4-5学府院、無惨な骸を晒す
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外見以上に、ニザーミア学府院内部は荒廃し尽くしていた。
東西南北に配置された四精霊棟は、ことごとく黒焦げとなり、ぶすぶす…と黒煙をそこここから放っている。まるで、内部から火を放ったような様相だ。
精霊棟に囲まれた中庭には、おびただしい数の、黒こげになった物体が並べられている。それが、火精師たちの黒焦げ死体であることに気づき、エイレンは息を呑んだ。
「どうして…こんなことに…」
誰もが、一番それを知りたいのだ。
おそらく水精師、風精師、そして地精師たちもまた、多くがむごたらしい骸をいずこかで晒しているのだろう。
それぞれのエレメントの暴走に従って。
だが、ここには、学府院で起こった惨劇の仔細を答えてくれる者がいない。
手前側から、遺体が火精棟の外壁に沿って並べられたのは、いずれ正式に埋葬する予定であったことを物語っているようだ。そして、その列が北へ進むに従って乱雑となり、最後は単に積み上げられて放置された様子になっているのは、そのままニザーミアを襲った大混乱が、どういう状況であったかを反映している。
四精霊局棟の背後、西側には、ディギッツが修行を積んだ錬成棟、そして寄宿舎宿坊と続いている。三年ほど前にここへ入府し、つい最近まで慣れ親しんでいた光景。だが、いま改めて見渡しても、まるで目の前に霞がかかったような不思議な感覚で、どう見ても、以前とは別の、まるで知らない場所のようにしか感じられない。
エイレンは、無言でディギッツに合図を送った。
おそらく、彼女も……同じようなことを考えているのだろう。
エイレンの所属していた水精局棟は、火精局の対面、中庭を挟んで南西に位置している。こちらは不思議と、破壊の被害が少ないが、やはり無人だ。
生き残った水精師たちも、どこかへ避難しているのだろうか。
「こちらとしては好都合だったな」
オルトが、肩から武具を下ろし、一息つくとディギッツに声をかけた。
「なにが好都合だ! こんな惨状のどこが…」
ディギッツは声を荒げた。
「精霊師たちが、どこかへ逃げ散ってしまっているだろう? おかげで、無駄な戦いは避けられたじゃないか。
それともお前は、正門で経験したような、派手なドンパチをニザーミアの中でも繰り広げたかったのか?」
「………」彼には、返す言葉がない。
確かに、オルトの言う通りなのだ。
ここは、慣れ親しんだ学び舎ニザーミアではない。
今は敵地…そして彼らは…もちろんディギッツもエイレンも含めて「歓迎されざる闖入者」なのである。
「ひょっとしたら、正門での騒動のお陰で、残っていた精霊師たちも慌てて避難したのかもしれないな」
そうかもしれない。
今のディギッツは…それが「誰のせいなのかは知らないが」まさしく「怪物扱い」なのである。正門を突破され、こうして四精霊局棟のある中庭まで侵入されれば、あわてて逃げ出すしかあるまい。
「ところで、どっちへ向かいますノ? 私たちには、お初の場所ですから指示して頂かないと分かりませんワ」
しばし、足を止めて立ちつくしていたディギッツを、ユリアがせっついた。
そう、ここで感傷に耽っている暇はないのだ。
「北東へ。教監棟へ向かおう。首席導師様の執務室も、そこにある」
北へ向かうにつれ、建物の破壊度が大きくなっている。
どうやら、何かしら大きな力が、ここへ向けて押し寄せたような感じだ。
教監棟正門のホールには大穴が空き、吹き抜けはそのまま破壊されて、階段がほとんど使えない状態になっている。
「足場を確保しろ! 崩れ落ちないうちに登るんだ!」
この階段の上、教監棟の東の奥には、首席導師の執務室があるのだ。
だが…ようやく辿り着いた「そこ」は、すでに廃墟そのものと化していた。北東に向いた大窓は枠ごと破壊され、壁が辛うじて支えている。何か巨大な鉄槌で、壁ごと叩き破ったかのようだ。そして、その先には、暴走を続けるニーフ・ガスト塔が一望できる。
来るだけ、無駄だったのか……。
が…いや…何か、気配がする。
半ば瓦礫の中に埋まっているようだが、たしかに人がいる。
しかも、かすかに息がある!
あわてて彼らは掘り起こした。
「トー…プラン…三席導師?」
ディギッツには、もちろん見覚えがある顔だった。
火の教導師でもある彼は、事実上、火の精霊師たちのトップに君臨する。どうやら、この部屋に飛び込んできた「厄災」も、彼の精霊防壁が楯になってくれたため、致命傷には至らなかったらしい。
かすかなうめき声とともに、トープランは目を覚まし、そして助け起こしてくれたディギッツを目に留めると、ひぃ! と小さな悲鳴を上げた。
「もう……やめてくれ! もう十分だ! 貴様の望むものは…手に入れたはずだ…」
またしても、これだ!
「私は…三級精霊師見習ディギッツ・オーベルであります!
ただいま、エイレン・オルニード・モーティマスとともに、ニザーミアへ帰着致しました! いったい…何があったのでしょうか? オービス首席導師は、いずこにいらっしゃるのですか?」
「な…何があった? 何があった、だと!」
どうやら、トープランは、正しく事情を察知したようだ。
「何があったか、その目で確かめただろう! オマエが帰ってきて、そして、すべてを破壊していったのだ。つくづく、呪われたモノを引き入れたことよな。すべて、オービス首席の過ちだったのよ!」
「その、オービス首席は? 首席は…亡くなられたのですか?」
「ふん、自分の胸に聞けばよかろう!」
瀕死の様態となりながらも、トープランの怒りは消えていなかった。
「導師様、ご教示下さいませ! いまは、誤解を解いている間もございませんが…私どもにとって、一刻の猶予もならないのです」
エイレンが、必死になって懇願した。
「ふ…姫様までが…化け物に口添えするか…」
トープランは、自嘲的な笑いを浮かべて、答えた。
「それに…横にいるのはジャ…邪術師どもか。ははは…ついに邪の力を学府院に引き入れおったか。これで、ニザーミアも終わり、ということなのだな……」
「導師様!」
「お…オマエが、オービス首席導師を連れ去ったのだろうが。ニーフ・ガスト最後の封印を解くために、必要だったのだろう? コアの力を総て解放すれば、これで北辰大陸も…南陵と同じ運命を辿ることに…なるんだろうよ」
やはり…やはり『影』は、ニーフ・ガストへ向かったのか。しかも、オービス首席を連れて!
「行きがけの駄賃だ。その首席とやらのためにも…塔へ急ぐぞ!」
オルトが、再び催促した。
「トープラン導師は?」
彼は首を横に振った。もはや、ここでぐずぐずしていう余裕はない。
北東へ!
半島の突端にそびえる、ニーフ・ガスト塔へ!
一命は取り留めたものの、一行からそのまま放置されてしまったトープラン三席は、教監棟の廃墟に横たわったまま、半ば意識混濁しながらも呟き続けていた。
私は…間違えてナドいない。
ニザーミアの、大学府院の威信を守るためには…ヨコシマの力など…断じて引き入れてはならなかったのだ。そう、私こそが…正しかったのダ。タトエ、ニザーミアすべテが終わりを迎えようトモ!……。




