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ザネル~記憶から消された新世界の物語~  作者: 麻生優樹
第二章 廃都
23/39

3-1閑散とした街道に、客が訪れる

                   21


 ラックツェンは赤十字回廊の東、ニザーミア学府院のある大陸東端イェーガー・シェラ半島近くにある村である。

 街道筋にあって、駅逓としてはニザーミアから西に向かって三番目。当然ながら数軒の宿場も置かれ、回廊の中心にある商都ヨンギツァとニザーミアを往復する巡礼や商人たちの往来も盛んだ。

 同じ赤十字回廊といっても、ほぼ人の往来も絶え果ててしまった北回廊とは、雲泥の差がある。


 だが、どうもここ最近、正確には閏八月の「過ぎ越し祭礼」前後から、特に巡礼たちの往来がほぼ止まってしまい、干上がった宿屋の主たちは事情も分からず、嘆いている。


「今日も丸坊主だ! どうなってるんだ全く!」

 夜が明けてからここ数日、村人の挨拶といえば、こんな嘆き節で始まるのが通例となってしまった。

 実際、過ぎ越し明けから年末にかけたこの時期、年越しの祭礼に招聘されて北辰全土に散らばる巡察精霊師たちや、その反対に精霊護符を求めてニザーミアへ向かう巡礼たちが街道に集中する書き入れ時なのだ。


 なのに、今年に限っては人通りも途絶えてしまった。


「三日前、ローラムから来た巡礼どもがブツクサ言ってたけど、考えてみたらあの連中が最後だったな」

 村で最大の宿…当然、認定精霊師たちの定宿にも指定されている…の主人シェブは、暇を持て余して食堂の片隅でボルク乳酒をあおりながら、昼間から愚痴を垂れている。

「もう、かれこれ一週間、精霊使いも巡礼も、だれも寄りつきゃしねえ」

「…ってクダ巻いてる暇があったら、ニザーミアまでひとっ走りして、直訴でもしてきたらどうなの?」

 妻イズミーが混ぜっ返す。彼女も暇をもてあまし、必要もないのに台所で食器の配置を変えたり棚をさらったり、いらだたしげに立ち働いている。


「直訴も何も、大門が閉じられちまって。誰も通さねえってんだ。どうもできるか!」

 シェブは苛立って怒鳴る。

「いったい、どうなってんの? こんなことって…」

「ローラムの巡礼たちが言うにはな…って、アイツらも門前で追い返されたクチらしいんだが、過ぎ越しの祭礼で不祥事があって、火精師どもが何か不作法でもしたらしいんだが、ジョセンのためにキンシンしてるんだとよ、この月は」

「ジョセンって…除染? 何か妙な病でも、流行ってるんじゃないでしょうね!」

 イズミーは気味悪そうに身震いする。

「やだわ! 精霊師様でもかかっちまう病なんか、あたしらはひとたまりもないじゃない。カンベンしてよ」


「おいおい、妙なこと言いふらすんじゃねえぞ! こっちはニザーミアさまのお陰で喰ってるんだ。ただでさえ気味悪いのにこれ以上、悪い噂でも立ったら…」

「でも実際、人出が全然ないじゃないよ。とっくの昔に、噂ンなってるのよ」

「そうなんだよなー、困るんだよなー」


 実際不穏な空気が流れてから、かれこれ七日も経過しているのだ。


 これまでにもこの種の不吉な出来事が、ニザーミア絡みでおこったことも皆無とはいえない。たしか数年前、南のカスタリエン湖で風船花ボクスボルが大発生した時にも、ニザーミアのベネラ水精堂で水調伏の秘儀とかを執り行うために、回廊東一帯を封鎖して巡礼を追い返したことがあった。けれど、たとえ「道切り」のような封鎖をおこなう時にも、ニザーミアの精霊師たちはこれ聞きよがしに、説法を垂れては「精霊の恩恵」を吹聴して回っていたのだ。


 ところが今回に限っては、まるで梨のつぶてだ。


 確か十日ほど前、次席の「発言者」が…お偉い精霊導師で確か風水精師のコーンボルブとかいったっけ…あわてて「凶状旅」みたいに、このラックツェンの宿場をかけぬけ、ヨンギツァ方面に走っていったきり、である。

 通例ならここに一泊して、ひと説法ぶちまけたあと、おもむろに従者をしたがえて行列をしたてるのが精霊導師クラスの習いなのだが、今回はよほどの急事だったのだろう。

 過ぎ越し祭礼でどんな騒動があったのか、説明一つなく、お陰で街道筋の村人は不吉がって、勝手に好き放題、噂を撒き散らす羽目になるのだ。

 それこそ大伽藍山脈から、化け物ノルデ・キリコが暴れ出したとか、イェーガガ・シェラ岬の突端で、またボクスボルが大発生したに違いない、とか。



「あれ、まあお珍しい!」


 外に立って所在なげに佇んでいた妻イズミーが、驚いたような歓声を上げた。

 主人のシェブが驚いて振り向くと、戸口には一人、客が立っている。

 若い男で、端正な顔立ちの割に、ずいぶんと薄汚れている。それこそ「凶状旅」で、夜の間も街道を駆けまわって来たような汚れ方だ。精霊師のチュニックにも似た服を纏っているが、少しデザインが奇妙だ。

 上下繋ぎのコートにケーブ。だが、よく見ると繋ぎ目はピッタリ、何か特異な装具で繋ぎあわされている。ここ最近、北辰でこのような衣服は見たことがない。


 だが、その顔には見覚えがある。


「おや、先だっていらっしゃったニザーミアの…確か火精師さまでいらっしゃいましたな。もう、ご用はお済みになったんですか?」

 シェブは機嫌よく、戸口に立った客に声をかける。なにせ、久々の客だ。しかも、ニザーミアの精霊師となると、金払いもいい上客なのだ。


 だが、相手はシェブのことをまるで覚えてもいないように、不審そうな表情を向けるだけである。

「あの……そういえば、先だってのお連れ様はどうなさいました? 今日は、御一緒ではないんですか?」

 やはり返事はない。

 彼はおもむろに懐から、小さな立方体を取り出し、それを主人の前に差し出して、口の中で何やらブツブツ…と呟く。

 聞きなれない、呪文のような言葉だ。

 色とりどりの小さなパーツを埋め込んだような形状の立方体は、微かに煌めいた。

 主人の動きが止まった。


 ややあって、ようやく男は口を開いた。

「ようやく同調したか…面倒なものだな、言葉も通じなくなっていると」

「は、はあ……お、つかれ…さまです」


 いつの間にか、シェブの傍らには、妻のイズミーも立っている。やはり彼女も、呆けたような表情を浮かべて。


「まあいい。逐一、事情を聞くのも面倒だ。いろいろと教えてくれ」


 男は二人の前にずい、と立方体をかざす。虹色の煌めきが徐々に拡大し、宿の食堂中に乱反射する。もちろん、それを眺めているものは誰もいない。


「なるほど、これは好都合。この先の仕事もずいぶん、やりやすくなった」


 男は呟き、立方体を懐にしまった。同時に、部屋中を満たしていた怪しい光も消え失せた。

「あ…あれ?」

 夫婦は我に返ったかのように、互いの顔を見合わせる。


「ところで、そのノルデ・キリコ…怪獣とやらは、どの辺りをうろつけば出会えるのかな? 残念ながら私はこの近辺の地理には、不案内なものでね」

「はあ、最近では滅多に出なくなりましたが、昔はよく、大伽藍やケープ・ガルミの方にうろついていましたとか…」

 まるで後ろからセリフを付けられているかのような平板な声で、シェブは返答した。



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