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ザネル~記憶から消された新世界の物語~  作者: 麻生優樹
第三章 影
27/39

3-5邪術師たちの決起

                   25


 そして、ガドリング。

 再び、迎賓館ホールには邪術師たちが結集していた。

 

 壇上に立った「アネサマ」ニキータ・ディーボックスを囲むように、十数人の邪術師たちが勢揃いしている。老若男女、さまざまな世代の邪術師が集い、ディギッツもエイレンも、オブザーバーとして参加を許されて同席している。


 なぜか「精霊師」と露骨に判る衣装をしているのも関わらず、ディギッツたちに珍奇の目を向けるような者はいない。…というより、彼らは現在直面している問題にかかりきりで、それ以外の些末なことなど、かかずらう暇も惜しいのだ。


「間違いない。少なくとも、大発生したのはボクスボルの風船華か、さもなければ飛蝗化したクサバチ…北方語でいうところのミージェだろう。襲来予測地点はコーデルト、もしくはヨンギツァ」


 長老格の邪術師、オスカー・ノギスが言い切った。


 ヨンギツァ、という言葉を聞き、一同の間にどよめきが走った。あんな要衝に、暴走した虫が襲来したら、いかなるパニックが発生するか……。

「仮定の話ではない、既に発生している!」

 オスカー・ノギスは、さらに言いつのった。

「同時に、龍や大猿たちも、大移動を開始したと考えられる。デクス・バブル…すなわち北方精霊語でいうところの『ヤーマの灯火』が、イェーガー・シェラ半島東端のニーフ・バイパス上でで発生したことを鑑みれば、連鎖的に生態系が玉突き暴走を起こすのは必至だ。そういえば…」


 ここでオスカー老人は、ディギッツたちのほうへ向き直った。

「この客人…ニザーミア精霊師のお二人は、ガドリングへの道中、大猿どもに襲われた、と言っておられたな」


 はじめて、邪術師たちは、一座の中に異質なメンバーが加わっていることに気づいた。


「ということだ。果実食のエイプが、こともあろうに精霊師に牙を剥いたのだぞ。既に異変は、過ぎ越し祭礼の直後、月齢にして7.00より8.02の間に発生しておる」

「ガドリングにも、そろそろ襲来しますね」

 若い邪術師が質問した。怖ろしい事態がここにもやってくるというのに、なぜか彼の口調は淡々とし、そこに恐怖らしき感情は、微塵も感じられない。それがディギッツには、不思議でならなかった。

「弾性防壁を稼働させるのだな。余分なロスは望ましくないが…デクス・バブルの規模がこちらの予想以上だし…どうやらニザーミア以外でも『ヤーマ現象』が発生しているところを見ると、ここに第一波が到来するまで、あと半日、保たないかもしれん」


「復興作業は、すべて中止しろ」

 アネサマは全員に命じた。

「防壁保守に、全員で当たれ。おそらく、第一波に続いて、夜までバブルの波状攻撃が続くぞ。それから……」

 アネサマは、最前列にいた少女に声を掛けた。


「ユリア、お前はこの精霊師たちとともに、早急にニーフ・バイパスへ向かえ」

「承知致しまシタ、アネサマ。でも……」

 ユリアと呼ばれた少女は、ディギッツの方を振り向きながら、不満そうに告げる。

「この精霊使いたちで、道中は安全なのでしょうか? ワタクシの見たところ、彼らは出力を制御されているように見受けられマス」


 何を制御されている、だって?


 先程から、聞き慣れない言葉ばかりが飛び交っている。まあ、邪術師仲間たち特有の符丁にケチを付けても始まらないが、それにしても、れっきとしたニザーミアの勅使に向かって、ずいぶんと無礼な口の聞きようではないか。

…まあ、先程まで、ディギッツの手当をしてくれたときにも、おおよそ口調はこんなものだったのだが。

「そうだな、では…オルト! お前も、精霊師たちに同行しろ。彼らを守って、無事にニーフ・バイパスまで送り届けるんだ」

「……はい……」

 オルトの口調からして、ずいぶんと不服そうだ。


 ニーフ・バイパスというのは、どうやらニーフ・ガスト塔のことらしい。と、いうことは、僕たちは邪術師を連れて、ニザーミアまで戻ることになるのか? ディギッツもそれに気づき、慄然とした。いくら非常時とはいえ、学府院が、邪術師を受け入れるとは、とうてい思えないのだ。


 だが、ディギッツが口を開く前に、エイレンがきっぱりとした口調で告げた。

「護衛なら、無用にして頂けませんか? 私たちは、ニザーミアからここまで、無事に到達致しました…戻りも同様にしたく存じます。まして、邪術…師の助力を受けて、私どもは戻るわけには参りません」


「無事に帰れると、本気で考えているのか?」


 オルトは、冷たい口調で言いはなった。

「少なくとも、あなたが、如何なる武侠の士か存じませんし、そもそも精霊を使うのは、ご自身の領分ではないのでしょう?」

 エイレンも負けてはいない。


 ふと気づくと、ホールにはディギッツたちのほか、指名されたユリアとオルト、そして長老のオスカーと「アネサマ」ニキータ・ディーボックスを除くと、誰もいなくなっていた。すでに全員、持ち場へと散ってしまったのだ。


「ちょっと待て。いつ、つまらぬ言い争いをして良い、と私が許可したのだ?」


 断固とした口調ながら、どこか可笑しそうな笑みを浮かべつつ、「姐様」ニキータが割って入った。


「精霊師、お前たちはニザーミアで親書を渡されたとき、どういう指示を受けた?」

 気色ばんでいたエイレンも、痛いところを突かれて押し黙る。

「それとも、このニザーミア崩れの、邪術に染まった背教導師の命令は、聞くに価せぬか? ディギッツ、お前はどうする?」

 なぜか、ニキータは彼に水を向けた。


「僕は、ニキータ前首席導師、あなたを…」

「導師はやめろ!」

「では…アネサマ…首席。僕はあなたを、背教者などと考えたこともありません。オービス首席は、あなたの名に従うように、とおっしゃいました。そして僕は、アネサマ首席に従います」

 ニキータの目が、かすかに輝いた。

「エイレン、お前はどうする?」

 彼女は、僅かの間、目を伏せ、そしてニキータに向き直った。

「私にも、否応はありません。ただ…一つだけ、伺いたいことがございます」

 この場で質問することは、僭越であることも十分承知している。だが、エイレンの口調には、拒絶を許さないような、断固とした意思が込められていた。


「言ってみろ」

「ニキータ・ディーボックス前首席導師。詳細な事情もわきまえずにお尋ね致しますことをお許しください。しかし…なぜあなたはこのガドリングへ、ニザーミアから赴任されたのですか? そして、邪術師たちと…協同されているのは、どういうご意志によるもになのですか?」


 ディギッツは息を呑んだ。

 確かに、彼にとってもそれは、一番尋ねたかった疑問だ。だが同時に、決して口にしてはならない疑問でもあったのだ、


「……なるほど……」


 ニキータは、エイレンを見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「まず第一に、ここへ来たのも、そして邪術師たちと協力関係に入ったのも、すべて私が望んで為したことだ。ニザーミアを追われて、ここへ辿り着いたわけでもなく、またその目的はニザーミアと敵対するためでもない」

 エイレンは目をそらさず、じっと彼女を見つめて聞いている。

「お前の言う『邪術師』たちと……協同する理由を、一言で教えてやろう。精霊師と邪術師は、表裏一体だからだ。私はそれを知り、そして、その宿命に従った」


 宿命…精霊師と邪術師が、表裏一体?


 宿敵、あるいは不倶戴天の敵としか教わらなかった二人にとって、ニキータの言葉は、あまりにも理解するのに困難だ。

「典礼宝典 垂訓十七戒 招提十七の結句を唱和してみよ!」

 ニキータは、断固とした口調で命じた。それは、まるでニザーミア学府院で教導を受けていたときの空気と、寸分も違わなかった。


「ミューズ・ガモン

 かく語れり。

 我が体を成すもの、我が精霊ノ意を呈す同胞は、ここに集い

 我とともに世を平らけく為すべし

 さらぬ方々は、我が名とともに 来たりませ

 地に 平安もたらすは、我が意思なり

 されど地 引き継ぐは、かの人々の魂ならむ」


 ディギッツは、そしてエイレンは、声を合わせて唱和した。

 ニザーミア入院以来、『典礼宝典』の垂訓十七戒は、何百回となく、それこそ夜に日に唱和したものである。だがいま、この場でその結句を口にしたとき、確かに…今までとは違う、妙なニュアンスを感じたのだ。


 このザネルの地に平安をもたらすのは、精霊師なのだ。だが、それでは地を引き継ぐべき「かの人々」というのは…我々ではない、別物なのか?

 ならば、それは誰なのだ。

 そして…地を引き継ぐ者が我々でないというのなら……


 そもそも我々「精霊師」は、何のために、存在するのだ?


 ニキータは、押し黙ってしまった二人を前に、告げた。

「なぜ? は禁句だ。精霊に淵源を求めてはならぬ。精霊の理は、疑念からは生まれない。そう、ニザーミアでは教導した。それは正しい」

 その口調には、不思議な優しさが込められている…ディギッツは、それを感じた。

「そして、逆にその『なぜ』こそが……邪術師の領分なのだよ。ニザーミアへ戻れば、お前たちも知ることになろう。さあ、時間がない。一刻も早く、ここを立ち去るがいい」

 そこで、会見は終わった。

 ディギッツとエイレン、そしてニキータから指名されたユリアとオルトが、出立の準備のために退席すると、彼女は再び一人になった。


「……そして、知らなくても良かったことまで、知ることに、なるだろう……」

 ニキータは、そっと呟いた。

 オービスが……。

 ニザーミアのオービスが「風」のエレメントを持ってさえいれば、これほど胸を焦がす想いをしなくて済んだものを……エレメントの相性だけは、私の力ではどうにもならないのだな。

 彼女にはいま、窮地に立たされたニザーミア…孤立し苦悩するオービス首席導師の姿が、手に取るように分かる、彼女は「風」のエレメントも保持しているのだから。

 だが、その想いは、地精師のデュアルフォースである、彼のもとに届くことはない。


 チェニィが…彼女は、不意に昔のことを思い出す。

 これで二度目か。オービスが「風」を読むことさえできれば、あの時の悲劇は避けられただろうに。

 今回は、あの若い精霊師二人と『邪術師』二人に託すしかない。

 そして、ディギッツ。

 あの子をニザーミアに受託したのが、チェニィ・スウェンという名の、巡回精霊師だったそうだぞ、と先だって、ノギスは私に告げた。

 ニキータの口元に、なぜか笑みがこぼれる。


 でき過ぎた話だ。

 彼女にとって、小さいチェニイは、今でもそのままの姿なのだ。




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