第96話 七大罪 強欲
二度目の堕神降臨が始まろうとしている。
「堕神群」がどうしても堕神から解放して欲しい存在。
――それが叶えば、自分たちが知る全てを開陳し、全面的に協力することも厭わないというくらいに。
すでに堕神からの解放がなり、本来の力、いやそれ以上の力を得ている神竜が、忌避すべき本来の姿――「神殻外装」に戻ってまでも、その解放を確実にしたいと思える存在。
創世神。
――女神アストレイア。
まず間違いなく次の堕神降臨は、彼女だ。
俺にとっても、この世界に来ることになったきっかけである存在。
彼女に願われて、俺と僕は世界を存続させるために合一したのだ。
正しくは、その結果として夜とクレアが消滅しなくてもいいように、これからも一緒に居られるようにするために。
その際に、俺はアストレイア様の想いを告げられている。
そしてこの世界で、彼女を探す約束をした。
その約束は果たされないまま、今に至っている。
夜とクレアも、千年前のあの時に何か会話をしたようだ。
未だにその内容は教えてもらえていないけれど。
堕神解放がなれば、それら全てに片を付けられる。
何よりも、「堕神群」を率いている謎の男の正体もはっきりする。
「――状況は?」
俺がダリューンの閉鎖空間に囚われてから、まだ30分も経ってはいない。
それでも事態は大きく動き出している。
「世界会議」はこれあるを前提に、万全とはいかぬまでも準備を怠っていなかった。
少なくとも、ガルさん達との一回戦終了時に異常が確認されたと同時に、取るべき行動を起こしてくれているのは間違いない。
俺が居なくても組織は機能する。
当たり前だ。
夜、クレアを筆頭とした「天空城騎士団」は健在だったし、現世界会議代表アデルは、極論俺達が居なくても機能できる組織を構築しているはずだ。
考えたくもない最悪すら想定して、それに備える。
優秀な実務屋というのは凄いものだ。
「シン君を逸失した瞬間から、世界会議主導で民衆の避難は開始されてます。地方においては一定以上の村落に造られた簡易避難壕への誘導は順調です。都市部においては大型避難壕への退避進捗率30パーセントほど。双方とも後二時間以内には完了予定と報告を受けてます」
急拵えの避難壕でも、相手が魔物であれば有効だ。
人間同士の戦争であれば、空爆などの特殊攻撃を躱す意味はあっても、占領され発見されればさほど意味はない。
だが相手が魔物となれば、その各種知覚から遮断できればそれで済む。
ボス級が街ごと、地下ごと消し飛ばすような侵攻でなければ、被害はほぼ防げる。
最悪でも避難完了まで時間を稼げば、建造物や田畑の被害だけで凌げる。
人々が生きてさえいれば、そんなものはなんとでもなる。
「天空城」をはじめとした「逸失技術」があればなおの事だ。
取り返しのつくことは、後回しでもいい。
取り返しのつかない事だけは、優先して防がなくてはならない。
アデルが代表となった「世界会議」が、「大侵攻」を防げたから次も大丈夫とは考えず、「大侵攻」の反省を活かして準備していてくれたおかげだ。
事が起こってからの初動も、充分にはやい。
「「天空城」は「天空城騎士団」とともに皇都ハルモニア上空に待機中。ここを除く「浮島」は、元「宿者」の方々を含む、各国正規軍、上級冒険者達とともに所定の位置へ展開済み、現在哨戒中ですの。ガル様をはじめ、「異能者」の方々もそれには協力してくださっていますわ。現在の所、先の「大侵攻」の様な魔物の発生は確認されていませんわ」
よし、防衛力展開でも後手には回っていない。
正規軍、冒険者の全面展開は金がかかる。
だからと言って後手に回っては何の意味もない。
最終決定権を持った俺が居なくても、夜、クレアの許可をもって稼働可能な全戦力を動員、想定していた最大規模で即時展開できているのも大きい。
先の「大侵攻」のようなことが発生する前に、今俺達の持ちうる全戦力を理想的に展開できている。
何も起こらなくても、最大の緊張感を持って臨めた「大演習」となって、戦う者たちの経験となるから無駄にはならない。
何よりも世界が、戦時体制として緊張感を保てていることが大事だ。
くだらない油断で、今の世界を壊される訳にはいかない。
「方舟は現在この浮島から二時の方向で待機。聖櫃で「神殻外装Ver「神竜」/シン専用機」はすでに起動シークエンスを終えておる。我による遠隔操作で、すぐにでもここへ呼べるぞ」
そして今の俺達の最大戦力「神殻外装」は、即時合一可能状況だ。
まあここは心配していなかった。
夜、クレア、神竜は、自身は自由のきく状況で「俺の消失」を確認している。
であれば、自分たちが取り得る限りの最善手を取ってくれることは、疑う余地もない。
その結果が、全てに先手で初動対応できている今の状況だ。
各方面に展開した「浮島」の戦力が、万一戦線を支えきれなくなった際に投入すべき遊撃戦力として「天空城」に残る、ヨーコさん、フィオナ、アラン騎士団長、シルリアに念話で話しかける。
『俺達はすぐに「神殻外装」で迎撃態勢に入る。これから起こり得る事態への対処は 「天空城騎士団」の団員各々に一任する。――アラン騎士団長』
個々の判断でこなせることは任せる。
その程度の信頼関係はお互いに築けている――と思う。
『なんでしょう』
『最終決定権をアラン騎士団長に任す。いいよな? ヨーコさん、フィオナ、シルリア』
それでもこういう大きな動きの際、誰が最終決定を下すかを決めておくことは大事だ。
功を競うといった馬鹿な事をする人たちじゃないのは充分わかっているが、お互いの最善手、最適解が一致するとは限らない。
解決すべき問題の種類によっては、そこで時間をかけて擦りあわせることが最もいい答えを出せるかもしれないが、緊急時――戦時においては即断即決が最も大切だ。
判断が遅れれば、人が死ぬ。
指揮というものを極論すれば、いかに効率よく敵と味方を殺すかだとはよく言われるが、判断の遅滞で味方を殺すのは最もバカバカしい。
そして任せた現場の最終決定権者を決めるのは、集団における絶対者――俺じゃなくちゃならない。
『何故、私に?』
当然の疑問だし、その答えはみんなに聞いてもらう必要もある。
『戦闘能力だけなら、ヨーコさんかフィオナの方がまだ上だろうけどな。俺を含めたこっちの四人を加えても、一対一の戦いや局地戦じゃなく、戦争――大局的な視点はアラン騎士団長が一番すぐれてると思う。男だからとか年長だからとか、そういう曖昧なもんじゃないから安心してくれ。騎士団という組織を、戦力として御してきた実績に期待してる。「宿者」や「異能者」といったイレギュラー戦力を把握した上で、「軍」として運用できるのは、現状アラン騎士団長だけだろう。その代わり期待には応えてくれよ。絶対に間違うなとか無理は言えないけど、失敗は許されない局面なんだ。頼む』
何を選択すれば正解かなんてわからない。
それでも選択し、結果を残すことを求められるのが「指揮官」だ。
「異能者」として一匹狼であったヨーコさんや、皇族として政治事なら任せられるかもしれないフィオナやシルリアには、ちょっと荷が重い。
言葉ではああいったが、自分だけじゃなく「部下」の命も背負うのは、可能なら男で背負いたいじゃないか、なあアラン騎士団長。
古い考えなのかもしれないけどさ。
『わかりました』
俺の意思が伝わったのかどうか、アラン騎士団長がふてぶてしく笑って承認した。
ほんとこの人、こうやって見てる分には普通に男前なんだよな。
フィリアーナ公爵令嬢との話も詳しく聞かねばならないし、間違ってもこんなところで死んでくれるなよ。
ヨーコさん、フィオナ、シルリアも、アラン騎士団長が指揮権を持つことを首肯する。
『それと一応拘束してはいるが、クリス・クラリス――たぶんまだダリューン入りの管理も任せる。決着はついてるから馬鹿なことはしないと思うけど、万一怪しい行動を取ろうとしたら――アラン騎士団長の判断で対処してくれ』
「神殻外装」で出る以上、俺を含むこの四人でクリス・クラリス――ダリューンを拘束し続けることは不可能だ。
アラン騎士団長たちに任せるしかない。
『対処ですか……』
『はっきり言おうか? 怪しいことするようなら殺しても構わない。判断は任せる。情報だとかダリューンの身柄だとか、そんな理由で「天空城騎士団」の団員に欠員が出るのは認められない。その危険があると判断したら速やかに対処してくれ』
まず間違いはないと思う。
ダリューンの性格からして、あそこまではっきり負けておきながら、俺が居ない間に悪足掻くことはないだろうとは思う。
だけど、思うだけだ。
それが甘い判断だった場合、今ともに戦っている仲間に被害が出ることは容認できない。
聞くべき情報を聞いて、果たすべき責任を果たさせる。
それが結果殺すことになるにしても、今ここで殺す気は本来ない。
だが必要であればそれを厭わない――もっとはっきり言えば明確な味方の安全の方が優先されるという事を明言しておく必要はある。
『承知しました』
意図は伝わっただろう。
アラン騎士団長も神妙に応えてくれる。
軍団指揮とは違って、そのあたりの判断をヨーコさんが過つことはないだろう。
本来何の罪もないクリス・クラリス嬢のためにも、馬鹿はしてくれるなよダリューン。
「天空城騎士団」のレベルも今やカンストに近い。
いかにクリス・クラリス嬢がレベル99であっても、この四人に囲まれていては何もできまい。
さっきの空間であるならばともかく。
それにレベル150オーバーの俺が、鋼糸術で束縛している。
まずめったなことは起こらない――はずだ。
『必要であれば元「宿者」の人たちに協力してもらってもいい。とにかく安全第一で頼む』
ほんとに頼む。
騒ぎが収まってからの方が、一緒にいるべき時間は長いんだ。
さっきダリューンに言われたことじゃないけど、ゲーム時のイベントで重要ノンプレイヤーキャラクターが死にました、で済ませられる関係じゃないんだよ、もう。
少なくとも俺にとっては。
――死なれたら、泣くからな。
『おや、やさしい言葉をくださいますね、シン様』
『シン兄様、大丈夫です。シン兄様を悲しませるようなことはしません』
『シルリアも学校入学しなきゃですし、卒業したらお嫁さんにならなきゃですし、怪我しません!』
『シン様とは、一度肚割って呑まなきゃなりませんからね。調子に乗ってバカやらないように気を付けますよ』
君ら、一斉に死亡フラグ立てるの止めてもらえますか。
いや、死亡フラグってほどでもないか。
若干アラン騎士団長には、死兆星見えてるんじゃないかという気もするけど。
考えてみれば「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ」状態だもんな、アラン騎士団長。
ある意味それは俺もか。
気を付けようぜ、お互い。
幸せ絶頂で死ぬなんて、冗談じゃない。
『一気に事態が動いてる。次をこなせばたぶん当面平和になると思う。お互いここでしくるのは避けよう。片が付いたら……世界を俺たちなりに良くしながら、バカやって暮らそう、一緒にな。じゃ、万事頼んだ。こっちは動く』
みんなから了承の返事が返ってくる。
女性陣が「今のは一種のプロポーズですかね?」などと話しているがそうじゃないだろ。
今の、仲間の確認だ。
輩――同じ戦場で肩を並べた者同士、生き残ってバカやって暮らしたいじゃないか。
他にもいっぱいいるけどな。
やっぱり「天空城騎士団」なんていう馬鹿な軍団つくってつるんでる面子が一番の仲間だ。
この世界に来て、よかったなと思えるくらいに。
――絶対に言わないけどそんなこと。
「シン君、うれしそうですね」
「我が主にそんな表情させるとは、ちょーっと焼けますわね」
「独占欲というものは厄介なもんじゃな。我がこんな気持ちになるとは想像もできなんだわ」
なに馬鹿な事言ってんだ、今や一緒に住んでる面子が。
君たちは輩――仲間以上の存在になってるだろうが、もう。
夜とクレアははじめっからそうだけど、神竜ももう、外して考えられないもんなあ。
初志貫徹。
夜とクレアとずっと一緒にいることを、最優先。
今はそれに加えて、大事なものもたくさん増えた。
その筆頭と言えばやはり、神竜になるんだろう。
大事なものは全部守る。
優先順位付けて選ばなきゃならなくなるのは、弱くて守りきれないからだ。
強ければすべてを得る事が出来る。
そのための力は持っている。
「神竜、「神殻外装」召喚! 合一する!」
「承知!」
俺の言葉に応えると同時、神竜分体の額に、俺、夜、クレアの「刻印」が浮かび上がり、背後に巨大な多重積層魔法陣が現れる。
「神殻外装」は召喚可能、初発進時のあれは完全に神竜の趣味だった訳だが、あれはあれで雰囲気あるからよしとする。
こっちのバージョンもかなり好きだけど。
空中に浮かんだ神竜分体が、魔法陣に包まれ、小さく華奢な両腕を交差させ、左右に開くと同時に口を開く。
「「神殻外装Ver「神竜」/シン専用機」召喚!」
相変わらずノリノリだな。
巨大な多重積層魔法陣を割砕き、召喚される「神殻外装」
それにまず神竜が合一し、続いて俺達三人の足元に、中央に各々の「刻印」を刻まれた魔法陣が展開する。
そのまま光に包まれ――
「神殻外装」との四者合一が完成する。
いつも通りの陣容で、合一空間に四人が揃う。
――「神の目」が強制的に立ち上がる。
『至聖三者PATER「シン」。七罪人avaritia「シン」として並行覚醒』
『コード「Mammon」 能力:「簒奪」世界に現存する「逸失技術」を全て制御することが可能になります。※直接接触必要』
――四つ目か。
今の想いを「強欲」とするならそれでいい。
ロデムは狐になっているだろう。
最近は、部屋のロデム小屋から出てこない事が多い。
何してるんだかな。
――空が割れる。
堕神となったアストレイア様の顕現だ。
――我に迎撃の準備あり!