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ザネル~記憶から消された新世界の物語~  作者: 麻生優樹
第四章 塔
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4-4すさまじき凱旋帰還

                   33


「デクス・バブルが危険水域に達するぞ!」

 オスカーが、司筮儀を制御しながら叫んだ。

「外部干渉が、予想以上だな」


 ニキータも、その異常反応に驚いた。司筮儀は、各軌道のフレームを激しく揺らしつつ、球体各部で光彩を放ち続けている。小の月の干渉によって、ある程度ニーフ・バイパスの放出する精霊バブルが収束可能かと考え、手立てを講じてきたが、どうやら、事態はそれを上回るようだ。

「どうやら、敵も直接攻撃に出たようだな」

 オスカー・ノギスも、最悪の事態を予見する。

「ニザーミアの精霊防壁が、そう簡単に外部進入を許すとは思わなかったのだが」

 ニキータも、自らの判断の甘さを認めざるを得ない。

 そもそもどうやって、あの『影』は、やすやすとニザーミア学府院の奥座敷へと侵入しおおせたのだろう?

 


「ひょっとするとヤツはニーフ・バイパス基底部へもぐりこんで、小の月の制御を断ち切るつもりかもしれん。あとは、オービス首席の旦那に任せるしかないが…どうする、ニキータ? 下手すると、あの子たちと南陵のバケモノは、鉢合わせになってしまうぞ」

「それは、ある程度、覚悟していた」

 ニキータは、親指の爪を噛んでいた。


「だが、あヤツのことは、予測外だった。自分で、自分の…始末くらい、つけられると思っていたのだがな。買いかぶりだったか!」

 彼女は、きびすを返して、制御室を出て行った。

 ノギスは、司筮儀を眺めながら、溜息をつくしかなかった。

「全く…スナオになれぬ御仁だからの…」


                   ※


 辿り着いたニザーミア学府院は、ディギッツの、そしてエイレンの知っている、懐かしい学舎では既に、なくなっていた。


 正門は固く閉じられ、にわか作りの防壁がそびえ立っている。

 見慣れたはずの四精霊棟も、宿舎棟も、黒くくすんでおり、そこここから未だに黒煙をくすぶらせている。随所に見受けられる、破壊の爪痕が痛々しい。

 そして、学府院から西の彼方、岬の突端にそびえるニーフ・ガスト塔もまた、異様な形に変貌を遂げていた。尖塔の突端が、まるで不気味な華が開いたかのように上向きとなり、四つある花弁の先端から、青白い光の輪が、赤い光の帯が…中空に向けて飛び散っている。大気と接触し、燃え上がっている。

 おそらく、摩擦と衝撃で、大音響を上げ続けているのだろうが、距離がありすぎて、何も聞こえてこない。それがまた、不気味でもある。


 だが問題は、学府院の変貌したありさまではなかった。

 ──彼らは、ニザーミアから拒絶されたのだ。──

「火精霊師見習ディギッツ・オーベルならびにおなじく、水精霊見習エイレン・オルニード・モーティマス、ただいま帰着いたしました! 開門願います!」

 先程から、何度叫んだことだろう。

 だが、全く返答がない。


「このままでは、ラチがあかないな」

 オルトは、もう我慢の限界だ、と言わんばかりである。当然と言えば当然だろう。一刻も時間を無駄にできないというのに…船が港に入って座礁したようなものだ。

「やむをえんな…」

「何をする気だ?」

 オルトはディギッツの問いには答えず、背嚢から何やら機材を取り出し、背負った大筒に取り付け始めた。

「ま、待ってくれ! 滅多なマネはするな!」

 妙な予感に襲われ、あわててディギッツはオルトを止めた。

「じゃあ、どうするというんだ? このまま門の前でキャンプでもするか?」

「…………」

 たしかに、このままではどうしようもない、どうしようもないのだが…。


「お前たちは、いったい何者だ!」

 不意に、正門の上から声が響いた。

 見れば、にわか作りの防壁の上に、精霊師たちが数人、立ってこちらを凝視している。

「何度も申し上げております! 私たちは、三級火精霊師見習ディギッツ・オーベルならびに水精霊見習エイレン・オルニード・モーティマス! オービス・ブラン首席導師の命により、ただいまガドリングから帰着……」

「そんなことを聞いているのではない!」

 ディギッツの口上は、途中で差し止められてしまった。


「おまえの正体は、本当は何者なのだ? と聞いているのだ! 今度は何をしに来た? ディギッツとやら」

「な……!」

 ディギッツは絶句した。

「わ、わたくしは…本当に…」

「水精霊見習エイレン・オルニード・モーティマスから申し上げます! 

 私たちは、まぎれもなくオービス・ブラン首席精霊師よりの命を受け、ガドリングへ親書を差し上げました。そして、ニキータ・ディーボックス前首席のご指示を頂き、ただいまニザーミアへ帰着致したところです。嘘、いつわりなど…申してはおりません!」

「エイレン…エイレンだと!」

 防壁の上の精霊師たちに、動揺が走った。


 さすがに、姫様の言葉だけある。これで、どうにかなりそうな……。

 が、次に投げかけられた質問は、さすがに堪えた。

「ではエイレン、同行してきた者たちは、何者なのだ? 見たところでは…後ろの二人は…邪術師ではないのか?」

「それは…それも…ディーボックス前首席のご指示で…」

「学府院の前首席導師が、ニザーミアへ邪術師を派遣した、とでもいうのか!」

 エイレンもまた、押し黙ってしまった。


「詳しい事情は、オービス・ブラン首席導師にお会いして、お話を差し上げます!

 ともかく、開門下さい!」

 ディギッツは、再び叫んだ。

「黙れ! オービス首席がどうなったのか、貴様が知らぬはずはなかろう!

 何もかも、すべてはキサマの差し金だ、

 ジューキ・ソマー! ディギッツ!」

 呪詛の言葉とともに、塀の上にいた精霊師たちの手が一斉に輝きだした。

 ザップ!

 彼らは、火の精霊攻撃の呪を唱えているのだ。


「逃げて! 直撃を食らうわ!」

 エイレンが悲鳴を上げ、ディギッツの元へ駆け寄った。

 本気なんだ、本気で彼らは、この僕を……。

 ディギッツの胸中には、これまでと違う、何か別の感情が湧き上がってきた。彼はエイレンを押しのけ、彼女の前に立って、大きく手を広げた。

「当ててみろ! ここへ!」


 いくつもの光の輪が、激しくきらめいた。

 その光は、ディギッツに向けて放たれた。

 閃光とともに、大音響が当たりを包む。爆風が飛び散り、土煙を舞上げて、周囲の視界を遮る。轟音が反響し、学府院の城壁に木霊する。

 ザップの一斉放射!

 だが……。

 爆風が収まると、そこにディギッツが、立っている。

 手を大きく広げたまま、

 しかも…全くの無傷だ!

「ば、……バケモノだ……やはり、コイツは……精霊師じゃない、バケモノだ!!!」

 城壁の上から、悲鳴が上がった。

「逃げろ! 殺られるぞ!」

 恐怖に駆られた精霊師たちが逃げまどう。


「エイレン!」

 我に返ったディギッツが、背後でうずくまっているエイレンを抱き起こした。

「なに……やってるのよ……あなたは……」

 全身に被った土埃をかき分けながら、か細い声でエイレンが呟いた。

「何回…いったら、判るの? 約束したでしょ、危険なマネは、決して…しないって!」

「いやあ…でも…思ったんだよ、咄嗟に。姐様前首席の遅効爆裂だって受けられるんだから、並みの精霊師の攻撃だったら、はじき返せるんじゃないか、って…」

「バカ! 単純! なに考えてるの!?

 そういう無茶するから…あなたは…真正のおバカだっていうのよ!」


「仲睦まじいところを恐縮だがな」

 埃まみれになってしまった機材を手入れしながら、オルトが尋ねた。

「さあ、これからどうする? 城壁の精霊使いたち、全員が逃げ出してしまったぞ」

 ディギッツは、改めて正門を凝視した。

 そう…僕は精霊師ではなく、バケモノにされてしまったんだ。

 火の精霊も使えず、ナマクラで、役立たずで、そして…自分が何者かさえ、分からなくなってしまった。

「力ずくで開けよう…」

 ディギッツは、固く閉ざされた門塀を指さした。

「強行突破の決心がついたか。ではいよいよ、私の出番だな」

 オルトは、持参してきた筒状の得物を肩に背負った。

「何をする気なんだ?」

「お前たち精霊の代用品だ。いま、お前は何一つ、精霊が使えないんだろう? そのために私が呼ばれたわけだ」

「離れてて下さいましナ! 無反動砲の射線後方に立たないで! バックドラフトは軽減されてますケド、かなりキケンですから」

 ユリアが、何やらわけの分からない警告を発した。ともかく離れろ、ということらしい。


 ばしゅっ!

 不思議な炸裂音とともに、煙が前方へ勢いよく噴出され、ついで轟音とともに、正門は門塀ごと粉々に粉砕された。

 あまりのあっけなさに、ディギッツも感嘆せざるをえなかった。

──なるほど、これが『邪術師流儀』の解決方法、なのか──。

「進路は確保したぞ! さあ、今度はお前たちに案内してもらおうか」

 ついに、ニザーミアへ戻ってきたんだ…こんな、こんな帰還を果たすなんて、夢にも思っていなかったのに。

 彼らは、粉々に破砕された瓦礫を踏みしだきながら、学府院へと乗り込んだ。



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