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ザネル~記憶から消された新世界の物語~  作者: 麻生優樹
第三章 影
26/39

3-4迎賓館の惨劇

                   24


「使いは、まだ戻って来んのか!」


 先程から、同じセリフを何回、繰り返したことだろう?

 ノークス・アルバは、ヨンギツァ市「乙名衆」の最長老として、この異常事態をなんとか収拾しようとして、結局は右往左往するしかない自分自身に怒りを隠せない。

 輪番で「物見の塔」に登楼していた同僚リクード・ベルタは、伝声管から異様な声を発しただけで、そのまま連絡を絶った。


……おそらく、もはやこの世の者ではないだろう……。


 従者たちに指示を出そうにも、すでに轟音と化してしまった羽音のために、ほとんど意思疎通すらままならない有り様なのだ。


 ミージェが…あの羽虫どもが…外を覆い尽くしている限り、伝令を出すのも命がけ。いや、下手すると自殺行為になってしまうのだ。

 アルバたちが、辛うじて立てこもっている商工会所から、至近距離にあるのは、ニザーミアの連中が駐留する「迎賓館」だ。そこまでなら、なんとか使者も「生きて」たどり着けることだろう。


「精霊使いどもが……肝心なときに……口先ばかりの役立たずが!」

 無意味とは知りつつも、ついつい罵詈雑言が口をついて出る。


 しかも、この八月には、わざわざニザーミアの次席導師…何といったかな、名前は…そう、レオ・コーンボルブか、あ奴まで招聘したのに!


 そう、つい先日の過ぎ越し祭の折、物見の塔の鐘楼に現れた怪現象で市民が動揺した際、乙名衆の全員一致で呼びつけたのだ。

 デカい図体をして、偉そうに説教を垂れまくり、この現象はおそらく吉兆だ、いわゆる

「ヤーマの灯火」とニザーミアでは呼び習わしているもので、精霊の力が地に満ちたとき、呼び起こされる現象なのだ…とか何とか喋くったのだ。


 あれは、適当なヨタだったに違いない。

 何が吉兆だ!

 羽虫どもを呼び寄せ、こんな大災害を招き寄せただけではないか!


 もともと、アルバは乙名衆筆頭ながら、反ニザーミアの急先鋒でもあった。

 精霊師、いや町の精霊使いたちは、いわば職能ギルドによって、強く結びつけられている。工芸業者たちは、造化を司る「火の精霊」、医業者は循環と流転を司る「水と風の精霊」が取り仕切り、そして地脈を司る「地の精霊」に祭礼を任せねば、そもそもマツリゴト一つ、立ちゆかず農民たちから離反されてしまうからだ。


 だがアルバたち「乙名衆」は、精霊師…少なくともニザーミアから派遣される教導精霊師たちを、決して信用していなかった。


 ヤツらは、口先ばかりのイカサマ師だ。


 そもそも、前世ニマーマ紀にこのザネル世界を襲った「大断世」とやらも、奴らの都合のいい作り話ではないのか。ニザーミアが精霊の力とやらで、このガスナー紀に北辰大陸を復興させるという建て前だって、奴らがこの北辰を都合よく支配するための、勝手な小理屈なのではないか。


 だいいち、もし精霊の力が「あまねく」世界を導くのだったら、なぜ北方の覇王ガドリング市は滅亡したのだ? あれは、大断世よりずっと後の話だぞ。

 それに、なぜ南陵大陸は復興できないのだ? あそこは、もはや生きとし生けるものの住まうことができない「不毛禁断の地」と化しているのだぞ。


 アルバは膨れあがる憤懣と鬱屈を、どこにもぶつけることができず、ただただ時を浪費するしかなかった。

 精霊館へ出した使いは、まだ戻らない。

「あのエセ精霊使いめが!」

 再び、彼は大声で毒づいた。

 こんな肝心なときに、ヤツは寝床に潜り込み、ブルブル震えているのか!


                   ※


 三人の使いのうち、二人までが、やられてしまった!


 商工会所から迎賓館まで、わずか距離にして二百メルデあまりというのに、ミージェ羽虫の襲撃を受け、立ち往生している間に一人が「食われ」、もう一人は目も開けられぬまま道に迷ってはぐれてしまった。

 おそらく、そいつの運命も、知れたことだろう。


 迎賓館の戸口に辿り着いた使者は、死にものぐるいで扉を叩き続けた。

「開けろ! 開門! 乙名衆だ! 開けるんだ!」


 何の反応もないと知るや、使者は思いきって非常手段に訴えた。

 手に持った斧で、扉の丁番の間を目がけ、打ち抜く。横木が叩き落とされ、観音開きの重合扉が軋んだ。羽虫が中に入り込むのも構わず、力任せに押し入った。

 必死の思いで再び扉を閉める。


 だが、彼を迎えるものも、止める者も、誰もいない。

「乙名衆の使者だ! 誰かおらぬのか? 精霊師、精霊師はおられぬのか?」

 声を限りに叫ぶが、何の返事もない。


 不気味な薄暗さだけが支配している。外の羽虫たちの騒ぐ音さえ、なぜか耳に入らない。

 使者は、重い空気を振り払うように、階上へと駆け出す。


 何だこれは?


 踊り場に、妙な黒こげの塊が二つ三つ、転がっている。

 胸を突くような、イヤな臭気が漂っていた。が、今はそんなものに構ってはいられない。確か、来訪中の次席導師は、奥の貴賓室に滞在しているはずだ。


「失礼する。乙名衆アルバの使いだ。ニザーミア学府院よりお越しの、レオ・コーンボルブ次席導師はこちらにおいでか!」


 作法も何もあらばこそ、沈黙を破って使者は、勢いよく貴賓室の扉を開け放した。

 レオ・コーンボルブは、扉を背にして、窓の外を眺めている。


「何をしておられる! いま、外で何が起こっているのか、ご存じないはずはあるまい。早急に、商工会所までご一緒頂こう。この虫たちの襲来を、貴殿に……」


 大声で託された口上を切り出しながら、使者は妙な焦りを感じていた。

 何を悠長に、外など眺めているのだ? この非常時に。

 だいたい、窓の外を…眺めても…窓には羽虫がびっしりと集り…何一つ、見えはしないでは…ないか…。

 ようやく、使者も、この情景の異常さに気づいた。

「コーンボルブ次席導師!」

 不作法は承知で、使者は、背を向けたままの次席導師の裾に手を掛ける。


 ざざざざざ………。

 ばさっ、と乾いた音がした。

 次席導師の装束が、使者の手に残った。


 何が起こったのか、理解できなかった。

 今し方、そこに立っていた人間は消え失せ、衣装と…そして、白い粉末の塊だけが残されていた。


 それは、塩の柱だった。


                   ※


 風精師には「流転」とともに「交流」のエレメントも存在する。

 風は移ろい、そして伝える。

 だからこそ、風精師は、ニザーミアにあっては「通信師」としての役も果たしうるし、北辰大陸各地に赴任している教導精霊師には必ず一名、この風の精霊師が加わるのが通例である。

 風精師たちは、簡単なものなら互いの意思疎通を、遠隔地においても瞬時に行うことが可能だ。もっとも、その符丁を理解し「波を」合わせるためには、ニザーミアでかなりの修練を積む必要があるのだが。


 オービス・ブラン首席精霊師は、だから、このときすでに、ヨンギツァへ派遣していたコーンボルブ次席が、この世の者でなくなったことを知っていた。


 知ったからといって、何ができるのだ!


 オービスは、自らの無力感をこれほど痛感したことはない。この異変に際して北辰大陸を守るどころの騒ぎではなくなった。ニザーミア学府院自身が、もはや糊塗のしようもないほど、大混乱の極致に達しつつあるのだから。

「四百十一人に達しました!」

「うち、焼死者は二百三十七名、塩死者八十名、溶死者九十四名であります!」

 当直が告げた。


 決して動揺を見せるな! 彼らは淡々と、いま学府院で起きていることを報告するのみである。だがもちろん、彼ら自身とて、いつ発症して死者に列に加わるか、まったく予断を許さないのだ。心中で動揺するな、と言う方が無茶なのだ。


「もっと早く…手を打っておれば…悔やまれますな」

 オービスの背後に立った、トープラン三席導師が、呻くように告げた。

「せめて…教導精霊師たちまで倒れたとき、手を打っていれば、あたら有益な者たちを、死なせるなどということは…」

 まさしく曳かれ者の小唄である。

 トープランが呟いているのは、責任回避せんとする心根と、自らの手に余る事態への怯え、それ以上の何者でもないのだ。


 ヤーマの灯火は、一時的な現象ではなかった。


 それは凶兆! 北辰大陸全土を蝕む、暴走の引き金だったのだ。

 オービスは、窓の外にかすかに映る、ニーフ・ガスト塔を凝視していた。

 塔の先端からは、閃光と火花が飛び散る。

 精霊が、あの塔の先端を伝って、暴走しているのだ。


 それに感応した精霊師たちは、次々と倒れ、そして、為す術もないうちに「自らの精霊に殉じるような」死に様を遂げてしまったのだ。

 そして、次の異変がやって来た。

 イルーランでは「怪獣たち」が暴走し、防壁を突破された。ヨンギツァには、羽虫のミージェが襲来した。ローランやコルレンツからはまだ通知がないが、いずれもただでは済まないだろう。

 なのに、私は、このニザーミアで、こうして、手をこまねいて事態が悪化するのを見守るだけ、というのか!

 オービスは唇を噛んだ。


「ニキタは…ニキータは…なぜ、返事を…よこさない…?」

 食いしばった口元から、呻くようにして、オービスは声を発した。


 親書は、届かなかったのか? 


 あの若い精霊師たちは、やはり使命を果たせず、道半ばにして命を落としたのか。このニザーミアの精霊師見習たちのように…。

 できることは、やった筈なのに…。


 オービス首席導師の背後に控えていた、三席導師トープランにも、辛うじて彼の呟きが耳に入った。トープランは、押し黙るしかなかった。


 返事?

 返事など、来るはずがなかろう。

 トープランは、自らが「風」のエレメントを持たぬことを、少々残念に思った。

 風を持っていれば、今頃は感応できたかもしれない。

 オービス首席導師、あなたがお待ちかねの「パートナー」は、おそらく既に…コーンボルブ次席導師と同じ運命を辿っているのでしょうよ。


 トープランは、繰り返し、自分自身に言い聞かせる。

 私は、間違っていない、決して間違ってなど、いないのだ! と。



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