4-6塔の中で待っていた「もう一人」
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ニザーミア学府院の東北「鬼門」を抜け、岬の突端にむけて進むこと小半時。
薄暮の中で浮かび上がる、呪わしきニーフ・ガスト塔は、奇妙なほどの静寂に包まれている。
岬の突端にそびえる、封印の塔。
四本の巨大な支柱が天空にそびえ、梁は互いに交差しながら、複雑なアブストラクト紋様を作り上げている。それは、少なくともこの世界──すなわちガスナー紀の文明によって建立されたものではない。美観的には奇妙な歪みを感じさせ、外壁と内部の躯体が不可思議に溶け合っている構造は、どこか不安と不快感を想起させる。
さらに、外観そのものも、かつての「枯れ果てた遺跡」から、劇的な変貌を遂げていた。尖塔は、まるで毒々しい花が、花弁を開いたように中空に伸び、その先端からは青白い光の輪が、次々と天に向かって吹き出しているのだ。
それなのに、遠くからは聞こえていた地鳴りのような音響も、そして雷鳴のようなとどろきも、その塔の下に到着したディギッツたちには聞こえてこないのだ。
──まるで、そこだけが真空地帯にあるような──。
「ここは、DEXシールドの内部、真下だからな」
ディギッツの不審を見透かしたように、オルトは声をかけた。
「まともな精霊使いだったら、いまごろお前たち二人とも、血を吐いて即死だろうな。だからこそ、こいつを解放した侵入者は、他に接近する精霊使い、つまり部外者のことなんか考慮する必要はなかったし、妙なゲート・キーパーを配置しておく必要もなかったんだろう。まあ、その分こっちは手間が省けて助かったが……」
「オルトさん、いろいろと手持ちの装備を考えてらしたのにネ」
ユリアも声をかける。
オルトはフンと鼻を鳴らした。
「中に入ったら入ったで、別の出番もあるだろうさ」
「それにしても…なぜ僕たちは…無事なんだ?」
自分はもとより、エイレンにしても多少耳鳴りがする程度で、さほどの変調はきたしていないのは、なぜなんだ?
「とっくの昔に気づいてると思ったがな。おまえの言う首席導師様というのが、おまえたちの精霊を封印したからに決まっているじゃないか。本当に、覚えがないのか?」
全く、覚えがない。
ぴんと来ないディギッツとは対照的に、エイレンはやはり、という表情に変わった。
「じゃあ、首席導師様を連れて、その…偽物のディギッツが、ニーフ・ガスト塔へ向かったのは…」
「一つには、塔を開けるためだろうが…もう一つは、おまえたちの封印を解かせないため、かもしれない。封印を施した本人でないと、精霊は解放できないそうだからな」
オルトは、まじまじと二人を眺めた。
「どう見ても、おまえたちに…特にディギッツ、おまえにそんな価値があるとは思えないがな」
塔の真正面に到着した。
入口を…探す必要もなかった。正面に、大きくねじ曲がった躯体と外壁によって、侵入路ができている。
どうやら、敵は手っ取り早く非常手段を取ったらしい。封印された当の内部へ侵入するために、一番簡単な方法を取ったのだろう。
「覚悟をしておけ! 入るのは簡単だが、生きて出るのは大変そうだぞ!」
オルトが、大声で怒鳴った。
全員、そんなことは百も承知だった。
躯体内部に侵入した途端、状況は一変した。
空気が、まるで違う。
塔内部に轟音が響き渡り、壁面を、おびただしい光の粒子が乱舞している。
しかも、構造物は…細長いパイプ状の構造物と、途中に経由している不可思議な形状を持つ節くれ立った筒状の塊だけ。そのパイプを通って、光が乱舞しているのだ。
彼らが飛び込んだのは、上部に延びている細い足場、キャットウォークから通じているセンターフロアのような踊り場である。
通路は、上や下へと、複雑に繋がり、はるか上方へと延びている。すさまじく縦長のドームだ。その頂上に位置するのが、どうやら『精霊』、邪術師たちが言うところの『DEXバブル』を放出している花弁らしい。そしてドームは、はるか下方にまで通じてもいる。どこまでも縦穴は下方向に延びており、底は見えない。暗黒だ。
「どうするんだ? 上か? 下か? どっちへ行く?」
オルトも、飛び込んだはいいが勝手が分からず、うろたえ気味である。
もちろん、精霊師二人組だって、こんな状況は想定外だ!
「待って下さいナ! フロアのどこかに…コンソールが…制御可能な端末があるはずなのデスワ!」
「だから、それはどこなんだ!」
「ワタクシだって、すぐには分かりませんワ! こんな施設…初めてですもの!」
ユリアもまた、混乱しきっている。
「何をしている、上だ!」
はるか上方から、ディギッツの声が響き渡った。
だが、それは…ディギッツの発した声ではない!
一同は驚いて、視線を上に移動させた。
……そこには、ディギッツがいた……。
そして、ニザーミア学府院首席導師、オービス・ブランの姿「らしきもの」も……。
「感謝して頂きたいものだな、いまの今まで、わざわざ待って差し上げたのだぞ」
キャットウォークが通じる上方には、もう一つの踊り場らしき場所がある。
そして、壁に…なかば、めり込むようにパイプで縛られて、オービス首席導師が立っている。意識があるのかないのか、ここからでは判別できない。
上方の手摺りから身を乗り出した「そいつ」は、さも可笑しそうに、話を続けた。
「もう、こちらの用事は終わった。さっさと退出しても良かったのだが…その…
『ディギッツ』とかいう精霊使いの顔を拝んでから、と思ってな。
なるほど、これはまあ…私とそっくりだ」
鏡を見ている?
いや、むしろ悪夢を見ている、というべきかもしれない。
四人は、寂として声も出ない。
「なぜだ! なぜおまえは、僕に化けた! そもそも…おまえは何者だ!」
最初に叫んだのはディギッツだった。
敵に遭遇して、いきなり叫ぶ台詞にしてはいささか陳腐かもしれない。だが、それ以外に語るべき言葉がないのだ。
「失礼な言い草だ。誰がオマエになんか化けるものか。まあもっとも、この顔のお陰で、敵地ニザーミアに入った折には、顔パスが効いたからな、それだけは助かったが……」
「勝手なことを言うな! 僕に化けて、ニザーミアを破壊したくせに」
「だから、オマエに化けたのではない、と言っているだろう?」
そいつは、さもじれったそうに答えた。
「そもそも、オマエの方が、私のレプリカとは考えないのか。オマエの名前は何だ? 所詮は『Dギッツ』レベルではないか」
「な…なん…だって?」
「だからDギッツ、Dレベルのロットだと言ったのだ! 自分の名前の由来もわきまえていないのか。3クラス下のD級レプリカが、偉そうなことを言うな!」
ディギッツは絶句した。
そして、他の三人もまた……。
この怪人が、何を言っているのか、内容はまるで理解できない。
だが、少なくとも、嘘は言っていない…なぜか分からないが、それだけは直感する。
「ま、正直言えば、私が北辰に到着した早々のことだ。人里に辿り着いたら…確か、ラックツェンとかいう赤十字街道筋の村の宿亭だったかな…いきなり宿の主人が私を指して『ディギッツ』などと呼んだものでな。こちらも何のことか分からず、仕方ないからちょっと、そいつの記憶を探らせてもらった。
その後いろいろと材料を探ってみると、何とも驚いた話だ。
どうやらDクラスのレプリカが一体、なぜか北辰の『火精師』を名乗って、ニザーミア学府院に紛れ込んでいたらしい、と判明した。
これは好都合だ。この状況を利用しない手はない。
で、そのあとは、オマエの想像通りだ」
ディギッツは、二の句が継げなかった。
事情はさっぱり分からないが、自分とそっくりの人間がいて、そいつはディギッツのことを『Dクラスのレプリカ』などと呼ぶ。
細かいことは分からないが、どうやらこいつは、ディギッツの方が偽物だ、と主張しているらしい。
流れるようにしゃあしゃあと語る「敵」に気押され、しばし言い返す言葉を失っているディギッツを眺めながら、相手は言葉を続けた。
「まあいい。ともあれ、自己紹介だけはしておこう。初対面だからな。ま、同時に最後の対面になるだろうが。
私はサー・デューク。
と…南陵大陸では呼ばれていたのだよ。アチラの最後の皇帝、ワドル一世からのご指名でな。ま、もっとも…それもずいぶん昔の話だが」
「南陵の…ワドル…?」
ディギッツも、エイレンも、聞いたことのない名前だ。
だが、ユリアは違った。
「ニマーマ最後の皇帝、帝紀には…そうシルされてマス。あなた方のお得意な『典礼宝典』にも、ワット・ルーという名前で登場してイマスね」
「垂訓十七戒 招提十二…
汝殺すなかれ
さらばワット・ルーに如かずと言えり…」
エイレンが呟く。
「ワット・ルーといえば、前世紀を破滅させたと伝えられる『反精霊』の一人だわ。実在の人物ではなく、単なる象徴だとみんな思ってた。だけどそれが…まさか…南陵の皇帝だった…なんて…」
「で、その南陵の亡霊が、今頃、何をしにのこのこやって来た?」
オルトはじれったそうに尋ねた。尋ねながら、無反動砲を装着している。
「それはこちらの事情。お前たちには関わりはない」
「ニーフ・バイパスを勝手にいじり回して、DEXバブルを引き起こして、北辰を大混乱に陥れておいて…これで関わりのないこと、ってのはないだろう?」
「まあ、多少の近所迷惑はお互い様だろう。我々とて、いつまでも死んだふりをしてもいられないのだ」
「た…多少の迷惑…だと!」
「ともかく、これで、ニザーミアでの私の所用はおおかた終わった。速やかに退出させてもらうから、邪魔はしないで頂きたいものだな。無駄な諍いはごめんだ。
先ほども言っただろう? 一目、私のレプリカを見ておきたかったから、わざわざ待っていただけのこと。
お前たちに、何の危害も加えるつもりはない」
サー・デュークと名乗る男は、にこやかに微笑んだ。
なにを…なにを勝手なことを言っているんだ!
ディギッツの胸が、かっと熱くなった。
だが、叫び声を上げる前に、サー・デュークが告げた。
「あ、そうだ…コイツだけは始末しておこう」
男は、傍らで拘束されている、オービス首席導師へ向き直った。
「首席を、どうするつもりだ!」
「どうするも何も…ニザーミアで邪魔なのは、このデュアルフォースだけだからな。
あとの連中は無罪放免だ。ただし、のちほど記憶だけは書き換えさせてもらう…所詮、雑魚どもだからな…放っておいても害はない。いつでも『調整』か可能だからな」
サー・デュークは口元に皮肉な笑いを浮かべながら、懐から何かを取り出す。
小さな立方体…それぞれの面が細かく分割されている。
左手に持ち、右手でさっと一撫ですると、表面の模様が微かにきらめき、模様が変化した。
そしてサー・デュークは立方体を、オービスに向けて差し出した。
首席導師!
と、叫び声を上げる暇もなかった。
すさまじい轟音と、爆音にかき消されてしまったのだ。
オルトが、背後から無反動砲を発射したのである。
そして、壁に炸裂した。
見えない壁! サー・デュークの手前で大爆裂が起きる…そして、すい…と、爆発それ自体が、きれいさっぱりとかき消されてしまった。
まるで、今し方起きたことを、すべて消し去ってしまうかのように。
「この手の物理攻撃が、私に効くと思ったか…浅知恵の邪術師めが…」
サー・デュークは顔を歪めた。
「そうか、お前…精霊が使えないので、邪術師をわざわざ北から呼び寄せたな。ご苦労なことだ。それも一手だな、苦し紛れだが。もっとも、オマエの精霊が封印されていなかったら、生きてはここにたどり着けなかったろう」
そして、再びおもむろに左手を、拘束されているオービスに向ける。
「永遠に、封印されるがいい…」




