4-2トライフォースの精霊師
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結局「関所」を通り抜けることを断念した一行は、やむをえず山麓の「間道」を使って、イェーガ・シェラ半島へ抜けることとなった。
さすがに「一般人向け」ルートとは言い難いほどの険しい峠道で、岩壁の間を縫って進むのに半日以上のロスをしたが、それでも無用なトラブルを避けるにはやむを得ない。
ラクーンがスコール族独自の抜け道を熟知していたのは有難かった。
「まあ、羊を連れてる時には、こんな道は使わねえんだが、人間だけの時には、たまには役に立つんだな、こんな間道も…関銭の節約になるし」
彼は呑気な口調で岩場に取りつき、ひょいひょいと先へ進んでは、残ったメンバーの道案内をしてくれるのだが、山道になれない他のメンバーにとって、この強行軍は相当に厳しかった。
小半時ほど進んでは、何度も小休止を取る。
急ぎ旅であることは承知しているが、焦って山道を滑落したのでは、何にもならない。
岩場に腰掛け、張りつめた脚の筋肉を休める。
「また、君には助けられてしまったな」
ディギッツは、エイレンに頭を下げた。
「気にしなくていいわ、お互い様だし」
エイレンは、わざとそっけない口調で応えた。
「でも、君に助けられたのは、これで三回目だし」
「え? そうだっけ?」
「だって、最初にガドリングに辿り着いた時、姐様…ニキータ前首席から、僕を助けてくれただろう? それに二回目は、スコールたちに囲まれた時。そして、さっきで三回目」
「最初の二回は、大したことしてないわ。ああいう『おしゃべり』って、イルーランにいた頃から、いろいろ仕込まれてたから、慣れっこなのよ。それこそ、人を煙に巻く弁舌術なんて、得意技にしたくもないんだけど…」
エイレンは、思い出し笑いを浮かべた。
「それこそ『姫様』みたいに振る舞え、って仕込まれてね」
そう言いつつ、彼女はディギッツに向き直る。
「私だって、キミに助けられたわ。だって、姐様のザップスを弾き返してくれたの、ディギッツでしょ。それに…最初の頃、私が大猿に襲われた時だったわね…いきなり火精をぶっ放って、猿たちをやっつけてくれたんだって? あとでケーデの女将さんから聞かせてもらったわ」
ケーデの女将さん…その名前を聞いて、二人はふと、物思いにふけった。
つい先日のことなのに、その人は、もうこの世界にはいないんだ。
「そ、そういえば、あのあと目が覚めてからキミは、半狂乱だった、って聞いたわ」
「そりゃあ…出発してすぐ、同僚が行方不明になったら、大変だもの」
「へー、そうなんだ。それだけだったんだ」
エイレンは前を向き、そっけなく呟く。
「け…けど、僕は…二回しか役に立ってないんだよ。君には三回も助けられて…」
エイレンの表情にうろたえ、あわてて彼は言葉を継ぐ。
「じゃあ今度、もう一回分…返してね」
「あらあら、お二人とも仲がいいことでらっしゃいますわネ! お邪魔して失礼ですけど、お連れの火精師サマは、放っておいて大丈夫なんですノ? 先ほどから、かなりお辛そうでらっしゃいますケド」
いきなり、背後からユリアが割って入った。
そうだ! レクターは傷を負っているのに、こんな山道強行軍を強いているんだ。
「いや、大丈夫だよ…ちょっと頭が重いだけで…傷が痛むとか、そういうわけじゃないんだ。体力だったら…僕は君よりあるはずだぞ」
レクターは、肩で息をしながらも、気丈に答えた。
だが確かに、スコールたちの居留地リヨルドを南下してしばらく、精霊師たちもスコール族のラクーンも、全身に感じるけだるさや、頭の奥に響いてくる「重さ」から逃れられない。
全く影響を受けていないのはオルトとユリア。邪術師のコンビだけだ。
「当たり前ですワ」
ユリアは、こともなげに答えた。
「私たちの身体には、DEXバブルに反応する因子はございませんから」
「何なんだ? そのデクス・バブルってのは?」
ぜえぜえ、と苦しそうに息を切らしながらも、リヨルデから同行したレクターが尋ねる。そういえば、ガドリングでも邪術師たちは、頻繁にその言葉を使っていた。ディギッツも不審に思ってはいたけれど、あえて質問はしなかったのだ。
「つまり、精霊師の言う『ヤーマの灯火』と同じもの…なのかな?」
ディギッツは尋ねた。
「そうですネ…一応、ご説明しておきましょうか?」
ユリアが腰掛け、話し始めた。
「まあ、カンタンに申し上げるなら、ディギッツさんのご指摘通りなのですワ。
私たちの言語と、精霊師の用語では淵源が違いマスから。あなたがたが用いるアナグラム法ではなく、私たちはトップ・スペルを用いますし…」
また意味不明の言葉が出てきたが、ここは大人しく、弁舌をふるうユリアにチャチャを入れない方がよさそうだ。
「つまりDark Energy Expand Bubble…略してDEXバブルですワ。もっとも、正体不明のエネルギー奔流なのでダーク・エネルギーという表現を流用しておりますけれど、本来の語彙とは定義が異なりますわネ」
話が、さらに分からなくなってきた。
ぽかんとした一同の表情に気づき、ユリアももう少し、分かりやすく説明した方がよさそうだ、と考えたらしい。彼女は更に続けた。
「つまり…ええと…あなた方、精霊師が『精霊』と呼称しているものの本体、とお考えになって下さいナ。あなた方は、これを便宜上、4象限に分岐させ、発動されますネ。
トップ・ボトム・チャーム・ストレンジ…本来ですト、6象限存在するのですが、例えればXY軸方向4象限で『精霊』を平面的に発動させ、立体展開のためのZ軸は用いない、というところですカネ。
ちなみに、4エレメント全部を合わせれば『光』として発現しますが、あなた方には、そういえば、『光の精霊師』は未だに存在しておりませんネ」
ほとんどが意味不明ながら、最低限のことは判った。
「4象限…というのはつまり、地水火風エレメントのことを言うのだろう?」
「ハイ。いわばフォース・エリアです。対角方向を不整対と呼称し、それを発動可能にする精霊師を…たしか…デュアルフォース、と呼んでいたと思いますが…そう、ニザーミアの現首席導師…オービス様、とかおっしゃいましたわネ。
その方は水と地のデュアルフォース、とお聞きしておりますけれど」
初耳だった。
「でも、これで自慢されても困りますノ。姐様は、風と水、さらに火の精霊を持つトライフォースでらっしゃいますカラ」
──私がトライフォースだということを、ニザーミアはもう、忘れたのか?──
最初に、ニキータ「姐様」前首席導師と出会い、あやうく爆殺しかけたとき、彼女が吐いた言葉だった。
「じゃ、じゃあ…ニザーミアを襲った、ヤーマの灯火は…ニーフ・ガスト塔に灯った、あの光は、何だと言うんだ?」
「ですから…精霊の暴走ですワ」
ユリアは、きっぱりと言い切った。
「私どもは、あれをニーフ・バイパスと呼称しておりますけど…バイパスというのは…つまり…あーもう! どういったら理解して頂けるのカシラ!」
上手い言葉が継げず、彼女も困惑気味である。
「たとえて言えば、あなたガタの言う『精霊』は、このザネル世界に遍在しているのですけど、局所的に滞留もするのです。
その散布を一定レベルに保つための、安全弁とでも申しましょうか…東西方向と、南北方向に施設が設けられました。東がニーフ・ガスト塔ですネ。南北の『御柱』は、あなた方の管轄外です。
それこそ、コラム・オブ・ポラリス…北極柱になんか、近づく前に死んでしまいます、でしょうネ」
北極柱? そんな言葉、聞いたこともない。
「ただニーフ・バイパスは、ニマーマ紀よりはるか以前に設営されたもので、既にガスナーの現時点では、ほとんど役割を終えていますノ。ごく希に、小の月からの干渉がなされたときにだけ、若干のダーク・エネルギーの散布調整を行います。それが、あなた方の言う『ヤーマ』なのですけド…少なくとも、今回の一件は、明らかに異なりますワ」
「こんな暴走は、吉兆だの何だのという話じゃない。それくらい、僕だって判る。けど、その原因は何なんだ? 僕たちが一番知りたいのは、それなんだ!」
「私にも判りませんワ」
ユリアの返事はそっけない。
ディギッツは、あまりのあっけなさに腰が砕けた。
「じゃ…じゃあ、君は…君たちは、なんのために、ニーフ・ガスト塔を目指すんだ?」
「判りきった話ではありませんか」
ユリアは、立ち上がって叫んだ。
「私は…あなたがたのいう『邪術』、それもフィジオのエキスパートですカラ! 私にしか、あのバイパスを封印することはできませんノ! 私は赴くのは、そのためです!」
目が、らんらんと輝いている。
「ついでに申し上げれば……オルトは、私の単なる護衛ですノ!
主役は常に、このワ・タ・ク・シ。
そこを、お間違えなくお願い致しますワ!」
………
一同、唖然とするほかなかった。




