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ザネル~記憶から消された新世界の物語~  作者: 麻生優樹
第二章 廃都
21/39

2-9出自を巡る不可思議な疑問

                   19


「ちょ、ちょっと! 何してるんだキミは!」

 ディギッツは、本気で困りはてていた。

 無理矢理に叩き起こされたのは仕方ないとして、この邪術師の少女が、傍若無人に自分の身体をいじり回すのは、どうにかならないものか?


 ユリアと名乗ったこの邪術師は、多目に見ても年の頃は十代前半。いや、ひょっとすると、十に満たないようにさえ思われる。だがその幼な顔に似合わず、傍若無人さにかけては立派に一人前だ。


「キチンと脊椎を伸ばしてくだサイ! スラスター位置が確定できまセン」


 ユリアは、ディギッツの上半身を裸に剥いた後、有無を言わせず彼を寝台にうつぶせにして、奇妙な手つきで上体各部をピンポイントで刺激し…彼女はこれを「スラスト」と説明していたが、意味はさっぱり分からない…何だかんだでこれを小半時も続けたかと思うと、最後は妙な臭気のする膏薬を背中や腹部、胸部に塗りたくり、湿布を施したのち、包帯を巻き付けていく。


 ザップスボン直撃で痛めた身体を治癒するための「邪術師流儀の」処方らしいが、なぜこんな少女にそんなことをやらせるのか?


「アネサマの命令ですから!」


 ユリアの口から断言されると、それ以上、反駁するわけにもいかず、為されるがままのディギッツではあったが、居心地の悪さときたら……。


「じたばた動かないでくだサイ! 何度いったら判るのですカ?」

 たどたどしい口調ながら、凛とした声で、ユリアは命令する。

「だいたい、こんなコト、私の領分じゃないノニ…まったく」

 どうやら、彼女自身も、与えられた仕事に不満らしい。

「じゃあ、君はどんな仕事が本来の領分なんだ?」

 ディギッツは尋ねた。

「そりゃあ……」

 つられて思わず口を開きかけ、あわててユリアは頭を振った。

「ああ、あぶないアブナイ! 『精霊使い』の連中ってば、口がウマイんだから。油断がならないこと、ありゃしませんワ!」

「別に聞きたくて聞いたんじゃない。言いたくなければ結構だよ」

 ずいぶんな言われようだ。どうやらディギッツたちが「邪術使い」に抱いているのと同様に、邪術師たちの中でも、精霊師に対する偏見は相当のようだ。


 だが、確かにこの少女は治療行為が本来の職分ではないことは分かる。拙い手付きで包帯を巻くユリアを眺めながら、ふとディギッツは思い出した。

「そういえば…君は、ガドリングへ来たとき、最初にであった、その…邪術師たちの中に、いたんじゃないか?」

 そのときには仮面を付けていたので判らなかったが、確かに一名、妙に背が低い者がいたような気がする。


「ハイ、南丘の示準石の前でお会い致しマシタ。潜入してきた密偵や破壊工作員を捕捉するのは、私たちの持ち回りですカラ」

「僕らは密偵でも、破壊工作員でもない! ニザーミア学府院からの勅使だ、と言ったじゃないか。きちんと親書まで携えて…」

「開けたら、きっちりバクハツする爆弾親書を携えて? 私たちの常識では、そーいうのをハカイ工作、と呼ぶのですケド」

「な………!」

 これには二の句が継げなかった。


 確かに、ガドリング到着後、早々にやらかしたことを冷静に考えてみれば、ユリアからそう言われても仕方がない。

 自分が意識を失っている間に、エイレンが取りなしてくれたから、どうやら事なきを得たようだが、だからといって自分たちの無実が証明されたわけでもないのだ。


 それより、本当に、自分たちは……ニキタ・ディボックス前首席導師を爆殺するために、ニザーミアから派遣されたのだろうか? 


 すぐにディギッツは、脳裏に浮かんだ疑念を振り払った。


 バカげている! そもそも、そんな考えが浮かんだことそれ自体、恥ずべきことなのだ。だが、現にこうして、自分は……。

 と、考えながら、ディギッツは、奇妙なことを思い出した。

 それは勅使として、オービス首席導師から、直接に任務を拝領した前後のことである。

 たしか、オービス首席導師は、親書の内容に関して「ヤーマの灯火」に関する意見具申を、親書にしたためた、と言っていた。

 そう、前首席導師ディボックス…いやディーボックス師に意見を伺いたい、ということだった筈だ。


 ところが……。

 よく考えてみると、ディギッツ自身は、そのニザーミア学府院の外れにあるという遺跡……ニーフ・ガスト塔に灯った「ヤーマの灯火」というものを全く目にしていないのだ。


 過ぎ越し祭礼の準備をしていて、いきなり原因不明の高熱を発して三日間、倒れているうちに、その怪現象は起こったのだから。

 そして、起こされたと思ったら、ほとんど何の説明もなく、エイレンを紹介され、勅使として「まるで追い立てられるように」学府院を出発したのだ。


 そういえば、旅の途中、エイレンにこの件を…尋ねようと思ったのだが、結局、大猿襲撃やスコールたちとの遭遇などで、うやむやになってしまったし。


 いやまて、まだあるぞ。

 出発の前後の記憶に、妙な引っかかりがあるのだ。

 たしか、あれは……首席導師の執務室へ呼び出されたときだ。

 最初に気絶したあとの容態を尋ねられ、そのあと…手を出せ、と命じられたのだった。

 

 あれは、結局…何だったのだろう?

 どういうわけだか、その直後のことがよく思い出せない。

 思い出そうとしたのだが、どうも記憶が混乱してアヤフヤなのだ。


 ディギッツの背後に回ったユリアは、彼の上半身に回した包帯を留めようとして四苦八苦し、何やら彼に声を掛けているのだが、ディギッツの方は、まるでデクノボウのように、物思いに耽ったまま、じっと自分の掌を眺めている。



「邪魔するぞ。どうだ、治療の方は片が付いたか?」

 不意に、戸口で声がした。

 あわてて、ベッドから身体をよじり、声のした方向を振り向く。

 戸口には、一人の老人が立っていた。

「あー、構わん。施術の最中なら動かんでいい。ユリア、この若造の具合はどうかな?」

「軽い打ち身が左肋骨と、爆裂輻射による損傷が第二頸椎を中心に数か所。内臓の損傷は、ほぼありませんワ……おそらく。パッチを当てておきましたけど、ノギス様、それ以上はワタクシの専門ではございまセン。治癒に障りが出ましても、お許し下さいませネ」

 ノギス、と呼ばれた老人は、笑って手を振る。


「すまんな、精霊師の若者…ええと…ディギッツくんとかいったかな」

 ディギッツも、この老人のことを思い出した。最初にニキータと対面した際、紹介されたのだった。名前はオスカー・ノギス。

 邪術師の中では、飛びぬけて年かさだったので、印象が強かったのだ。ひょっとしたら、ユリアが言う「示準石」で最初に仮面の男たちと遭遇したあの時、彼らの中にいたのかもしれない。

「許せよ、小娘の半ば素人療治だが。なにせ、医療師どころか、大半の者が出払っているのでな」

「だから、アタクシの領分ではないと言っておりますのニ…」

 ユリアは再び、口の中でブツブツ呟く。


「あの…本当に…大変な無礼を働いてしまって…」

 きまり悪そうに、ディギッツはノギスに詫びた。

 彼は首を振り、面倒くさそうに応える。

「構わん。爆裂を食らったのは儂じゃないからな」

 ずいぶんと、あっさりした返答だ。

「ま、ニキータも最初は面喰って怒り狂っておったが、よくよく事情を考えれば、お前たちが何か悪さを企んだわけではないことくらい、見当はつく」

「でも…」

「でも、何だ? お前たちが言う『お偉い前首席導師サマ』に爆裂の呪をぶつけた責任を、どう取るというのかな? 自分でどうにもならんことは、何もせんほうがいい。然るべきものに身を委ねれば、然るべきところに収まる」

 さも愉快そうに、ノギスは続けた。

「どうも、ニザーミアの連中は頭が固くていかん」


 不意に、ディギッツは大切なことに思い当った。

「そういえば! エイレン…エイレンはいま、どこに行ってるんです?」

「あら、ワタクシがお邪魔した際、最初の申し上げませんでしたかしら?」

 すました顔で、ユリアが答えた。

「いま、ワタクシの同僚が案内差し上げてますワ。ガドリング復興事業…灌漑工事の現場まで、足を運んだと思いますけど」

「復興…工事?」

 耳慣れない言葉に、ディギッツは戸惑う。


「何のために儂らが、こんな北端まで出向いたと思っとるんだ?」

 ノギスが口を開いた。

「まさか邪悪な邪術使いどもが、北のはずれの廃都で、悪巧みをするために寄り集まった、とでも思っとったか?」

「いえ、それは…」

 どう言葉を返していいか分からない。

「ニザーミアでは何と教わって来た? オービスの旦那からは、何と託ってきたのだ」

「それは…ええと…今回の『ヤーマの灯火』騒ぎに関して、前首席ニキタ・ディボックス導師の御意見を賜りたい、と…」

「ヤーマ…ヤーマの灯火っつうと…ニーフ・ガストがまたぞろ、火でも吹いたか!?」

「いえ…僕はその…直接は…ええと…詳しくは知らないんですが…」


 つい今までの、からかうようなノギスの口調が微妙に変化した。

「知らないも何も、いまお主は『今回の、ヤーマの灯火騒ぎ』と言うておったではないか。何が起こったのか知らぬで済ませられるか!」ノギスが詰め寄る。

 ディギッツはノギスの圧力に屈して、ぽつりぽつりと事情を説明した。

 閏八月の「過ぎ越し祭礼」を迎えて起こった異変。そして偶然その直前に、自分自身は「火精を喪失して」気を失ってしまったこと。

 意識を取り戻した直後、いきなりオービス首席導師からガドリングへの特使に任じられ、エイレンと二人でニザーミアを慌ただしく旅だったこと。


 じっとディギッツの説明を聞きつつ、ノギスはおもむろに懐から何か、小さな立方体を取り出した。

 手のひらに収まるほどのサイズの「それ」はキラキラと、微かに輝く正方形のタイルのようなもので埋め尽くされ、ノギスが手をかざすたびにタイルの輝きは変化し、色を変える。

 不意に彼はそれを右手の平に載せ、ディギッツに向けた。

 意味が分からず、ディギッツは戸惑う。

 立方体は微かに煌めきながら、空中にほのかなオーラのような光の輪を放っている。


「ふうん、なるほど…シールドが施されておるわけか。旦那の予防策だな」

「え? あの…それはどういう意味…」

 戸惑うディギッツの問いには答えず、逆にノギスは彼に尋ねた。

「ディギッツ、お主は今し方『過ぎ越し祭礼直前からこのかた、精霊を失ってしまった』とか言っておったな。ならばなぜ、お主は先だってニキータのザップスボンを弾き返せた?」

「…あの…お聞きになってる質問が分かりません」

「では質問を変えようかの。ニザーミアからガドリングまでの道中、お主はすっと、火精が封印されたまま、全くのナマクラだったか?」

「それは…ええと…」


 思いもよらぬ問いかけに戸惑うディギッツだったが、冷静に考え直してみると、奇妙なことに思い当る。

 ガルムを出てポータルカに至る途中…つまり大白猿エイプ・オムに襲撃された時だが…確か一度だけ、彼は無意識のうちにザップス、つまり単火精発動で猿たちを吹き飛ばしたらしい。

 ディギッツ自身は自覚がないが、その際の大爆発で、近くにキャンプを張っていたスコール族の牧童たちに見つけられ、助けられたのだった。

 そういえばエイレンだって…キャンプの乱痴気騒ぎの最中、失ってしまった水精を発動させて、みんなを狂喜させたことがあった。あの時も、彼女は意識を失うほど、酔っぱらっていたんだっけ…。


 ディギッツは押し黙って、これまでのことを整理しようと試みる。

 それをじっと眺めていたノギスは、不意に別の質問を彼にぶつけた。


「ところでディギッツ、お主どこで生まれた? 出身地は?」


 なぜ、そんなことを聞くのだろう?

 他愛ない質問に、いささか気が抜けたディギッツだったが、ふと考え直すと、これはこれで、何とも答えづらい質問なのだ。


 エイレンのような、鳴り物入りでニザーミアへ入府した者は例外として、精霊師見習いは、ふつう自分の出自や経歴を、おおっぴらに語ることはほとんどない。たとえば同じエレメントを専修し、あるいは寮で一緒になったルームメイトでさえも、こういったことを語り合うのは一種、タブー視される傾向がある。


 一つには、ニザーミア独特の「平等思想」がその理由だ。


 地水火風、いずれかのエレメントを有し、その素質を認められた者は、その出自…たとえば出身地や種族…に拘わらず、ニザーミアは受け入れる。また、受け入れた以上、精霊師見習いはすべて平等であり、エレメントや…ことに出身地によって差別待遇を受けないためには、互いの出自を明かさないことが、ある程度暗黙の了解になっているのだ。また、出府に際しての赴任地を、出身とは全く関係なく振り当てるためにも、互いの出自を明かさない方がよい。


 …だが…。

 今回は答えないわけにはいかないだろう。なにせノギスは邪術師。ニザーミアの精霊師たちの間での常識とは無関係な人物なのだ。

「僕の出身は、ソーワ河の河口東にある漁村で、イクスペルといいます。まあ、ほとんど知られてないような北端の漁村なんですけど」


「イクスペル!」


 なぜかノギスは少々、驚いたような表情を浮かべた。

「はい…。母は僕が生まれた頃に亡くなってしまいましたが…父は、北ホルス湾で漁師をしていました。虹タラ漁が、イクスペルでは名物なんです。とくに神無月の頃は最盛期で、夜漁の名手、っと言われていたそうですけれど」


 なぜノギスは額に皺を寄せて、自分の言葉を聞くのだろう? ディギッツは、話ながら、にわかに不安を覚え始めた。

「あ、あの…」

「いいから続けろ! で、いつ、ニザーミアからの受託が入った?」

「あまり覚えていないんですけど…だってイクスペルには認定精霊師もいませんし、僕が七歳の頃、たまたまやってきた巡回精霊師が、僕を受託してくれた、と父は言っていました」

「巡回…精霊師が、イクスペルに? やってきた、と?」

「はい、たしか、その精霊師の前で、僕はザックスのスペルを使ったとかで。まあ、父もある程度、精霊が使えましたから。投網の修理とか、夜漁の灯火で『火精』を使っていたようですけど、ザックスは造化の基本だ、だから、お前は認定精霊師になる資格がある、ということで、ニザーミア入府の公試を受けさせられました」

「巡回精霊師が、引受人になったのか? 名前は? 覚えているか?」

「ええ、確か、火精師で…チェニイ・スウェン…という人だったと、記憶してます」


 ノギスは額に手を当て、考え込んでいる。

「は、今度はご丁寧に、チェニイ…スウェン…ときたか」

 先ほどの、驚いたような表情は消えているが、どうやら、あまりディギッツの話が気に入った様子ではなさそうだ。


「お主は…その話を…どこで、仕込まれた?」

「え?」

 今度はディギッツが、戸惑う番だった。

「あの…いま何と…」

 ふと、自分の言った台詞の奇妙さに気づき、ノギスは顔を上げた。

「いや…今のは忘れろ。で、お主その…イクスペルに…入府後、一度は里帰りしたことがあるのかな?」

「そんなこと…あるはずないです」

「そ、そうか」


 なぜか、戸惑ったような表情でノギスは相槌を打った。

 実は当たり前の話なのだ。修行期間中に、精霊師見習いが里帰りすることなど、ニザーミアを放逐される場合でもなければ、あるはずがない。

 しばし、沈黙が流れた。ノギス自身も、どう切り出せばいいか、測りかねているような素振りだ。


「それにしても不思議ですわネ。海辺の漁村の出身なのに、火精師なんですノ?」

 ここで口を挟んだのはユリアだった。

「別に珍しいことじゃない。エレメントと出身地は、往々にして食い違うこともあるし」

「種族の属性も?」

「まあ…そういうことだって…」

「それに、ディギッツさん、アナタさっき、子どもの頃に漁の手伝いをした、とかおっしゃってましたっけ?」

「あ…ああ…虹タラ漁の最盛期なんかには、人手が足りなくて…」

「それなのにアナタ、カナヅチなんですの? 不思議ですわネ」


 ディギッツは絶句した。


 それは全く、思いもよらない質問だった。

 確かに彼は、ガドリングに到着早々、通路の床板を踏み抜いて湖に落下し、あやうく溺れるところだったのだ。



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