表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ザネル~記憶から消された新世界の物語~  作者: 麻生優樹
第二章 廃都
16/39

2-4邪術師と呼ばれる化外の者たち

14


 大事には至らなかったものの、ディギッツが正体を取り戻すまでには、少々時間がかかった。


 足場の床板をブチぬき、勢いよく湖に転落したディギッツを、仮面の連中は最初、呆れた様子で見下ろしていたものの、ばしゃばしゃと水しぶきを上げながらもがく彼を遠巻きにするうち、これが尋常ならざる事態であることに気付き始めた。

「彼は火精士なのよ! なに見てるの? 早く助けだして!」

 レイレンの叫びに我に返り、あわてて仮面たちは行動に移った。


 二人がまず水に飛び込み、溺れるディギッツを確保する。

 必死でしがみつこうとする彼の上体を何とか水面に引き上げると、そのまま岸に向けて引き上げる。

 大した作業ではないのだが、なにせディギッツは完全にパニックになっていたので、逆に救助側が水中に引きずり込まれそうになってしまう。

 結局、全員が湖水から脱出するまでに、なんだかんだで小半時も要した。


「いっそ、水をごっそり飲んで意識不明にでもなってくれれば、いくらか楽だったな」

 大男の仮面が肩で息をしながら、ぐったりしたディギッツを肩に担ぎあげる。

「まあ、ズイブンな物言いですことネ、サクトさん…あっと…」

 傍らで腕組みして佇んでいた別の小柄な仮面が答えた。

 背格好と声色から考えると、どうやら女性…それもかなり年若な少女か…も加わっているようだ。サクト、と名指しされた大男は肩をすくめた。


「まあしかし、ニザーミアからの特使様が、到着寸前に湖に嵌って溺死した、ではこちらも、言い訳ができないからな」

 くっくっく、と喉から絞り出すような声で、ディギッツを助け出したもう一人の仮面が答えた。どうやらこの男は出会いの時、最初に最初にディギッツとエイレンに声をかけた人物のようだ。

「さて、それではお二人を迎賓館までご案内しよう。といってもお嬢さん、お連れの方は意識もないようだから、勝手に運ばせていただくしかないが」



 仮面の連中が二人を連れ込んだ建物は、天井がかなり高く、どことなく荘厳な気配すら感じさせるホールのような場所だった。もっとも、ここがかつて、きちんと整えられ、立派にその役割を果たしていた頃を思い浮かべれば、の話である。


 一応、仮面たちのアジトとして使用されているらしく、ホール正面の入口から通路を経て、真正面にしつらえられた小高い祭壇のような仕掛けに至る一角は、それなりに修復されているらしかったが、たとえばホール左右に分かれたコンパートメントのような座席とか、あるいは正面上の灯り取りの窓などは荒れ放題、雨水が割れ目からしみ出して大理石を浸食したのか、埃と妙な地衣類が建物内部にまで浸食し、無惨な姿をさらしている。


 そして祭壇前には、罰当たりとも思えるほどぞんざいに、そして臨時にしつらえたれたとおぼしき囲炉裏が「掘られ」、炎を上げている。


 着替えをもたぬディギッツは、ともあれ濡れた衣装を乾かさねばならない。八月とはいえ北の天候は決して暖かくはない。望まぬ水浴びをさせられた身体には、この囲炉裏の炎はありがたかった。

 ほどなくして、彼の意識も回復した。


「何が…あったんだろう? 僕は…」

「キミはさっき足場の床板をブチ抜いて、そのままビズワ河の湖畔で水泳を楽しんだのよ。途中で意識を失ったみたいだけどね」

 エイレンは呆れて答えた。


 仮面たちは二人を残して、別室に引きこもってしまったようだ。

 彼らは去り際に、二人に暖かい飲み物を用意してくれたが、もちろんディギッツも、そしてエイレンも、用心して手を付けなかった。どんな毒が入っているか、分かったものではないし、仮に毒ではなかったとしても、エイレンにとっては…と、ディギッツはつい先日のことを思い出し、少々身震いがしてきた。


 そのエイレンはというと、しならく押し黙ったまま、身動き一つしない。

 連中の正体もわからず、また下手に会話をすれば、どこで聞き耳を立てられているのか、分かったものではないのだ。


 ややあって、祭壇の奥、右側に通じる廊下の先から、騒がしい物音が聞こえてきた。誰かがわめき散らしているような雰囲気だ。

 ディギッツとエイレンが、声のする方向を注視しているとやがて、先ほどの仮面の一団とともに、一人の長身の人物が、登場してきた。

 どうやら、騒がしい声の主は、この人物らしい。

 近づいてくると、それが女性であることが判った。髪を頭上に束ね、黒ずくめの長いケーブをまとっているが、仮面は被っていない。代わりに、目の回りに妙な装飾品をつけている。


 よくよく見ると、ディギッツにはそれが「眼鏡」であることに気づいた。


 眼鏡をかけている者を見かけるのは、久しぶりだ……。

 ディギッツには、それが新鮮だった。

 ニザーミヤ学府院に在籍する者たちは、ほとんどが精霊師ばかりで、彼らは「道具によって偏光させられた視界」で眺める行為そのものを、ひどく嫌うのだ。道具を介してものを見ることは、精霊と接触をなすべき五感を鈍らせる。


 その女性は、年の頃は…よく判らない。

 若いようにも見えるし、かなり年端を経てきたような印象も受ける。見ようによっては、かなり美しいとも思えるのだが、いかんせん、気品がほとんどなさそうだ。なにより、身振りは大袈裟だし、声が大きい。


 彼女は、リーダーらしき、長身の仮面に何やら、怒りをぶつけている様子だ。それにしても、この女性は大柄なリーダーと同じくらいの背丈がある。

 ディギッツの視線を感じたのか、黒ずくめの女性は、彼らの方へ向き直った。


 表情が怒りで歪む。


 どうやら、彼女の不機嫌の原因は、自分たちにあるようだ。当たり前といえば、当たり前なのかもしれないが……。


「よくもまあ、のこのこ勝手に乗り込んできて、頭痛の種を増やしてくれるものだな! オマエたちも」

 それが、この女の挨拶だった。


「僕たちは、この仮面に無理矢理連れられて、ここまでやって来ただけだ。別に望んで、のこのこと乗り込んできたわけじゃない」

 ディギッツは、いささかむっとして、この不機嫌丸出しの女に言い返した。

「ふん、ものは言いようだ」

 女は、鼻先でせせら笑った。


「こんなはぐれ者の都に、わざわざおいで頂いたんだ。尋常な連中じゃないことは、先刻わかっていたけれど。オルトがご丁寧に、案内してくるものだから、何様かと思ってたら、何ともまあ……お前たちが……」


 招かれざる客であることは判っていたけれど、それはこちらも同様だ。


「で、なぜガドリングへ来た? 用件はなんだ?」

 木で鼻を括ったような対応、というのは、こういうことを言うのだろう。


「なぜ、それをアンタに話さなくちゃならない? だいたい…そっちの仮面にも言ったけど、あんたたちは、こっちの正体を斟酌するくせに、自分たちが何者か、名乗りもしない。僕たちは、正式なニザーミア学府院の使節として、このガドリングまで来たんだ。それを……」

 女は、ディギッツの会話を遮った。

「じゃ、手っ取り早く自己紹介させよう。オルト、仮面を取ってやれ」

 その命令によって、仮面が外された。


 下から出現したのは、思いのほか端正な、若い男の…しかし妙に無表情な…顔だった。

 オルト、と呼ばれた男が仮面を外したのに従って、その傍らにいた四人も、次々と仮面を外した。

「では紹介しよう。こいつがオルト・アリューウィン。そしてその横にいるのが、サクト・アリューウィン。兄弟だ」

 

オルトの横で立っている男は屈強で、少々いかつい印象だ。


「そしてこいつがユリア・ローラン」

驚いたことに、まだ若い少女だ。


「その横が、インシャイブ・ユスティム」恰幅の良さそうな男だ。

「最後がオスカー・ノギス」一座の中では、一番年配のようだ。痩身で、頑固そうな面構えをしている。


「で、こいつらを束ねているのが私、ということだな…オマエたちが言うところの…『精霊にまつろわぬ匠たち』というやつだ」


「精霊にまつろわぬ……?」

 最初、この女が言わんとしている意味がわからず、どう反応してよいものか、ディギッツは少々、戸惑った。

「まつろわぬ匠…? って……それは…邪術師…?」


 邪術師!


 その言葉が脳裏で像を結んだとき、ディギッツは、いやエイレンもまた…衝撃を受け、立ちすくんでしまった。

 それはニザーミヤ、いや、学府院だけではなく、巷の「精霊使い」たちにとっても、さらに言えば「全北辰大陸世界」にとって、まさしく「天敵」に等しい、忌むべき存在だったのだ!


 しかしこれは、予想して然るべきことでもあった。


 かつてガドリングは、ニザーミヤの指導を拒絶した、北辰大陸唯一の都市だった。そして彼らは、精霊の力を借りずに、町を作った。


 と、いうことは、ガドリングは滅びる前だろうと現在だろうと、「邪術師」どもの巣窟になったとして、何ら不思議はなかったのだ。ここは、精霊にまつろわぬ輩にとってのパラダイスでもあるのだから。

 何ということだろう。

 れっきとしたニザーミアの使節が、こともあろうに、邪術師とその親玉に捕らえられ、のこのこと、彼らの巣窟にまで出向いてしまったのだ!


 ディギッツも、そしてエイレンも、ことの重大さに慄然とした。

 同時に邪術師たちも、二人の気配が劇的に変化したことを見て取り、瞬時に身構えた。


 だが……。

 さっきまで濡れネズミのまま、震えていたディギッツの額に、脂汗が浮かんでいた。

 この場合…精霊師である僕たちのほうが、絶対的に不利なのだ。

 なにせ、こちらは二人、そして相手方は、首領らしき女を含めて、六人! 

 しかも。

 こちらの二人は、精霊を召還できない! これが相手に悟られてしまえば、その時点でオシマイだ。いくらなんでも、刺叉を得物に、大立ち回りをするのは無謀以外の何者でもない。

 では、どうすれば……?

 ホール全体の大気が、びりびりと震えるようだった。邪術師たちも、ディギッツたちがなぜ凍り付いているのか理解できず、手をこまねいている。

 一触即発だ。


「おまえたち、なにを勘違いしているのだ?」


 とつぜん、首領の女が声を発した。

 その、いささか呆れたような、妙に気が抜けた声色に、一瞬、毒気を抜かれる。

 見れば、この女首領だけが、腰に手を当てたまま、まったく緊張感もなく…むしろこの展開を面白そうに眺めていた。


「どうでもいいから、そんな物騒な鉄砲を振り回すな、オルト! だいたいオマエがついていながら、なんて不作法だ」

 長身のアリューウィンは、水平に構えた得物を、静かに下ろした。

 鉄砲? どうやら、それがこの邪術師たちの武具の名称らしい。


「それに、おまえたちもだ、いったい何だ火精師、その手にした妙な武具は?」

 どうやら、スコール族からもらった、刺叉のことを指しているらしい。

「火精師が、そんな無様な得物を使うとは……ニザーミアも落ちぶれたもんだな」

「お前には関係ないだろう、余計なお世話だ!」

 学府院を悪しざまに言われ、ディギッツはかっとなって叫んだ。


「ともかく、僕たちが招かれざる客だ、ということは判った。行きがかり上、お前たちのアジトに入ってしまったが、僕たちもお前たちに用はない。やりあうつもりはない、と首領のお前が言うのだったら、さっさと帰らせてもらう」


 そう、このまま退路を断たれなければ、無事にこの場から退出できそうだ……。

 ディギッツは、素早くエイレンに目配せした。彼女も、ディギッツの意図を察し、目で合図を送る。


「なんだ、せっかく遠いところを尋ねて来て、用も済ませずに帰るつもりか?」


「用も…済ませずに…?」

 さらに不思議なことを、女首領は口にする。


「用って……少なくとも、僕たちは邪術師なんかに用事はないぞ」


 黒ずくめの女首領は、右手を額に当てて嘆息した。

「これだから、頭痛の種が尽きないというのだ。

 これだから、アタマの硬いニザーミア連中は困る。それにオルト! どうやらお前、よほどこの精霊師二人組から嫌われたみたいだな。きちんと、事情を説明してから連れてきたのか?」

「いやそれは…連れてくれば導師様から改めて、説明して頂けると思いまして…」

「やめろ! その呼び方。聞き苦しいったらありゃしない。

 何回いったら判るんだ、オマエは。

 私のことは…姐様と呼べ! 何べん言えば分かるんだ」

 ????

 一瞬、妙なコトバが耳に入った。


 今し方の緊張感は解けたが、どうも妙な雰囲気になってきた。

 事情も、さっぱり判らなくなった。

 だがそんな二人にはお構いなく、女首領は腰に手を当て直し、頭を傲然と上げて決めポーズを取りながら、まるで宣言するように告げた。

「だから! おまえたちは、私に用があったのだろう?」

「はあ?」

「私が! ニキータだ」

 ……

「私がニキータ・ディーボックス! さっさとオービスの用件を話せ!」


 悪い冗談としか、思えなかった。

 でなければ、この雌狐に化かされているのか。

 ニザーミア学府院の前首席、と聞かされていたニキタ・ディボックス導師。オービス首席導師の前任ということだから、おそらくは齢を経て落ち着いた佇まいの、老人だろうと勝手にイメージしていたのだ。それが、こんな下品な……。


 いや! それ以前の問題だ!


 ニザーミア学府院の精霊師、それも前首席導師が、よりによって、なぜ仇敵である邪術師たちと親しく交わり……いや、それどころか連中の親玉に収まっているのだ?

 混乱が混乱を呼び、ディギッツの頭の中で渦巻いている。

 すがるようにエイレンの方を振り向くが、彼女も、どうやら事情は一緒のようだ。


 ──私たち、騙されているの?──


 目の前にいる、この…アネサマとか自称してる女が、本当に…前首席導師様なの?

 もちろん、ディギッツにだって、答えられない疑問だ。


「もし、おま…あなたが…その…ニキタ・ディボックス前首席導師だ、とおっしゃるなら…」

「ニキータだ! 人の名前を間違えるな!、失敬だぞ」

「し、失礼しました…ニキータ前導師と本当におっしゃるなら、なぜこんな……」

「なぜこんな、何だ?」

 ここでディギッツは、言葉を呑み込んだ。

 周囲の邪術師たちは、まだ妙な得物を構えて立っているのだ。滅多なことを口にするわけにもいかない。

「いえ…その…」

 ここでエイレンが、ディギッツの背中を押した。

 背嚢を指さし、中を開けろ、と無言で合図を送っている。

 そうか!


 持参してきた親書は、オービス導師によって封印されている。そして、ディボックス前導師にしか、開封できないようになっている筈なのだ。

 何のことはない。親書を渡せば、このアネサマが本物かどうか、簡単に判るではないか。もっとも、コイツが偽物とわかった場合、どうやって親書を取り返すかも大問題だが、いまはそこまで考えている余裕はない。


「僕の口から、口上を申し述べることはできません。直接、オービス導師からのメッセージをお読みください、親書を預かっています」

 ディギッツは祭壇を上り、彼女に親書を手渡した。

 さも当然、という表情で、彼女はそれを受け取った。

「ふうん……」


 親書はスクロールで、留め金に前首席導師によって封印がなされている。

 アネサマは、その封印の上に慣れた手付きで手をかざし、印らしきものを切る。

 ぶぅん……。

 鈍い音とともに、真珠色の光がほのかに灯り、封印は、溶けた。

 ぱさっ…、スクロールが開いた。

 本物だったのか、この人物は、本当に、ニキータ前導師……。


 そのとき、彼女の眼鏡の奥が、一瞬きらめいた。表情が歪む。


 直後。

 まばゆい閃光が走り、祭壇が爆発した!

 ディギッツもエイレンも、爆風で吹き飛んだ。

 もうもうと土煙が噴き上がり、視界はまったく利かない。

 かろうじて、ディギッツは背後にいたエイレンをかばいつつ、床に転がる。

 ごごごご、轟音を立て、ホールの支柱が倒れ込み、ずしん! と祭壇脇に落下した。

 

 いったい、何があったのだ!


 声を上げたくても、呼吸するだけで猛烈な煙と埃が舞い上がり、ただ咳き込むだけだ。胸の奥に、鋭い痛みが走る。


 ディギッツは、自分の腕の下でうずくまっているエイレンを見た。どうやら…彼女も自分も、擦り傷をおっただけで、大事はなかったようだ。しかし……。


「やってくれたな…」


 もうもうと立ちこめる煙の向こうで、くぐもった声がした。

 次の瞬間、いきなり周囲を覆っていた煙幕も、埃も、凄まじい勢いで吹き飛んだ。

 渦巻く風。


 その中心に、ニキータが立っていた。

 ……すさまじい形相で……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ