4-4すさまじき凱旋帰還
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「デクス・バブルが危険水域に達するぞ!」
オスカーが、司筮儀を制御しながら叫んだ。
「外部干渉が、予想以上だな」
ニキータも、その異常反応に驚いた。司筮儀は、各軌道のフレームを激しく揺らしつつ、球体各部で光彩を放ち続けている。小の月の干渉によって、ある程度ニーフ・バイパスの放出する精霊バブルが収束可能かと考え、手立てを講じてきたが、どうやら、事態はそれを上回るようだ。
「どうやら、敵も直接攻撃に出たようだな」
オスカー・ノギスも、最悪の事態を予見する。
「ニザーミアの精霊防壁が、そう簡単に外部進入を許すとは思わなかったのだが」
ニキータも、自らの判断の甘さを認めざるを得ない。
そもそもどうやって、あの『影』は、やすやすとニザーミア学府院の奥座敷へと侵入しおおせたのだろう?
「ひょっとするとヤツはニーフ・バイパス基底部へもぐりこんで、小の月の制御を断ち切るつもりかもしれん。あとは、オービス首席の旦那に任せるしかないが…どうする、ニキータ? 下手すると、あの子たちと南陵のバケモノは、鉢合わせになってしまうぞ」
「それは、ある程度、覚悟していた」
ニキータは、親指の爪を噛んでいた。
「だが、あヤツのことは、予測外だった。自分で、自分の…始末くらい、つけられると思っていたのだがな。買いかぶりだったか!」
彼女は、きびすを返して、制御室を出て行った。
ノギスは、司筮儀を眺めながら、溜息をつくしかなかった。
「全く…スナオになれぬ御仁だからの…」
※
辿り着いたニザーミア学府院は、ディギッツの、そしてエイレンの知っている、懐かしい学舎では既に、なくなっていた。
正門は固く閉じられ、にわか作りの防壁がそびえ立っている。
見慣れたはずの四精霊棟も、宿舎棟も、黒くくすんでおり、そこここから未だに黒煙をくすぶらせている。随所に見受けられる、破壊の爪痕が痛々しい。
そして、学府院から西の彼方、岬の突端にそびえるニーフ・ガスト塔もまた、異様な形に変貌を遂げていた。尖塔の突端が、まるで不気味な華が開いたかのように上向きとなり、四つある花弁の先端から、青白い光の輪が、赤い光の帯が…中空に向けて飛び散っている。大気と接触し、燃え上がっている。
おそらく、摩擦と衝撃で、大音響を上げ続けているのだろうが、距離がありすぎて、何も聞こえてこない。それがまた、不気味でもある。
だが問題は、学府院の変貌したありさまではなかった。
──彼らは、ニザーミアから拒絶されたのだ。──
「火精霊師見習ディギッツ・オーベルならびにおなじく、水精霊見習エイレン・オルニード・モーティマス、ただいま帰着いたしました! 開門願います!」
先程から、何度叫んだことだろう。
だが、全く返答がない。
「このままでは、ラチがあかないな」
オルトは、もう我慢の限界だ、と言わんばかりである。当然と言えば当然だろう。一刻も時間を無駄にできないというのに…船が港に入って座礁したようなものだ。
「やむをえんな…」
「何をする気だ?」
オルトはディギッツの問いには答えず、背嚢から何やら機材を取り出し、背負った大筒に取り付け始めた。
「ま、待ってくれ! 滅多なマネはするな!」
妙な予感に襲われ、あわててディギッツはオルトを止めた。
「じゃあ、どうするというんだ? このまま門の前でキャンプでもするか?」
「…………」
たしかに、このままではどうしようもない、どうしようもないのだが…。
「お前たちは、いったい何者だ!」
不意に、正門の上から声が響いた。
見れば、にわか作りの防壁の上に、精霊師たちが数人、立ってこちらを凝視している。
「何度も申し上げております! 私たちは、三級火精霊師見習ディギッツ・オーベルならびに水精霊見習エイレン・オルニード・モーティマス! オービス・ブラン首席導師の命により、ただいまガドリングから帰着……」
「そんなことを聞いているのではない!」
ディギッツの口上は、途中で差し止められてしまった。
「おまえの正体は、本当は何者なのだ? と聞いているのだ! 今度は何をしに来た? ディギッツとやら」
「な……!」
ディギッツは絶句した。
「わ、わたくしは…本当に…」
「水精霊見習エイレン・オルニード・モーティマスから申し上げます!
私たちは、まぎれもなくオービス・ブラン首席精霊師よりの命を受け、ガドリングへ親書を差し上げました。そして、ニキータ・ディーボックス前首席のご指示を頂き、ただいまニザーミアへ帰着致したところです。嘘、いつわりなど…申してはおりません!」
「エイレン…エイレンだと!」
防壁の上の精霊師たちに、動揺が走った。
さすがに、姫様の言葉だけある。これで、どうにかなりそうな……。
が、次に投げかけられた質問は、さすがに堪えた。
「ではエイレン、同行してきた者たちは、何者なのだ? 見たところでは…後ろの二人は…邪術師ではないのか?」
「それは…それも…ディーボックス前首席のご指示で…」
「学府院の前首席導師が、ニザーミアへ邪術師を派遣した、とでもいうのか!」
エイレンもまた、押し黙ってしまった。
「詳しい事情は、オービス・ブラン首席導師にお会いして、お話を差し上げます!
ともかく、開門下さい!」
ディギッツは、再び叫んだ。
「黙れ! オービス首席がどうなったのか、貴様が知らぬはずはなかろう!
何もかも、すべてはキサマの差し金だ、
ジューキ・ソマー! ディギッツ!」
呪詛の言葉とともに、塀の上にいた精霊師たちの手が一斉に輝きだした。
ザップ!
彼らは、火の精霊攻撃の呪を唱えているのだ。
「逃げて! 直撃を食らうわ!」
エイレンが悲鳴を上げ、ディギッツの元へ駆け寄った。
本気なんだ、本気で彼らは、この僕を……。
ディギッツの胸中には、これまでと違う、何か別の感情が湧き上がってきた。彼はエイレンを押しのけ、彼女の前に立って、大きく手を広げた。
「当ててみろ! ここへ!」
いくつもの光の輪が、激しくきらめいた。
その光は、ディギッツに向けて放たれた。
閃光とともに、大音響が当たりを包む。爆風が飛び散り、土煙を舞上げて、周囲の視界を遮る。轟音が反響し、学府院の城壁に木霊する。
ザップの一斉放射!
だが……。
爆風が収まると、そこにディギッツが、立っている。
手を大きく広げたまま、
しかも…全くの無傷だ!
「ば、……バケモノだ……やはり、コイツは……精霊師じゃない、バケモノだ!!!」
城壁の上から、悲鳴が上がった。
「逃げろ! 殺られるぞ!」
恐怖に駆られた精霊師たちが逃げまどう。
「エイレン!」
我に返ったディギッツが、背後でうずくまっているエイレンを抱き起こした。
「なに……やってるのよ……あなたは……」
全身に被った土埃をかき分けながら、か細い声でエイレンが呟いた。
「何回…いったら、判るの? 約束したでしょ、危険なマネは、決して…しないって!」
「いやあ…でも…思ったんだよ、咄嗟に。姐様前首席の遅効爆裂だって受けられるんだから、並みの精霊師の攻撃だったら、はじき返せるんじゃないか、って…」
「バカ! 単純! なに考えてるの!?
そういう無茶するから…あなたは…真正のおバカだっていうのよ!」
「仲睦まじいところを恐縮だがな」
埃まみれになってしまった機材を手入れしながら、オルトが尋ねた。
「さあ、これからどうする? 城壁の精霊使いたち、全員が逃げ出してしまったぞ」
ディギッツは、改めて正門を凝視した。
そう…僕は精霊師ではなく、バケモノにされてしまったんだ。
火の精霊も使えず、ナマクラで、役立たずで、そして…自分が何者かさえ、分からなくなってしまった。
「力ずくで開けよう…」
ディギッツは、固く閉ざされた門塀を指さした。
「強行突破の決心がついたか。ではいよいよ、私の出番だな」
オルトは、持参してきた筒状の得物を肩に背負った。
「何をする気なんだ?」
「お前たち精霊の代用品だ。いま、お前は何一つ、精霊が使えないんだろう? そのために私が呼ばれたわけだ」
「離れてて下さいましナ! 無反動砲の射線後方に立たないで! バックドラフトは軽減されてますケド、かなりキケンですから」
ユリアが、何やらわけの分からない警告を発した。ともかく離れろ、ということらしい。
ばしゅっ!
不思議な炸裂音とともに、煙が前方へ勢いよく噴出され、ついで轟音とともに、正門は門塀ごと粉々に粉砕された。
あまりのあっけなさに、ディギッツも感嘆せざるをえなかった。
──なるほど、これが『邪術師流儀』の解決方法、なのか──。
「進路は確保したぞ! さあ、今度はお前たちに案内してもらおうか」
ついに、ニザーミアへ戻ってきたんだ…こんな、こんな帰還を果たすなんて、夢にも思っていなかったのに。
彼らは、粉々に破砕された瓦礫を踏みしだきながら、学府院へと乗り込んだ。




