3-8精霊師仲間、ヤケクソの決断を下す
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「そろそろ対面も終わったか? 中に入っていいか?」
天幕の外から声がかかった。
とば口を開け、顔をのぞかせたのはオルト・アリューインだった。
相変わらず、無表情で仏頂面である。
だが、彼の姿を認めた途端、レクターの表情はこわった。
「じゃ…術師…か…」
口の端をゆがめて、微かに呟く。
「やはり、噂は本当だったんだな」
「何の噂? ニザーミアでは、どんな話になってるの?」
エイレンが、レクターに尋ねる。
「いや…それは…」
「言ってくれないか、この場で」
ディギッツも、強い口調で畳みかける。
レクターは、ちらりと天幕の傍らにいる「邪術師」オルトを眺めながら、意を決したように告げた。
「僕は、直にオービス首席導師からの命を受けて、ガドリングへ旅立つことになったんだけど、実は、出立の直前に、ちょっとした揉め事があったみたいなんだ。
ほら、僕ら火精師の最高教導責任者は、トープラン三席だろう?
どうも……火精局から、止めがかかったようなんだよ」
「止め? どうして?」
再び、レクターは口を開くのをためらったが、あとは一気に続ける。
「オービス首席と、トープラン三席の間で、かなり激しい対立があったらしいんだ。そんな噂になってる。
つまり、オービス首席は裏で、ガドリングの邪術師どもと繋がっている。
実はガドリングに隠棲している元首席のニキタ・ディボックス師は、すでに邪術の虜となっていて、今回の『ヤーマの灯火』騒動をチャンスに、ニザーミアに邪術の業を持ち込もうとしているんだ、って。
だから、先に遣わしたディギッツとエイレン姫様は、帰ってこない。
このうえ引き続き、使者を立てるなんて、ニザーミアの恥さらしどころか、完全な背信行為ではないか。すぐ取りやめろ! って…騒動になった…」
ディギッツは、そしてエイレンは、暗澹たる気持ちのとらわれた。
なんて言葉を返せばいいのか…?
「あなたは、それを信じたの?」
エイレンが、乾いた声でレクターに尋ねた。
「いや…実際、僕らだって…混乱したんだよ。上に立つ教導精霊師たちの意見が割れてしまったら、僕らは何を信じていいのか。
だけど実際に、僕ら火精師たちの間で『内火』は起こってるんだ!
特に、火精師たちの被害は大きいんだよ。バタバタ倒れているんだ。
それを食い止める方法は、ニザーミアで果てしなく言い争いを続けながら、時間を無駄に使うことじゃない。
そう思ったから、僕らは、オービス首席の命を信じて、ガドリングへ向かったのさ」
ここで、レクターは再び、天幕のとば口に立つオルトの方へ向き直る。
「けど…だけど! 君たちは実際に、こうして…邪術師を連れてきたじゃないか!」
ディギッツには、うまく説得する言葉が見つからない。
確かに、レクターの気持ちは分からなくもない。
ディギッツだって…そう、つい先月のディギッツだったら…こんな状況を目の当たりにしたら、きっと今のレクターと同じことを口にしただろう。
ニザーミア学府院において「邪術」という言葉は、それほど忌み嫌われているのだ。
「まあ、我々が歓迎されていないのは、構わない」
表情を変えず、オルトは静かに口を開いた。
「我々は、姐様…お前たちの言うニキータ前首席導師…彼女の命を受けて、ここまで来た。もしニザーミアが我々を拒むなら、引き上げるまでだ」
「けど、あなた方の大厄災は、どういたしますノ?」
オルトの背後から、さらに声がした。
ひょい、と天幕を持ち上げ、ユリアが顔を出す。
「アナタ方に、ニーフ・バイパス…ええと…ニーフ・ガスト塔って呼んでるんでしたっけ…あの塔の暴走を、停止させる術がありますノ?
DEXバブルを停止させなければ、最後はニザーミアごと全滅ですワ。そのノウハウは、私どもしか持ち合わせておりませんノ、今のところは。
だからこそ、ニザーミアの…ええと…そちらのナントカ首席様は、姐様に仲介を要請されたのではないのですか?
もちろん、差し出した手を振り払うのは、アナタ方の勝手ですけどネ」
ユリアはきっぱりと言い切った。
レクターは、ユリアの口調に気圧されして、しばし返事ができない。
邪術師。
これまで、レクターの頭の中にあった彼らのイメージは、何かしら空恐ろしい、怪物のような存在だった。実際、目の前に立っているオルトの装束や、腰にあてた妙な小道具などは、「怪物」はともかく、精霊師と対比して、いささか邪悪な感じがしないでもない。
だが、その後ろにいる、まだ年端もいかない少女までが「邪術師」となると…。
レクターの混乱に拍車がかかり、彼は頭を抱えた。
「どうなってるんだ、これは…?」
「あとは、あなたが見たままで判断してちょうだい、レクター。
私たちは、決して強制しないわ」
ややあって、エイレンはレクターに声をかけた。
「自分が信じる通りの判断をして。いまの私たちには、それしか言えないの」
レクターは顔を上げる。
「エイレン姫様……念を押すけど、あなたは、この邪術師たちを信じて、彼らとニザーミアへ戻る道を選んだ…そういうことなんだね?」
エイレンは黙って頷いた。
「じゃあ…僕も一口、乗ることにするか。
どちらにせよ、僕自身とっくの昔に、こんなワケの分からない騒動に巻き込まれてるんだからな。先だってはディギッツ、化け物に乗ったきみのニセモノにも、あやうく殺されかけたし。あと一つ二つ、ワケのわからない経験をしても一緒だろ」
初めて、ここでレクターは笑みを浮かべた。
「まあ、行きがけの駄賃っううか…毒を食らわば皿まで、ともいうからな。
邪術師と一緒にニザーミアまで旅するのも一興だろうさ」
これで、話は決まった。




