! なんですか、これ? 「天国の門」? が現出」
夜の報告が疑問形だ。
無理もない、ゲーム時代にもこんなもの見たことないもんな。
「神殻外装」が表示する情報を読み取って報告してくれているだけだ。
「地水火風の四大、「天国の門」とやらに吸収されていってますわ」
たった今現れたばかりの四大が、クレアの言うとおり現れた巨大な扉――「天国の門」に吸い込まれていっている。
何が始まるんだこれ。
「神殻外装」が情報として表示できるという事は、神竜は知っているはず。
知っているのか、神竜。
「アストレイアが自身の本体を呼び出しておる。「天国の門」はその扉じゃ。我にとっての「聖櫃」のようなものじゃな。あのアストレイアは我でいうところの分体じゃ。――「天国の門」が開く」
やはり知っていたか雷電。
神竜が言うとおり、四大を呑みこみ、アストレイア様の足元に現れた巨大な扉が開いてゆく。
四大は鍵か。
その開かれた巨大な扉から、金色の光に包まれた「神殻外装」にも劣らぬ巨躯が現出する。
光り輝く十二枚の白翼。
頭上に輝く「光輪」と、後光に包まれた、巨大であっても美しい躰。
機械的な「神殻外装」とは対照的に、あくまでアストレイア様そのものを巨大化したような姿。
巨大化しても相変わらず薄着だ。
しかしこれ、神竜が堕神群最強って嘘じゃないか?
あのタイミングでこれと対峙してたら、消し飛ばされてたような気がするんですけど。
それとも今のタイミングだからこそ、ここまでの事が可能なのか。
そのあたりの事はよくわからない。
しかしこの光景、地上からも見えてるよな間違いなく。
どう考えても俺達が悪役に見えるだろうなこれ。
巨大な女神アストレイア様に挑む、機械仕掛けの神竜。
神話的には間違いなくこっちが悪だ。
「神殻外装Ver「神竜」/シン専用機」は充分以上にカッコいいが、この際それは問題ではない。
まあいい、やることは変わらない。
「アストレイアも同じことをして来るぞ、間違いなく。力比べじゃな」
神竜の言うとおり巨大な神体が、胸の前で拝み手に合わせる。
そこから金色の円形が広がり、アストレイア様の神体を包み込む。
あれが世界の「絶対領域」だ。
こっちの世界の「絶対領域」と、ぶつけ合って我を通す。
わかりやすい。
ダリューンとの勝負と本質は変わらない。
そっちがやろうとしていることは気にくわないから、こっちの言うことに従え。
それを力ではっきりさせる。
神竜とアストレイア様の「絶対領域」対決。
うん、字面で見ると物凄い勝負が展開されそうだな。
神竜少々不利か。
「主殿……」
いえ何も考えてません。
「力比べは望むところだ、アストレイア様は一人、こっちは四人だ。負けるわけない、行くぞ!」
巨大な、蒼い「絶対領域」と金色の「絶対領域」が激突する。
アストレイア様の都合を、こっちの都合に合わせてもらう。
どんな事情があるのかは知らないが、死なさない。