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ザネル~記憶から消された新世界の物語~  作者: 麻生優樹
第四章 塔
33/39

4-2トライフォースの精霊師

31


 結局「関所」を通り抜けることを断念した一行は、やむをえず山麓の「間道」を使って、イェーガ・シェラ半島へ抜けることとなった。

 さすがに「一般人向け」ルートとは言い難いほどの険しい峠道で、岩壁の間を縫って進むのに半日以上のロスをしたが、それでも無用なトラブルを避けるにはやむを得ない。


 ラクーンがスコール族独自の抜け道を熟知していたのは有難かった。

「まあ、羊を連れてる時には、こんな道は使わねえんだが、人間だけの時には、たまには役に立つんだな、こんな間道も…関銭の節約になるし」

 彼は呑気な口調で岩場に取りつき、ひょいひょいと先へ進んでは、残ったメンバーの道案内をしてくれるのだが、山道になれない他のメンバーにとって、この強行軍は相当に厳しかった。

 小半時ほど進んでは、何度も小休止を取る。

 急ぎ旅であることは承知しているが、焦って山道を滑落したのでは、何にもならない。

 岩場に腰掛け、張りつめた脚の筋肉を休める。


「また、君には助けられてしまったな」

 ディギッツは、エイレンに頭を下げた。

「気にしなくていいわ、お互い様だし」

 エイレンは、わざとそっけない口調で応えた。

「でも、君に助けられたのは、これで三回目だし」

「え? そうだっけ?」

「だって、最初にガドリングに辿り着いた時、姐様…ニキータ前首席から、僕を助けてくれただろう? それに二回目は、スコールたちに囲まれた時。そして、さっきで三回目」

「最初の二回は、大したことしてないわ。ああいう『おしゃべり』って、イルーランにいた頃から、いろいろ仕込まれてたから、慣れっこなのよ。それこそ、人を煙に巻く弁舌術なんて、得意技にしたくもないんだけど…」

 エイレンは、思い出し笑いを浮かべた。

「それこそ『姫様』みたいに振る舞え、って仕込まれてね」

 そう言いつつ、彼女はディギッツに向き直る。

「私だって、キミに助けられたわ。だって、姐様のザップスを弾き返してくれたの、ディギッツでしょ。それに…最初の頃、私が大猿に襲われた時だったわね…いきなり火精をぶっ放って、猿たちをやっつけてくれたんだって? あとでケーデの女将さんから聞かせてもらったわ」

 ケーデの女将さん…その名前を聞いて、二人はふと、物思いにふけった。

 つい先日のことなのに、その人は、もうこの世界にはいないんだ。

「そ、そういえば、あのあと目が覚めてからキミは、半狂乱だった、って聞いたわ」

「そりゃあ…出発してすぐ、同僚が行方不明になったら、大変だもの」

「へー、そうなんだ。それだけだったんだ」

 エイレンは前を向き、そっけなく呟く。

「け…けど、僕は…二回しか役に立ってないんだよ。君には三回も助けられて…」

 エイレンの表情にうろたえ、あわてて彼は言葉を継ぐ。

「じゃあ今度、もう一回分…返してね」


「あらあら、お二人とも仲がいいことでらっしゃいますわネ! お邪魔して失礼ですけど、お連れの火精師サマは、放っておいて大丈夫なんですノ? 先ほどから、かなりお辛そうでらっしゃいますケド」

 いきなり、背後からユリアが割って入った。

 そうだ! レクターは傷を負っているのに、こんな山道強行軍を強いているんだ。

「いや、大丈夫だよ…ちょっと頭が重いだけで…傷が痛むとか、そういうわけじゃないんだ。体力だったら…僕は君よりあるはずだぞ」

 レクターは、肩で息をしながらも、気丈に答えた。

 だが確かに、スコールたちの居留地リヨルドを南下してしばらく、精霊師たちもスコール族のラクーンも、全身に感じるけだるさや、頭の奥に響いてくる「重さ」から逃れられない。


 全く影響を受けていないのはオルトとユリア。邪術師のコンビだけだ。

「当たり前ですワ」

 ユリアは、こともなげに答えた。

「私たちの身体には、DEXバブルに反応する因子はございませんから」

「何なんだ? そのデクス・バブルってのは?」

 ぜえぜえ、と苦しそうに息を切らしながらも、リヨルデから同行したレクターが尋ねる。そういえば、ガドリングでも邪術師たちは、頻繁にその言葉を使っていた。ディギッツも不審に思ってはいたけれど、あえて質問はしなかったのだ。


「つまり、精霊師の言う『ヤーマの灯火』と同じもの…なのかな?」

 ディギッツは尋ねた。

「そうですネ…一応、ご説明しておきましょうか?」

 ユリアが腰掛け、話し始めた。


「まあ、カンタンに申し上げるなら、ディギッツさんのご指摘通りなのですワ。

 私たちの言語と、精霊師の用語では淵源が違いマスから。あなたがたが用いるアナグラム法ではなく、私たちはトップ・スペルを用いますし…」


 また意味不明の言葉が出てきたが、ここは大人しく、弁舌をふるうユリアにチャチャを入れない方がよさそうだ。

「つまりDark Energy Expand Bubble…略してDEXバブルですワ。もっとも、正体不明のエネルギー奔流なのでダーク・エネルギーという表現を流用しておりますけれど、本来の語彙とは定義が異なりますわネ」

 話が、さらに分からなくなってきた。

 ぽかんとした一同の表情に気づき、ユリアももう少し、分かりやすく説明した方がよさそうだ、と考えたらしい。彼女は更に続けた。


「つまり…ええと…あなた方、精霊師が『精霊』と呼称しているものの本体、とお考えになって下さいナ。あなた方は、これを便宜上、4象限に分岐させ、発動されますネ。

 トップ・ボトム・チャーム・ストレンジ…本来ですト、6象限存在するのですが、例えればXY軸方向4象限で『精霊』を平面的に発動させ、立体展開のためのZ軸は用いない、というところですカネ。

 ちなみに、4エレメント全部を合わせれば『光』として発現しますが、あなた方には、そういえば、『光の精霊師』は未だに存在しておりませんネ」

 ほとんどが意味不明ながら、最低限のことは判った。


「4象限…というのはつまり、地水火風エレメントのことを言うのだろう?」

「ハイ。いわばフォース・エリアです。対角方向を不整対と呼称し、それを発動可能にする精霊師を…たしか…デュアルフォース、と呼んでいたと思いますが…そう、ニザーミアの現首席導師…オービス様、とかおっしゃいましたわネ。

 その方は水と地のデュアルフォース、とお聞きしておりますけれど」

 初耳だった。

「でも、これで自慢されても困りますノ。姐様は、風と水、さらに火の精霊を持つトライフォースでらっしゃいますカラ」


──私がトライフォースだということを、ニザーミアはもう、忘れたのか?──


 最初に、ニキータ「姐様」前首席導師と出会い、あやうく爆殺しかけたとき、彼女が吐いた言葉だった。


「じゃ、じゃあ…ニザーミアを襲った、ヤーマの灯火は…ニーフ・ガスト塔に灯った、あの光は、何だと言うんだ?」

「ですから…精霊の暴走ですワ」

 ユリアは、きっぱりと言い切った。

「私どもは、あれをニーフ・バイパスと呼称しておりますけど…バイパスというのは…つまり…あーもう! どういったら理解して頂けるのカシラ!」


 上手い言葉が継げず、彼女も困惑気味である。


「たとえて言えば、あなたガタの言う『精霊』は、このザネル世界に遍在しているのですけど、局所的に滞留もするのです。

 その散布を一定レベルに保つための、安全弁とでも申しましょうか…東西方向と、南北方向に施設が設けられました。東がニーフ・ガスト塔ですネ。南北の『御柱』は、あなた方の管轄外です。

 それこそ、コラム・オブ・ポラリス…北極柱になんか、近づく前に死んでしまいます、でしょうネ」


 北極柱? そんな言葉、聞いたこともない。


「ただニーフ・バイパスは、ニマーマ紀よりはるか以前に設営されたもので、既にガスナーの現時点では、ほとんど役割を終えていますノ。ごく希に、小の月からの干渉がなされたときにだけ、若干のダーク・エネルギーの散布調整を行います。それが、あなた方の言う『ヤーマ』なのですけド…少なくとも、今回の一件は、明らかに異なりますワ」

「こんな暴走は、吉兆だの何だのという話じゃない。それくらい、僕だって判る。けど、その原因は何なんだ? 僕たちが一番知りたいのは、それなんだ!」

「私にも判りませんワ」

 ユリアの返事はそっけない。


 ディギッツは、あまりのあっけなさに腰が砕けた。

「じゃ…じゃあ、君は…君たちは、なんのために、ニーフ・ガスト塔を目指すんだ?」

「判りきった話ではありませんか」

 ユリアは、立ち上がって叫んだ。

「私は…あなたがたのいう『邪術』、それもフィジオのエキスパートですカラ! 私にしか、あのバイパスを封印することはできませんノ! 私は赴くのは、そのためです!」

 目が、らんらんと輝いている。

「ついでに申し上げれば……オルトは、私の単なる護衛ですノ! 

 主役は常に、このワ・タ・ク・シ。

 そこを、お間違えなくお願い致しますワ!」

 ………

 一同、唖然とするほかなかった。



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