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ザネル~記憶から消された新世界の物語~  作者: 麻生優樹
第三章 影
28/39

3-6混成部隊、伽藍山脈を越える

                   26


 出立は、急を要した。

 比較的軽装のディギッツ、エイレンたち精霊師二人に対して、オルトとユリアの邪術師コンビは、かなりものものしい装備でパーティに加わった。もっとも、重い荷物を背負うのは、もっぱら男性二人のほうなのだが。


 ガドリングからニザーミアへのルートは、行きに精霊師たちが通ってきた道ではない。

 ポータルカ盆地を南下し、赤十字回廊の中継地点ヨンギツァを経て、ここから東回廊を通るのが通常のコースなのだが、南で異変が起こり、大混乱に陥っていることを考えると、危険すぎてとても使えない。


 かといって、ビスワ河西岸を大迂回するわけにもいかない。

 月齢は8をとっくに越えた。ということは、あと4、5日すると「夜」が再び到来してしまう。前の夜ですら大白猿に襲われ、難渋したのだ。今回の危険性はその比ではないだろう。そのうえ、事態が急を告げていることを考えれば、一刻も早くニザーミアのあるイェーガ・シェラ半島突端まで、辿り着かねばならないのだ。


 オルトが示したルートは、単刀直入だった。


 ガドリングから真っ直ぐ東へ向かい、大伽藍山脈を突っ切って進む。そしてケーブ・ガルミ半島の東岸を南下して、ニザーミアへ到達する、というショートカットルートである。

 たしかに、行程はかなり短縮されるけれど、その分だけ「山越え」の危険度も増してしまう。まっすぐ南下して、ヨンギツァ市を襲った異変に遭遇するのと、大差ないのではあるまいか。

 ディギッツは、そう疑問を呈したが、かといって代替案があるわけでもない。


「だからこそ、私が同行するんだ」


 オルトは、素っ気なく言い放ち、担いだ筒状の大荷物を指して見せた。どうやら、邪術師たちが用いる得物…いや武具を…たんまり用意してきたらしい。

「そちらは、オルトさんの領分ですからネ。どうせ、ニザーミアへ到着したら、アナタは役に立ちませんシ」

 何気で自慢そうに装備品を見せるオルトに、毒舌のユリアが釘を刺す。


「それはどういう意味だ?」

「言った通りの意味ですワ。ニーフ・バイパスの補修は、フィジオであるワタクシの仕事でしょう。アナタはシェビルやエンジェムがご専門ですから、目的地到達の後はあまり役に立ちませんノ」

 何を言っているのかよく判らないが、どうやら邪術師の間にも、縄張りや領分が存在しているらしい。

「私は…直々に姐様からご指名を受けたのだぞ!」

「ですから、頑張ってワタクシどもの護衛の役を、立派に果たしてくださいましネ!」

 オルトは押し黙った。

 どうやら、口ではとてもユリアに太刀打ちできないらしい。


 およそ2日を経て、ちょうど太陽が中空高くにかかる頃、四人は大伽藍山脈の麓に到達した。ここまでは、危惧していた獣たちとも遭遇せずに済んだのは幸いだ。


 そこは「伽藍」の名が冠せられている通り、急峻な山脈が、ちょうど屏風岩のごとく、垂直に幾本も切り立っているという、文字通りの難所だ。

 その壮麗な眺めが、寺院の伽藍にも見立てられるところから、その名がついた。


 正面から岩壁に取りついて踏破するのは自殺行為である。彼らは壁の間を縫って進めそうな間道を探し、這うように一歩一歩、ルートを切り開くしかなかった。

「スコール族は、家畜を連れて、この山塊を自由自在に進むのだ」

 オルトが、珍しく口を開く。

 彼は、スコールたちの使う間道にも精通していた。

 

 大伽藍山脈は、ビズワ河沿いの平地とは地質的にも全く異なり、もっぱら凝灰岩…つまり火山性の多孔質石理や岩などの集塊岩からできている。地盤は、急な隆起によって生成され、さらに圧力でせり上げられた粗面岩の地殻の一部が下の地盤を突き破る形で突出し、この独特な山塊を形成したのである。


 そして、隆起した岩盤の間にある狭い地形が、いわば「間道」となり、迷路状に入り組んだパズルとなって残されたのだ。もっともこのパズルのあちこちには行き止まりや急峻で通行不可能な難所といったトラップが仕掛けられていて、よほど熟知した者でなければ、抜けられぬダンジョンに閉じこめられることにもなりかねない。


「スコールたちは、どうやって、この道を知ったのだろう?」

 ふと、疑問に思った言葉を、そのままディギッツは口にした。

「あら、そんなこともご存じなかったのですカ? 精霊使いは」

 はあはあ、と息を切らせながらも、ユリアは強気でディギッツに突っ込みを入れる。

「彼らは、空からルートを検索したのですワ。それが、子々孫々まで伝わっただけのことですノ」


 空から?


 ディギッツは、以前スコールのキャンプで、牧童に…たしか、ベルクとかいう、気のいい大酒飲みだったな…教わった言葉を思い出した。

──オレらには、大昔、翼があった──

 それは、いつの時代だったのだろう? 少なくとも大断世より以前、ニマーマの昔であることは確かなのだが…。


 間道は峠道となり、更に傾斜がきつくなり始めている。

 幸いなことに、この尾根道には断層のような突起物がつらなり、これがまるで階段のような役目を果たしてくれたので、ユリアやエイレンですらも、厳しい傾斜の割には楽に登ることができた。だが、屏風岩を縫うように斜行しながら、ジグザク登山を繰り返すこと8時間余り。途中で食糧補給を行い、休息をとりつつ進んだところで、やはり体力の消耗はすさまじいものがあった。


 オルトを先頭に、そして女性二人を挟んでディギッツがしんがりを務めながら、パーティは一列縦隊で黙々と山道を進んだが、ここへ来てついにユリアは根を上げた。


「もう……無理ですワ! 息が……」


 標高が高くなるに連れ、気温もぐんぐん下がり始め、また気圧もどうやら、急激に下がっていくようだった。標高にしてわずか千メルデそこそこなのに、ここまで環境が変わってしまうものなのか?


 ディギッツは声をからして、かなり先へ進んでしまったオルトを引き留め、ここで臨時のキャンプを張るように合図した。だが彼は首を振り、岩塊の間を指さした。

「風だ!」


 彼の指さす先、頂上付近の山腹を見て、ディギッツは驚いた。

 粉末のように見える軽石と埃が舞い上がり、円を描きながら、やがて巨大な柱のように成長して、屏風岩の山腹に激突している。


 つむじ風…いや、これはもう竜巻と呼ぶべきものだ。


 しかも、風は間欠的に舞い上がり、次々と姿を変えて、東の海岸から山脈へと押し寄せてくる。一つ間違えれば、自分たちもこの竜巻に呑み込まれ、バラバラにされて、彼方まで吹き飛ばされてしまうかも知れない。

 しかも、ディギッツもエイレンも、風のエレメントを持っていない。状況を変化させることは不可能なのだ。もっとも、仮に持っていたところで、現在「ナマクラ」状態の二人では手の施しようもないが。


「急げ! さっさと登るんだ!」


 山塊の中腹でキャンプを張ることは不可能、と判断した一同は、それからさらに5時間を掛け、ジグザクに屏風岩の間を縫う迷路のような山道を踏破した。

 途中、竜巻は一度だけパーティに急接近し、屏風岩の岩肌に激突して、まるで大爆発のように岩石のカケラを雨のように降り注いだ。オルトの指示がなければ、ひょっとしたら、岩壁に叩きつけられていたのは自分たちだったかも知れない。


 峠の頂上まで到達したのは、すでに月齢を一つ越えた時刻だった。

 疲労と寒さで完全に四人は参ってしまい、もはやキャンプを用意するどころではなかった。大急ぎで急場しのぎの携帯食を摂ると、一同はなるべく風の当たらない場所に陣取った。寝床は硬く、避難所としてはどうにも頼りなかったが、それでも横になった瞬間に、全員が眠りこけてしまったのである。


 それからおよそ8時間後、一同は、こごえたような空気の中で目を覚ました。

 最初に起き出していたのは、オルトだった。

 ディギッツが近寄ると、彼は南方を指さした。


「噴火湾だ」


 眼下には、広々とした北辰大陸東岸の大パノラマが繰り広げられていた。

 東海岸は、はるか南方でイェーガ・シェラ半島に続き、その突端に位置するのが、ニザーミア学府院である。だが、さすがにこの大伽藍山脈の名もなき頂きからは直線距離で百五十キロは離れており、霞に包まれて、その位置すらはっきり判別できない。


 その手前、東平原はなだらかな丘陵地帯をなしており、多くの家畜…ボルグたちが放牧されているはずだ。たしか、スコール族の居留地であるリヨルデも、ここからさして遠くはない。

 だが、そんな壮大な眺めを愉しみながらも、オルトはなぜか額に皺を寄せ、両眼に遠眼鏡らしき機具を当てて、一点を凝視している。


「何か、気になることがあるのか?」

「平原の彼方を見ろ」

 ちょうど太陽は中天に昇り、天候は晴れ。かなり遠距離まで見渡せる。が、さすがに平原の先は、細かくは判らない。

「霞が邪魔して、薄ぼんやり…しているな」

「あれは、霞ではない」


 霞ではない…とすると…虫か!


 ディギッツの脳裏に、ヨンギツァを襲ったというミージェ虫の大群のことが浮かんだ。

「いや、最初は私もそう思ったが、どうも違うようだ。色味も違う。ただ、あれは霞でもなければ、雲でもない…むしろ…たなびく煙だ」

 地表を、煙が? と、いうことは? その意味が分からず、ディギッツは戸惑う。

「それに、山麓の方も見てみろ。何かこう、様子がおかしいとは思わないか?」

「…判らない…」


 峠を下ると、不毛の屏風岩地帯を越え、その先にはハイマツやスギモドキのような、灌木地帯が続いている。


「荒らされているんだ。何かが通った。それも、かなりの集団が」

「大白猿か!」

「いや、あいつらの生息域の北限は越えている。何か別のもの…」


 たしか、ガドリングの邪術師たちは、なにか語っていた。

 ──ヨンギツァが虫たちに襲われたとすると、生態系が玉突きで暴走を起こす可能性が…あるとすると…他の生物たちも…──

 突然、オルトは遠眼鏡を片づけ、まだ眠りこけている二人に大声で叫んだ。


「さあ! そろそろ目を覚ませ、お姫様たち! 

 ぐずぐず休息している暇はなくなったぞ!」


                    ※


 廃都ガドリングの、かつて「迎賓館」と呼ばれた瀟洒な、そして巨大な建造物は、その地下深くに別のものを隠していた。


 司筮儀、と邪術師たちが呼んでいるそれは、いわばザネルの天体運行と「精霊」を、正確に計測するための機器でもあった。天井まで差し渡し20メルデはあろうかというほどの巨大ホールの大半を、その機材は占めている。

 その手前にある、一見すると説教壇のようにも見える大机の前にオスカー・ノギスは腰掛け、その背後には腕組みをした「姐様」ニキータが立っている。


 机上に細かく配置された、蝶番のような取っ手をさまざまに稼働させると、その「司筮儀」は轟音を上げ、位置を変える。

 いくつもの球体を組み合わせたような構造になっている司筮儀が一点で静止すると、中心球の特定位置数カ所に輝線が走り、灯りが灯る。


 何度かその作業を繰り返した後、オスカーは溜息と共に司筮儀を停止させた。


「やはり計算が狂っておる」

「どういうことだ? やはりイレギュラーか?」

「当然だな。デクス・バブルを発生させるには、小の月からの干渉が要件だ。もちろん閏八月のこの時期に、そんな指令が来るはずもない」

「では、やはり……南陵か?」

「少なくとも、ニザーミアは、ニーフ・バイパス…おっと精霊使いはあれをニーフ・ガスト、とか呼んでおるのだったな…あの遺跡を再起動させることができる者など、養成しておらんだろう?」

「当然だ。私たちの先達は、慎重かつ徹底して、あれを封印したのだからな」

「では結論は出たも同然だ。滅びの大陸の亡霊が、甦ってきおったのだ」


 ニザーミアに戻したあの子たちは、厄介なものを相手にすることになるな……。

 ニキータは、思わず溜息をついた。薄々、覚悟していたとはいえ、それが現実の物となると、やはり心が重い。

 ニキータに背を向けながらも、その気配を感じたのか、オスカー老は彼女に声をかける。


「ずいぶんと、あの小僧にご執心のようだの、ニキータ」

 ふっふっふ…と、オスカー老は低い笑い声を立てた。

「何を言う! ぶぶぶ、無礼な……」

「いやいや、別に構わんよ。もともとお前は、れっきとしたニザーミアの導師様なのだからな。若い者を育てるのは、その身に流れる血のなせる業とかいうヤツなのだろ?」


 フン、とニキータは返事代わりに鼻を鳴らした。


「だが、それにしても、お前はあの小僧に殺されかけたのだろうが? ずいぶんと寛容になったもんだの。齢を経て丸くなったか? かつての短気なニキータ姐様からは、想像もつかんわ。昔だったら瞬殺! で小僧は一巻の終わりだったろうからな」

「あの一件については…だいたい、裏事情の見当がついてきた。ニザーミアも、腐ったものだ。オービスも苦労が絶えないだろう。老け込むわけだ」

「お前さんは、何一つ変わらぬまま、待っとるのにな…」


 いきなり、ニキータの顔色が変わった。

 おっと! 口が滑ったわい。オスカーはあわてて、とぼけた顔を作り直した。


「いやいや、まあまあ…それにしても、なぜお主は、あの小僧の経歴にそこまで興味があったのかな?」

「別に……ただ、どうあの子が答えるのか、知りたくてな」

「ホルス湾沿いの寒村、イクスペルの生まれ、か。まさかそんな間抜けた答えが聞けるとは思わなかったわ。もしそれが事実なら、あの小僧は受託も何も、生まれた途端に血を吐いて死んどる筈だからな。しかも小僧を受託した巡礼精霊使いの名前が…チェニィ・スウェンとは。話ができ過ぎて笑えるわ」

 くっくっく、とオスカーは再び、喉の奥から笑い声を立てる。

「おそらくは、それもオービスの小細工だろうう」ニキータが答える。

「小僧をニザーミアへ入れるために、か?」

 ニキータは、返事をする代わり、かすかに首を動かした。


 イクスペル…あの土地が、不毛の地と化したのは、いつのことだっただろう?

 ホルス島北部にある北極点…いや北極柱から南へ50キロは、まさしく瘴気に満ちた土地となってしまった。北方限界線を越えて生きていける者など、存在しない。

 普通の「人間」ならば。


「しかしまあ、あの小僧に執心なのは、それだけではあるまい?」

「さっきからお前は、何が言いたいのだ?」

 ニキータは、再びオスカー・ノギス老に向き直った。老は首をすくめた。


 ややあって、むきになる自分がさすがに自分でも可笑しくなったのか、ふ、と笑みを浮かべ、ニキータは呟くように続けた。


「そうだな……そういえば、あの子は……小さいチェニィに、少し似ていたよ」


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