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ザネル~記憶から消された新世界の物語~  作者: 麻生優樹
第三章 影
30/39

3-8精霊師仲間、ヤケクソの決断を下す

28


「そろそろ対面も終わったか? 中に入っていいか?」

 天幕の外から声がかかった。

 とば口を開け、顔をのぞかせたのはオルト・アリューインだった。

 相変わらず、無表情で仏頂面である。


 だが、彼の姿を認めた途端、レクターの表情はこわった。

「じゃ…術師…か…」

 口の端をゆがめて、微かに呟く。

「やはり、噂は本当だったんだな」


「何の噂? ニザーミアでは、どんな話になってるの?」

 エイレンが、レクターに尋ねる。

「いや…それは…」

「言ってくれないか、この場で」

 ディギッツも、強い口調で畳みかける。

 レクターは、ちらりと天幕の傍らにいる「邪術師」オルトを眺めながら、意を決したように告げた。


「僕は、直にオービス首席導師からの命を受けて、ガドリングへ旅立つことになったんだけど、実は、出立の直前に、ちょっとした揉め事があったみたいなんだ。

 ほら、僕ら火精師の最高教導責任者は、トープラン三席だろう?

 どうも……火精局から、止めがかかったようなんだよ」

「止め? どうして?」


 再び、レクターは口を開くのをためらったが、あとは一気に続ける。

「オービス首席と、トープラン三席の間で、かなり激しい対立があったらしいんだ。そんな噂になってる。

 つまり、オービス首席は裏で、ガドリングの邪術師どもと繋がっている。

 実はガドリングに隠棲している元首席のニキタ・ディボックス師は、すでに邪術の虜となっていて、今回の『ヤーマの灯火』騒動をチャンスに、ニザーミアに邪術の業を持ち込もうとしているんだ、って。

 だから、先に遣わしたディギッツとエイレン姫様は、帰ってこない。

 このうえ引き続き、使者を立てるなんて、ニザーミアの恥さらしどころか、完全な背信行為ではないか。すぐ取りやめろ! って…騒動になった…」


 ディギッツは、そしてエイレンは、暗澹たる気持ちのとらわれた。

 なんて言葉を返せばいいのか…?

「あなたは、それを信じたの?」

 エイレンが、乾いた声でレクターに尋ねた。

「いや…実際、僕らだって…混乱したんだよ。上に立つ教導精霊師たちの意見が割れてしまったら、僕らは何を信じていいのか。

 だけど実際に、僕ら火精師たちの間で『内火』は起こってるんだ!

 特に、火精師たちの被害は大きいんだよ。バタバタ倒れているんだ。

 それを食い止める方法は、ニザーミアで果てしなく言い争いを続けながら、時間を無駄に使うことじゃない。

 そう思ったから、僕らは、オービス首席の命を信じて、ガドリングへ向かったのさ」

 ここで、レクターは再び、天幕のとば口に立つオルトの方へ向き直る。


「けど…だけど! 君たちは実際に、こうして…邪術師を連れてきたじゃないか!」


 ディギッツには、うまく説得する言葉が見つからない。

 確かに、レクターの気持ちは分からなくもない。

 ディギッツだって…そう、つい先月のディギッツだったら…こんな状況を目の当たりにしたら、きっと今のレクターと同じことを口にしただろう。

 ニザーミア学府院において「邪術」という言葉は、それほど忌み嫌われているのだ。


「まあ、我々が歓迎されていないのは、構わない」

 表情を変えず、オルトは静かに口を開いた。

「我々は、姐様…お前たちの言うニキータ前首席導師…彼女の命を受けて、ここまで来た。もしニザーミアが我々を拒むなら、引き上げるまでだ」


「けど、あなた方の大厄災は、どういたしますノ?」


 オルトの背後から、さらに声がした。

 ひょい、と天幕を持ち上げ、ユリアが顔を出す。

「アナタ方に、ニーフ・バイパス…ええと…ニーフ・ガスト塔って呼んでるんでしたっけ…あの塔の暴走を、停止させる術がありますノ? 

 DEXバブルを停止させなければ、最後はニザーミアごと全滅ですワ。そのノウハウは、私どもしか持ち合わせておりませんノ、今のところは。

 だからこそ、ニザーミアの…ええと…そちらのナントカ首席様は、姐様に仲介を要請されたのではないのですか?

 もちろん、差し出した手を振り払うのは、アナタ方の勝手ですけどネ」

 ユリアはきっぱりと言い切った。


 レクターは、ユリアの口調に気圧されして、しばし返事ができない。

 邪術師。

 これまで、レクターの頭の中にあった彼らのイメージは、何かしら空恐ろしい、怪物のような存在だった。実際、目の前に立っているオルトの装束や、腰にあてた妙な小道具などは、「怪物」はともかく、精霊師と対比して、いささか邪悪な感じがしないでもない。


 だが、その後ろにいる、まだ年端もいかない少女までが「邪術師」となると…。

 

 レクターの混乱に拍車がかかり、彼は頭を抱えた。

「どうなってるんだ、これは…?」


「あとは、あなたが見たままで判断してちょうだい、レクター。

 私たちは、決して強制しないわ」

 ややあって、エイレンはレクターに声をかけた。

「自分が信じる通りの判断をして。いまの私たちには、それしか言えないの」

 レクターは顔を上げる。

「エイレン姫様……念を押すけど、あなたは、この邪術師たちを信じて、彼らとニザーミアへ戻る道を選んだ…そういうことなんだね?」

 エイレンは黙って頷いた。

「じゃあ…僕も一口、乗ることにするか。

 どちらにせよ、僕自身とっくの昔に、こんなワケの分からない騒動に巻き込まれてるんだからな。先だってはディギッツ、化け物に乗ったきみのニセモノにも、あやうく殺されかけたし。あと一つ二つ、ワケのわからない経験をしても一緒だろ」


 初めて、ここでレクターは笑みを浮かべた。


「まあ、行きがけの駄賃っううか…毒を食らわば皿まで、ともいうからな。

 邪術師と一緒にニザーミアまで旅するのも一興だろうさ」

 これで、話は決まった。



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