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序章 千年後の世界 上

 俺の左目が捉えてゆく多数の雑魚魔物(モンスター)に、ロックオンカーソルが重なってゆく。


 その数が二十八に達したところで、それ以上の魔物にロックオンカーソルが現れなくなる。


 今のレベルでの上限値。

 ゆっくりと息を吸い込んで意識を集中する。


『久しぶりに』


『初めて』


 この体で「術式格闘士(マギカ・ルクター)」の複合上位スキルである「累瞬撃・雷かさねしゅんげき・イカヅチ」を発動する。


『『薙ぎ倒す!』』


 ロックオン完了を確認、次の段階へ移行。


 キィン!という澄んだ高い音とともに、俺の背に「累瞬撃・雷」を制御する大型魔法陣が展開する。


 それに続いて最初に現れた魔法陣を囲むように雷の魔法陣が左右に展開、同時に俺の両手にバチバチと雷が纏わりつき始める。

 左右の魔法陣が、二つをワンセットとしてロックオンカーソルと同数である二十八まで重なってゆく。


 常時発動している同調スキル、「三位一体」(トリニティ)のおかげで、俺の体に起こっている現象は後ろに控える仲間、召喚士の(ヨル)と「聖騎士」クレアの視覚から正確に把握できる。


 多重魔法陣展開、雷を両腕に纏った立ち姿。


 おお、俺かっこいい。


 「三位一体」は俺の主観意識が夜とクレアの視覚を含む五感を共有し、二人の行動をもコントロール可能にする特殊なスキルだ。


 レベルを現時点の20まで()()()、やっと装備可能になったオープンフィンガーグローブ系格闘専用装備、「墨牙(コクガ)」を嵌めた両手の五指を開く。


 その手のひらと指に覆われた空間には、今や重なった音がチチチチと連続する、雷撃の球体が現出している。


「いくよ、夜、クレア」


 ()()()()()()()()しても久しぶり、()としては最近商品化されたVRゲームじゃあるまいし、自分自身の体で直接中ボス戦をするのはもちろん初めてだ。


 当然のことながら鼓動は速く、焦りがある。


 まったく心拍数に変化がなく身体も熱くなっていない、極めて冷静な夜とクレアはすごいなあ、と素直に思う。


 ボスを護るように点在する雑魚魔物の数は「召喚士」のスキル「索敵」により夜の視界に三十二と表示されている。


 俺の「累瞬撃・雷」では四匹残す。


 今のレベルではスキル行使後の硬直(リコイル)キャンセルもスキル連続発動も望めない。

 レベルカンストで暴れまわってた頃と比べれば嘆かわしい限りだが、文句を言っても始まらない。

 四匹及びボスについては「三位一体」を駆使した連携で充分対処可能、なはず。


『余裕!』


『大丈夫だよな!? 大丈夫だよな!?』


 自分の心の中に生まれる相反した思考に苦笑いする。


 この世界(ヴァル・ステイル)で実際に自分の身体で闘っていた「シン」の記憶、経験から生まれる思考と、あくまでゲームとして戦闘を行っていた「俺」から生じる思考は正反対だ。


 「俺」にとって、この世界はゲームだったものだ。


 ()()()()()によるこの弊害にはいまだ慣れないが、まあそこまで深刻な影響があるわけではない。


 どっちも自分だ。


 雑魚魔物は狼型の「ガルフ」、ボスは同じく狼型の「アルク・ガルフ」。


 今のレベルと装備であれば万が一にも負けることはないし、フィールドボスなので最悪逃げることも可能。

 「シン」としては実体験で、「俺」としてはゲーム攻略の知識としてそう理解してはいても、現実として背中に汗を感じるのは、やっぱり「俺」がビビってるってことなんだろう。


 情けない。


「いつでもいけます、シン君」


「準備は万全ですわ、我が主(マイ・マスター)


 買い物に出かけられることを告げるような夜の答えと、相変わらずお堅いクレアの答え。

 雑念を払い、視界に映るロックオンカーソルに向けて意識を集中する。


 別に技名を叫ばないと発動しないわけではないけど、ここは気分だ。

 ビビってる情けなさを吹き飛ばすためにも景気よくいこう。


「累瞬撃・雷!!!」


 俺の叫びと同時に夜とクレアの視界から、砂埃とゴッ!という音を残して俺の姿はかき消える。


 俺の視界では最初のロックオンカーソルがついた「ガルフ」が凄まじい勢いで近づいてくる。周りの景色が溶けて流れるように見える速度で近づいて行っているのは俺の方なのだが。

 

 正直めちゃくちゃ怖い。

 ジェットコースターとかそういうレベルじゃない。


 それでもスキルによって加速された思考が、この速度の中でも体のコントロールを手放さない。

 「俺」が怖がってはいても、幾度もの実戦を経て技がしみついたこの身体は「シン」の経験に沿って正確に機能する。


 雑魚とはいえ俺とほぼ変わらない大きさの「ガルフ」に拳を叩き込む。

 相手の知覚、反応を大きく上回る速度に、「ガルフ」は全く反応できていない。

 何の防御行動も回避行動もとらない「ガルフ」のドテっ腹に俺の拳が突き刺さった瞬間、バチィ!という轟音と共に雷がはじけ、一撃で「ガルフ」を絶命させるとともに多重展開されていた左右の魔法陣がワンセット消滅する。

 

 次。

 

「累瞬撃・雷」の効果により、次のロックオン対象へ瞬時に移動、次々と攻撃を加える。

 一撃を打ち込む際に発生するバチィ!という轟音が連なり、ババババババババという間抜けな演奏を奏でる。

 「ガルフ」一匹にかかる時間は0.08秒、それを28回繰り返し、わずか三秒にも満たない時間でその数の「ガルフ」を屠った。


 この間敵の反撃はもちろん、反応さえ皆無だ。


 背中に展開していた「累瞬撃・雷」を制御するための魔法陣が消え、超高速ゆえに夜とクレアの視界からも消えていた俺が、ボスの背後に現れる。

 一瞬で配下の大部分を屠られた「アルク・ガルフ」が、この時点で自分たちが攻撃されていることに初めて反応する。

 威嚇するように大きく吠え、残った「ガルフ」四匹とともに敵である俺に襲い掛かかろうと前足を折り、頭を低くして後ろ足に力を溜める。


「夜!」


「はい」


 「累瞬撃・雷」使用後の硬直が解けるまで俺は身動きできない。


 ええいまどろっこしい。


 その隙を埋めるために、俺の突撃と同時に同じく前に出てきていた夜が現在のレベルでは最強である召喚獣「神を喰らう狼」(フェンリル)を瞬時に召喚する。


 「アルク・ガルフ」と四匹のガルフはまだ俺から直接攻撃を受けていないため、召喚術式を発動した夜を脅威と判断し、そちらへ攻撃対象を変える。

 ボス級ゆえの判断力か、「神を喰らう狼」の脅威を正しく捉えたらしく、自身の最大技である「ハウリング・ボア」発動の構えに入る「アルク・ガルフ」。

 中距離の範囲技であり、直撃すればレベル20程度では相当のダメージを受ける。

 4メートル級の巨体を震わせて、アルク・ガルフの「ハウリング・ボア」が発動。


 黒い奔流が夜とクレアに向けて迫る。


「クレア!」


「了解ですわ!」


 夜と同じ位置にいるクレアが夜と、「神を喰らう狼」の前に出る。

 大盾「グロリア」をかざし、俺の真似なのかスキル名を叫ぶ。


「聖盾」(ラディウス・スクタム)!」


 うん、第三者視点で見ると結構恥ずかしい。

 さっきの自分も夜とクレアから見るとちょっと恥ずかしかったし。


 クレアはかっこよく思えたんだろうか。

 無詠唱の夜が、くやしいが大人に思える。


 なんかクレアから「どやぁ」って感じと、夜が笑いをこらえている感じが俺の意識にも伝わる。


 ……いたたまれない。


 発動した「聖盾」の巨大魔法陣が、轟音を上げて迫る「アルク・ガルフ」の最大技である「ハウリング・ボア」を難なく消し飛ばす。

 当然まったく無傷の夜が、「神を喰らう狼」を招くようにして「アルク・ガルフ」を指し示した。


 一撃で決めるために、使用したら「神を喰らう狼」を一定時間召喚できなくなるペナルティはあるものの、現時点では圧倒的な攻撃力を誇る攻撃技「月喰(つきはみ)」を行使する。


 俺と、夜、クレアの選択する行動がぶれなく一致するのが「三位一体」の真骨頂だ。


 ただし夜は技名を叫ばない。


 くそう。


 天に向かって遠吠えを上げると、「神を喰らう狼」の姿が霞んで消える。

 「月喰」の発動前兆である地鳴りが発生。

 次の瞬間、「ハウリング・ボア」の硬直で動けない「アルク・ガルフ」の足元から巨大な獣の上顎と下顎が出現し、「アルク・ガルフ」の巨体を咥え込む。


 骨が折れる音や肉が引き裂かれる音と同時に、「アルク・ガルフ」が断末魔の咆哮をあげる。


 狙い通り一撃。


 吐き出すように地上に投げ出された「アルク・ガルフ」は見るに堪えないありさまで絶命している。


 ゲームの時と違って生々しい。


 「累瞬撃・雷」の硬直が解けた俺が、残った「ガルフ」四匹のうち二匹を、通常スキルである「瞬脚」からの「短剄」を使って一瞬で屠る。

 残りの二匹はクレアが大剣で切り伏せて終わり。


 緊張はしたものの、終わってみれば全く危なげのない戦闘だった。


 というかゲームの時より、確実に敵が弱い。

 この世界に()()から今までのレベル上げ、夜とクレアに合流するときにも思ったことだが、敵が弱い。


 というより正確には俺たちが妙に強い。


 「俺」がゲームだと思ってたすべては、俺のプレイヤーキャラクターである「シン」にとって現実だったわけだが、そのシンの記憶でも、俺の記憶でももっと敵は強かった。


 序盤の壁といわれていた「アルク・ガルフ」でもこの程度(レベル20前後の3人パーティーでほぼ鎧袖一触)となれば、レベルに対しての敵適正レベルを考え直してもいいのかもしれない。


 実際「アルク・ガルフ」は手馴れたレベル20前後の3人パーティーであれば、ほぼ事故なく倒せる敵ではあるのだ。


 ただ、雑魚である「ガルフ」の処理とボスである「アルク・ガルフ」の挙動を理解しておかないと戦闘の長期化、状況次第では死にはしないまでも敗走して仕切りなおしになる程度の相手ではあって、今回の戦闘のように鎧袖一触とは行かない。

 とはいうものの「ゲーム」がおそらくは「現実」となった現状、安全マージンを充分にとるのは必須であり、いらぬ冒険をするべきでないのはお約束だ。


 まあ狩り場、対象魔物に応じたレベルアップのペースなどはゲーム時の知識がそのまま適用できるようなので、ゲーム的に言えば極端に温くなっただけといえる。


 カンストまで再びたどり着く時間を大幅に短縮できるかもしれないとなるとこれはいい情報だといえるだろう。


 油断は禁物だが。


「おつかれー」


「お疲れ様ですわ」


「お疲れ様です」


 ともあれ狩りは無事終了、「アルク・ガルフ」の巨体と「ガルフ」三十二体をストレージ空間に収納して完了だ。

 ファンタジー世界におけるストレージ空間の便利さは異常だ。まあ鞄拡張クエストはものすごく苦労したから、こう現実になってみるとやっておいてよかったと思える。 


 ちなみに今の戦闘で全員レベルが一つ上昇した。

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