表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ザネル~記憶から消された新世界の物語~  作者: 麻生優樹
第一章 夜
4/39

1-2洞窟で考えた、かなり不吉なこと

                   2


 エイレンは、とっくに眠りに落ちていたようだ。

 寝顔を眺めながら、ディギッツは少しだけ安堵した。

 少なくとも、寝息を立てている間だけは、可愛らしい少女なのである。

 焚き火の暖かさが、彼女の中で溜まり溜まっていた疲労感を、一気にあぶり出し、溶かしてしまったのだろう。考えてみれば、すでに5日、僕たちは旅を続けている。


 しかも、廃都ガドリングへの旅だ。

 まともな旅人が通る道ではない。

 こういう旅を、たしか「凶状旅」とかいうんだったっけ。ディギッツは、ふとそんな昔の言葉を思い出した。正しくは夜の二週間、闇の中をぶっ通しで旅をすることを意味する用語だったそうだけど。

 だいたい、よほどの事情がなければ、この北辰大陸の人々は、そんな危険極まりない旅の日程は組まない。それこそ、化け物に出くわして「食べて下さい」と自分の身を差し出すような行為だ、ということから、そう呼ばれるようになったとか。


 だよな。だいたい、誰かに追われているとか、凶状持ちとか、よほどの切羽詰まった事情でもない限り、そんな旅をするなんて…。

 炎を眺めながら、そんな物思いにふけっていたディギッツは、ふと自分の置かれた立場に気がついて、思わず大きく頭を振った。


 ちがうって! ボクは違うって! 

 そこまで「堕ちたワケじゃないぞ」!


 だが、この少年少女の旅も、客観的に見れば似たようなものなのだ。


 北辰大陸「北周りの街道ルート」など、現在はほとんど使われていない。

 そもそも、旅をする目的地そのものが消滅しているのだから。


 かつて「赤十字回廊」と呼ばれ、栄華を誇った数多くの駅亭も、北ルートでは、ほとんど消滅した。東西と南北街道の交差点、中継貿易都市ヨンギツァを出てからの旅程の中で、休息できる宿を確保したのは、うち二度だけ。


 南から北のビスケ湾へと流れる、ビスワ川の切り立つ断崖に沿って遡り、その絶壁の上に佇む、うち捨てられた中継小屋でひとときの仮眠を取っただけでは、この絶望的な旅の疲れはほとんど癒されない。


 それにしても……。


 ディギッツは、ちょっと油断すると消えそうになってしまう、か細い炎を絶やさぬように手近にあった木屑や「とりあえず燃えるとおぼしき残骸」を放り込みながら考える。


 こんな炎一つ、この洞に点すために、ディギッツは先程まで、さんざんな悪戦苦闘させられたのだ。

 なんとか乾燥した枯木を選り分け、擦り合わせて摩擦を起こし、ほぞに火をともす。それだけで、ゆうに四半時は費やした。


 つい先日まで、ニザーミア学府院の火術工房で! 僕はスペル一つ唱えただけで、あの灼熱するテクタイト鉱石を、自由自在に鍛造していたんだぞ! 

「あのまま」何事もなければ……。

 学府院で技を磨いて勤めあげれば、僕は北の故郷イクスペルどころか、ザネル随一の「火精師」として、立派な工房ひとつも任せられたかも知れないんだ。

 その僕が……なぜ……。


 火ひとつ、ほんの灯火ひとつ、この指先からほとばしり出ない。

 なぜ……。

 何が変わってしまったのだろう?


 不意に彼は、つい先ほどの忌まわしい、大猿の襲撃を思い出した。

 火玉のひとつも作ってブチ当ててやれば、あんな猿たちの群れなんか、一撃で蹴散らせたはずなのだ。たとえ土砂降りの中でも、火精師のザップスは消滅しない。

 でも……。

 でも?


 彼はふがいない自分に腹を立てながら、ふと妙なことに思いが及んだ。

 そういえば、あいつらは、なぜいきなり、僕たちを襲ってきたんだろう?


 この地域、つまり大伽藍山脈の西に出没する大白猿…正しくは「エイプ・オム」に分類されるサルモドキたちは、その威圧感ある外見にもかかわらず、実は極めて臆病な、大人しい生き物なのである。それに、この赤十字回廊の北に拡がる大森林地帯に、彼らの主食となる果実類はいまも豊富に実っているはずだ。


 なにせ季節は、夏の終わりなのだから。


 …それに、獲物を横取りする人間たちの方が、すでにこの地から退散してしまったのだから、天敵のほとんどいないエイプ・オムにすれば、ここは楽園なのだ。


 間違っても、飢えた猿たちが、僕らを獲物と勘違いして襲ってくるはずはない。


 あるいは、縄張り意識が強い習性を持っている彼らが、誤って、猿たちのテリトリーに踏み込んだ僕らを追い出そうとして暴れた、ということなのだろうか。


 でも、そうじゃなかった。


 奴らは、確かに僕たちを倒そうとしていた。

 執念深く、それこそ、何度反撃されてもしつこく、僕らに攻撃を仕掛けてきた。

 なぜなんだ? 僕たちが、何をしたというんだろう?


 ディギッツはここで頭を振って、思考停止させた。

 まあいいや。考え始めたらキリがないからな。

 おかしなことなんか、この半月の間に、それこそ腐るほど起こり続けている。いまさら一つ二つ、増えたっていちいち気にもしていられない。


 次々に取りとめもなく考えが浮かび続け、眠る気にもなれぬまま、彼はかすかな炎を眺め続けた。その向こう側で、エイレンは静かに寝息をたてている。派手に泣いたり喚いたりしながらも、眠るときにはしっかり眠れるんだな。この子は。


 うらやましいとも、あきれるともつかぬ気持ちを抱きつつ、ディギッツは懐からクロノメーターを取り出し、現在の「日程」を計り直す。


 とにかく、夜の帳がこの地におりてくる前に、目的地である廃都ガドリングまで、何とかして辿り着かねばならないのだ。

 旅を初めて、そろそろ6日目に入ろうとしている。月齢にすれば現在、閏八月の十三日を越えようという頃だ。


 あと二日ほどで「夜」がやってくる。急がないと。


 と、考えつつも、ディギッツはエイレンを揺り起こすタイミングを計りかね、ためらい続けた。なにせ、このやっかいな相棒は、すさまじく寝起きが悪い。


 下手なときに起こせば、延々と罵声を浴び続ける羽目に陥ってしまうのだ……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ