2-6 幕間2 発動
幕間17
「百年と少々。長いと思うか短いと思うか?」
サー・デュークは言った。
話す相手は見えない。独り言にしては妙にうきうきした口調だ。
彼は、玉座に腰かけていた。
かつては玉座として使用されていたものの残骸、といったほうが正確かもしれないが。
玉座は宮殿中央の大広間の…その名も単に「玉座の間」と呼ばれていたらしいが…中央に位置し、広間は周囲を数十本の円柱に囲まれた吹き抜けの楼閣となっている。
がらんとした広間には時折、風が通り抜けて虚ろで不気味な音声が鳴り響く。
ほとんど調度品もなく、ただ広いだけで殺風景な広間だが、サー・デュークはこの部屋がことのほか気に入っていた。
だから、ことあるごとに玉座にのぼり、こうして一人、悦に入るのだ。
なにせ、吹き抜けの広間だから、周囲がよく見渡せる、そこがいい。
奇跡的に破壊を免れた宮殿の最上階、ここから見下ろせるのは、寒々とした風景…荒廃して誰ひとり住まう者のいない帝都の廃墟だ。
無数の者たちが百年ほど前にこの帝都で悲惨な最期を遂げ、辛うじて難を逃れた少数の者は散り散りになって、南稜のどこかへと落ち延びていった。
彼らとて、そののち無事に余生を全うしたとは思えない。
それを想うと、サー・デュークの口元からは、思わず含み笑いがこぼれてくる。
「飽きもせずに思い出し笑いか。よほど自分の所業が気に入っとるのだな」
不意に、広間の片隅から別の声が響いた。
しわがれて、ざらざらとした不快な音声だ。
「ひさびさに起き出したのだ。思い出に浸るのも悪くあるまい?」
サー・デュークは、せっかくの愉快な気分に水を差され、むっとした口調で言い返す。
「別に責めてはおらん。今は、そなたがここの主だ。好き放題振る舞うがよい」
「は! ありがたい詔を下賜されたもんだな。では、御意にしたがうことにしよう」
皮肉な口調で言い返して、彼は相好を崩し、玉座で足を組んだ。
くっくっく…。
部屋の片隅から、再び不快な忍び笑いが聞こえてくる。
サー・デュークは不快そうに、声のする方向へと目をやった。
玉座のやや右前方に、円柱型をした水槽が一本、突き立てられている。
水槽には数本のパイプは接続され、中に気体を送りこんでいる。
泡立った水槽の中に浮かんでいるのは、生首だった。
しわがれて黒ずんだ醜い顔。
眼窩は落ちくぼんで眼球はすでに消えて失せた。
液体の中に浮かぶ長い縮れ髪が不気味揺らめいて、そこだけが生き物のようにうねうねと揺らめいている。
まさに「正視に耐えない」その生首こそが、サー・デュークの対話の相手だった。
ワドル・ブラインド一世。
南稜大陸、最後の皇帝と呼ばれた男のなれの果て。
「相変わらず、自らの立場をわきまえぬ男だな。首一つになっても性分は変えられぬということか」
「そんなことはないぞ。お主の厚意で、儂はこうして生を繋いでおるのだからな。恩人に逆らえるはずもなかろう…それこそ首一つの身の上ではな」
「ほう、少しは殊勝な言葉の一つも出せるようになったか」
「こうやって百年も生首を晒されていれば、いかな儂でも少しは懲りわ。それよりお主、これから如何するつもりだ?」
「そうだな…まずはパイプを開けて、この大陸に少し精気を入れないとな。いつまでも、こんな廃墟の都で燻ぶってもおられん」
「ほう…ロタ・エルケットの連中からこそこそと身を隠して長い間、棺桶で眠っておったお主が、すいぶん大きく出たではないか。イタズラが過ぎれば、今度こそナイフレア管理者どもから灸をすえられるかもしれんぞ。かなりキツい灸をな」
かつてワドル・ブラインドだった生首は、再び嘲笑する。
「前言撤回だ」
サー・デュークは懐から、小さな立方体を取りだした。
それはキラキラと、微かに輝く正方形のタイルのようなもので埋め尽くされ、彼が手をかざすたびにタイルの輝きは変化し、色を変える。
「おお! やめろ! たかが戯言ではないか! 戯言では……」
突然、生首が苦しみ出した。
水槽の中の泡が激しく沸き立ち、生首がもだえる。
しばらくその様子を冷たく凝視していたサー・デュークだったが、しばらくして右手で立方体の表面を撫でると、水槽の中は再び静謐を取り戻した。
ワドルの生首は、ぱくぱくと口を開け閉めしながら、未だに悶えている。
「いつになっても減らず口は変わらんな。今はどちらが主人なのか、何度教えてやってもこのザマだ」
サー・デュークは玉座から立ち上がった。
「まあよかろう。こうして貴様と遊ぶのもこれから当分はお預けだ。旅に出るからな。しばらくは寂しかろうが、一人でその水槽に漬かって反省していろ」
再び、彼の顔に皮肉な笑みが戻ってきた。
「まずはパイプを開けて、精気を入れるのが先決だ」




