2-7姐様は「敵」の正体が分からず悩む
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意識を失ったディギッツとエイレンが通されたのは、ちょうどホールの真上に当たる、客間のような場所だった。
正確にいえば、ディギッツは邪術師たちによって「運び込まれ」ベッドに寝かされたわけだが。
窓からは、水没したガドリングの都が一望できる。だが、エイレンには、景色を眺めている余裕などなかった。
とりあえずしつらえられたとおぼしき、急造ベッドに寝かされたディギッツは、オルトの手によって、無理矢理に気付け薬を喉へと流し込まれた。
「おそらく、半日もすれば目覚めるだろう」
オルトはすげなく、心配顔のエイレンに告げる。つい今しがた大立ち回りの末に爆裂精霊を真正面から食らい、気絶した火精師に対する手当にしては、ずいぶんと簡素でそっけない。
「でもディギッツ…私の同僚は、さっきアネさ…ディーボックス前首席の反撃を、まともに受けたのですよ」
「これが姐様の指示だ。それにこの男が倒れたのは単なるシェルショック。あなたが心配するほど、深手を負っているわけではない」
そう言われると、確かに…大爆風にさらされたにしては、奇跡的にもディギッツには大した外傷らしきものはなさそうだ。
簡単な応急処置を済ますと、オルトはそれ以上何もいわず、部屋を出て行った。
入口には、施錠もされていないようだ。どうやら、彼らは「監禁」されたわけでもないらしい。もっとも、状況を考えれば、自由に出て行けるはずもないのだが。
ディギッツが目を覚ますまで、それほど時間を要しなかった。
「やあ…エイレン、無事だったのか…よかった」
それが、目を覚ました彼の第一声だった。
「あきれた人ね……あたしより、自分のことを心配しなさいよ。気分はどうなの? 酷く痛むの? 何かして欲しいことはある?」
立て続けにエイレンが尋ねるので、ディギッツは質問するタイミングもなかった。
だが実際問題、ニキータからの遅延爆裂をまともに浴びた割には、ダメージがほとんど残っていない。少々、全身がちりちりと焦げたような感触があるが、それもしばらくすれば収まるだろう。
「
あのアネサマ…じゃない、ニキータ導師か…わざと手加減したんだろうか?」
「そんなはず、ないと思うわ。あなたも見たでしょ? 彼女の瞳。あの時の怒りは本物だったもの」
ややあって、彼は気絶したあとの出来事を、彼女から聞いた。
あのニキータ導師の怒りの鉾を、エイレンが無事に収めさせたことを知り、ディギッツは感嘆の溜息をついた。
──やはり、この子は本物の、姫様なのだな──。
「それにしても、なぜあなた、いきなりニキータ導師に飛びついていったの? あれじゃ止める閑もなかったわ」
「いやあ…」
なぜと言われても、咄嗟のことだから、うまく説明ができない。
ただ、エイレンは火のエレメントを全く持っていないから、もし、まともにザップスボンをくらえば、ひとたまりもなかっただろう。それに比べれば、自分は火のエレメントを持っているから、当たっても少ないダメージで済むかも知れない。それに、いま現在、精霊が抜けている状態だから、もしかすると相殺効果を生んで、さらに少ないダメージで済むのでは…。
「そんなことを、とっさに考えてたの?」
「分からない…なにせ、いきなりの爆発だったし」
エイレンはため息をつく。
「結果オーライだから良かったけど…そういうのは無謀、っていうのよ。勇気とは言いません。今後は…いえ二度とやらないで。約束するわね!」
エイレンはきっぱりとした口調で告げた。
その口調は、今までにない、妙な響きを帯びていた。怒っているのだろうか、あるいは、呆れているのだろうか?
少なくとも「真正のバカ」よばわりは今回、されずに済んだようだが…。
「もういいわ。もう少し休みなさい」
執務机に腰掛け、ニキータ・ディーボックス「前導師」は眼鏡を外した。
疲れた…。
それに、身体の節々も痛む。あの精霊師たちの手前、強がっては見せたものの、遅延爆裂のダメージは、決して軽くはなかったのだ。
邪術師オルト・アリューウィン、それに弟のサクト・アリューウィンは、彼女の様子を気遣いながら、しかし声をかけるでもなく、背後に控えていた。
「いったい…どういうことなのだ…?」
誰に、ではなく、自分自身に問いかけるように、彼女は呟いた。
「ニザーミアがついに刺客を放ってきた、ということでしょう。単純に」
屈強なサクトは、きっぱりと言い切った。
「それはどうかな…妙な点が多すぎる」
長身のオルトは、顔を曇らせた。
「だいたい、刺客が堂々と『呪』をかついで面会に来るか? しかも、仮に成功したとして、自分の命も落とすこと必至だ。まるで自爆攻撃だろう?」
「だが、そんな単純な仕掛けを見過ごしたのも、兄さんだな」
サクトは、非難するような口調で抗弁した。
「おまえは…」
冷静なはずのオルトが、珍しく気色ばんだ。
「そうじゃない!」
二人の言い争いを止めたのは、ニキータだった。
「最初は…私も驚いたけれど…オービスが、そんな馬鹿げた手段を使ってくる理由がない。私はアイツを知っている。アイツもまた、私がそんな手に引っかかるはずがないことを知っている。歳月を経て、よほどの愚か者になってしまったのでない限り」
「では、一種の警告でしょうか?」
「何の警告だ? いま、ニザーミアが我々と事を構える理由がどこにある? そもそも、親書と称して爆弾を送りつけてくるなど、オービスのやり口とは考えられん。それに使者とかいう、あの二人の子供……」
「妙な連中だとは思いました。刺客にしては、ちょっと覚悟がなさ過ぎますね」
サクトも、それは認めた。
「何も知らされずに、刺客に仕立て上げられた、という可能性もありますが?」
オルトは、ふと思いついたように言った。
「最初に示準石の前で彼らを捕捉したとき、どうやら二人は我々を、盗賊か何かと勘違いした節があります。もし事前に作戦情報を得ていたのなら、あれほど驚いたり、ブザマな真似はしなかったでしょう」
オルトは、キャットウォークの床板を踏み抜き、水面に転落したディギッツのことを思い出し、妙に可笑しくなった。
「だいたい、到着して早々、水に落ちてブザマな醜態をさらすような間抜けが、刺客に選ばれるとは思えないな。よほどニザーミアは人材が足りないのか…」
ニキータ姐様は、頭を抱えた。
「何も知らされていなかった、というのは本当だろう。ただ、それだけではないのだ。何かが引っかかる…」
だが、それが出てこない!
ニキータは、よく手入れされ、マニキュアを施した人差し指の爪を、小刻みに噛み始めた。イライラしたときの、彼女の癖だ。
「あまり、深く考えすぎないほうが、いいのではないでしょうか、導師さま……」
「姐様とお呼び! なんど言ったら判る!」
再び声を荒げた途端、彼女は気づいた。
「そうか、精霊!」
ニザーミア学府院からやってきた精霊師見習い。いずれは認定精霊師になる二人だろう。ところが、その割に…そう、精霊が妙に薄かったのだ!
薄いというより、何かこう…意図的に精霊が隠されてていた。
なぜ、敵地ガドリングまでの長旅をせねばならない二人が、あんな有り様なのだ?
この地での危険な任務を知っていれば…いや、たとえ知らされていなかったにせよ…普通ならば選り抜きの、屈強な精霊師を遣わすのが筋だろう。
ここで再び、彼女は迷路に迷い込んだ。
しかし、それにしては、あの小僧。
私のザップスボンを、小僧は真正面から受け止めた。威力が多少減衰していたとはいえ、まともに食らえば、ふつうなら火精師だってひとたまりもない。それなのに、あの小僧は、精霊を…体内に…取り込んで消してしまったのだ。
しかし逆に、精霊を封じられたとすれば、取り込めるはずもない。
それとも、トライフォースたる自分の精霊に匹敵するほど、あの小僧のエレメントが強烈なのか。いや、それは考えられない。有り得ない。
とすれば……結局、あいつは……何者なのだ?
堂々めぐりのまま、ついにニキータは根を上げた。
「もういい! 休む! その前に風呂の支度をしろ!」




