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ザネル~記憶から消された新世界の物語~  作者: 麻生優樹
第二章 廃都
17/39

2-5エイレン、姫様の威厳を見せつける

                   15


「姐様」ニキータは、仁王立ちで、その場に立ち尽くしていた。

 かすり傷一つ、衣装の乱れ一つない。


 左腕は腰に当て、そして右腕は上にかざし、そして掌の上の中空には、灼熱した火の玉が、じじ、じじ…と不気味な音を立て、静止している。


「遅延爆裂か…ザップスボンの呪をスクロールに巻き付けておくとは。なかなか、アジなマネをしてくれるではないか」


 静かな口調とは裏腹に、眼鏡の奥の両眼は、らんらんと怒りに燃えている。


「すぐに封印したから、この程度で済んだ。残りの呪は、この手の上だ。残念だったな。もし呪すべてが炸裂していたら、迎賓館どころではない。おそらく1キロ四方が吹き飛んで、この場にはバカでかいクレーターが出来上がっていたことだろうよ」


 そんな…バカな…。


 ディギッツは、茫然自失のまま、ふらふらと立ち上がった。

 エイレンは、腰を抜かしたまま立てない。

 いまだに、目の前で起こったことが信じられないのだ。

 なぜ? どうして? どういうこと?

 先程から、その繰り返しだ。


 だが、バカにように繰り返しつつも、ディギッツは、そしてエイレンは、問いかけざるを得ない。どうして、ニザーミア学府院からの、オービス首席導師からの親書が……爆発するのだ? 僕たちは、何を運んできたのだ? 僕たちは、なぜ……?


「それにしてもこの程度の罠で、たやすく私を亡き者にできると考えるとは…ずいぶんと見くびられたものだな。

 私がトライフォースだということを、ニザーミアはもう、忘れたのか?」


 口元には笑みを浮かべながらも、眼鏡の奥に光る眼は、凄まじい感情を湛えている。

 何かの間違いだ、これは…!


 ディギッツは叫ぼうとした。が、口が動かない、声が出ない!

 まるで阿呆のように、くちをパクパク、と動かしながら、立ちつくすだけだ。


「では、お返しをしよう。ニザーミアの刺客たちよ。

 残りのザップスボンを、受け取るがいい」

 ゆっくりと、ニキータは、灼熱する右手を差し上げた。


 エイレンに当ててはいけない!

 水精師が火精のザップを食らえば、文句なしに即死だ!

 ディギッツの足が、勝手に暴走していた。


 ディギッツは、祭壇を駆け上がり、ニキータの前に立ちふさがった。

 精一杯、大きく手を挙げ、立ちはだかる。

 ちょうど、ニキータが右腕を振り下ろすのと、ディギッツが彼女の前に立ちはだかるのが同時だった。ニキータは予測外の行動に、一瞬攻撃を止めようとしたが、すでに呪の発動を止めるのには手遅れだ。

 閃光が走った。

 ぼん!


 くぐもった破裂音が響いた。

 衝撃波が飛び散った、が、それはディギッツの身体に当たって、そのまま上下左右に吹き飛ばされた。

 エイレンからは、まるで、ディギッツの正面に巨大な壁が発生し、爆裂はそこにぶち当たってはじき返されたように見えた。

 

 なにが…起こったのだ?

 ディギッツは、ニキータの前で手を拡げたままだ。

 しゅうしゅう…焦げるような臭いと、かすかな音だけが、まだ続いている。

 唖然としたのは、エイレンや、取り巻く邪術師たちだけではなかった。

 呪を返した、当のニキータも、手を振り下ろした状態のまま、惚けたように立ちつくしている。

「な…何なのだ、この小僧は…」

 その声に反応したように、ゆっくりと、ディギッツは崩れ落ちた。


 ディギッツに駆け寄ったエイレンは、何度も激しく、彼の名を呼んだ。

 返事は、返ってこない。


 だが……脈はある、呼吸も、かすかにある。死んではいない。


「わけが判らない…どういうことだ?」

 再び、ニキータがエイレンに、というより、自分に問いただすかのような口調でつぶやく。エイレンは、正面を向き直った。


「今し方の不始末、心よりお詫び申し上げます」


 エイレンは、ゆっくりと口を開いた。

 次は、自分の番だ!

「お詫び…? いまさら…何を言っているのだ、お前は」

 ニキータは、困惑した表情で、立ちすくんだ。


「はい。このディギッツ・ベル・オー精霊師と、私は、ニザーミア学府院より勅使として参りました。

 首席導師オービス・ブランよりの親書を、前首席導師ニキータ・ディーボックス様へ手渡すよう、申し使って参りましたが、それがいかなる手違いによるものなのか、このような仕儀に成り果てました。この件に関しては、お詫びの申し上げようもありません。

 また、お怒りもごもっともなれば、こののち、如何ようにも処罰をお受けする所存です。

 しかし、私もこれだけは申し上げねばなりません。オービス・ブラン首席導師にはいかなる意図のあったはずもなく、ひたすらこれも単に、私たち使節の責任であります!」


 エイレンは、一気に畳みかけるように、口上を朗々と述べた。

「おまえは…?」

 いささか気圧され気味の様子で、ニキータは尋ねた。


「申し遅れました。私は、水精霊師見習い三回生、エイレン・オルニダ・モーティムスと申します」

「モーティムス……というともしや、お前…イルーランの…姫様か?」


 エイレンが頷くとニキータ・ディーボックスは、静かに尋ねた。もはや、つい今し方あった瞳の奥の激情は消え失せていた。

「いま、おまえは如何なる処罰も受ける、と言ったな。たとえ命を取られても、そう言い切る覚悟があるのか?」

「私は、オービス首席導師から、命を受けました。お会いしたのち、ニキータ・ディーボックス前導師の指示を仰げ、とも。ですので、いかなる命を…処罰を頂きましても、甘んじてお受け致します」

「…おまえは、その…オービスと、私のことを…何か知っているのか?」

「……はい????」

 それはエイレンにとって、まるで意味を成さない質問だった。

 いったい、どういう質問なのだろう? これは。


 エイレンの戸惑いを見て、余計なことを話してしまった…そんな表情を浮かべたニキータは、傍らにいるオルトに手を振った。

「そこで長々と寝っ転がっている小僧を、介抱してやれ、オルト。どうやら大したことはなさそうだ。しばらくすれば目を覚ますだろう。それに…」

 何か、まだ話し足りなさそうなエイレンを遮って、ニキータは続けた。

「おまえも下がれ。少し休むがいいだろう」


 結局、誤解は…今し方の大事件が「とんでもない誤解」だったとしての話だが…解けたのか。あるいは、これから二人は幽閉されるのか、いかなる目に遭わされるのか、分からぬままに、エイレンはオルト・アリューインと紹介された男に引き立てられ、階上へと連れて行かれた。


 残された瓦礫の山だけが、今し方の大惨事を物語っている。



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