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ザネル~記憶から消された新世界の物語~  作者: 麻生優樹
第二章 廃都
15/39

2-3湖に呑まれた街と沈む寺院

                   13


 おまえたちは何者だ!


…そんな、紋切り型の台詞すら、咄嗟には出てこなかった。

 いつの間にか、二人は大岩を巡って、五人ほどの者たちに囲まれていた。もちろん、正体不明、性別すら不明だ。

 彼らは、まさに「異形の者」たちだった。全身を黒いケーブで纏い、顔面には、不気味なマスクを付けている。正体すら晒せないというのなら、少なくとも尋常の連中でないことだけは確かだ。

 しかも全員、奇妙な筒状の長い棒を手にしている。ニザーミアでは見たことのない得物だが、どうやらこれが彼らの「武具」なのだろう、とディギッツは推察した。

 五人全員が、隙なく身構えているが、どうやら襲ってくる様子もない。

 大白猿エイプ・オムよりタチがいいのか、悪いのか。ディギッツは考えた。

 少なくとも相手は五人、手にした刺叉で大立ち回りをしたところで、分が悪いのは確かなのだ。


「おまえたちは何者だ? どこから、何のためにやって来た?…と、聞いておこう」

 最初に声をかけてきた、中心の仮面が再び声を発した。五人の中心に立つ、ひときわ長身の怪人が、どうやらリーダーらしい。

「人に身元を尋ねるときは、まず自分から名乗れ。僕は、そう教わってきた!」

 ディギッツは、精一杯の虚勢を張って応えた。

 エイレンもまた、弱みを見せまいとするかのように、両足を踏みしめながら、この異形の者たちを睨みつけている。


「ほう、ニザーミアでは、そう教育しているのか?」

 

 呆気なく、こちらの正体がバラされてしまった。

 一瞬、ディギッツは息を呑んだ。

 ごくり…。

 静寂の中、唾を飲み込む音が、妙に大きく響く。


 くくく…。仮面の中から、くぐもった笑い声が響いた。

「当たり前だろう。旅で薄汚れているが、着衣はニザーミア学府院の制服だからな。おまえは火精師、後ろにいる、気が強そうなお嬢さんは水精師、というところか」


 相手の口調は、どこか余裕すら感じられる。少なくとも、いきなり危害を加えてくるような気配はない。

「問題は、こんな辺境まで、何をしに来たのか、だな。少なくとも、この土地にはニザーミア精霊師の仕事はないぞ。招待した覚えもない」

「僕たちは…ニザーミア学府院の正使として、ガドリングにやって来た。それ以上、正体の分からないおまえたちに話すことはない」


 正使、という言葉に反応したのか、おう、と仮面たちは、かすかにどよめいた。

 右脇にいた、少々小太りながら、がっしりした体躯の者が、中央のリーダーに何か囁いた。他の者たちは、微動もせずに、ディギッツたちを凝視している。


「では、ついてこい」

 ややあって、中央の仮面が指図した。

 従っていいものか、と戸惑っている二人に、仮面は再び声を発した。

「ガドリングに、用があって来たんだろうが!」

 異形の仮面たちは、一斉に手にした棒を差し上げた。やはり、この妙な得物は武具であり、いまこの連中は、僕たちを威嚇している、というわけだ。

 正体もわからぬ連中に付いていくのが危険だとはわかっていたが、ディギッツとエイレンに、もはや選択の余地はなかった。


 丘を超えると、突然視界が開け、いきなりガドリングの都が視界に飛び込んできた。

 正確には、都市の「遺跡が」と言うべきだろうか。

 それは、なかば水に沈んだ、壮大な廃墟だった。


 ビズワ河の河口は、広大な弧を描いて、丘から見下ろした視界一杯に拡がっている。

 そして、都市の残骸もまた、弧を描いて河口の縁に残されている。

 まるで大洪水に取り残されたように、河口の中央部分には、朽ち果てた建築物の屋根や尖塔だけが、所々に浮かび上がっている。それは、水底にはかつて、無数の人々の生活や繁栄があったことを、いまはただ静謐な水面の下に眠り、やがて忘却の彼方に消えようとしているのだということを、彼らに語りかけているようだった。

「どうかな。けっこうな眺めだろう? お気に召したか?」

 仮面のリーダーは、ディギッツたちに声をかける。

 二人は丘の上に立ち、凍り付いたように立ちつくしていた。


「永遠なる罰当りの都、ガドリングへようこそ!」


 廃都、とは聞いていた。

 だが、ここまで荒れ果て、見捨てられた光景とは、想像だにしていなかった。

 水底に沈んだ町。

 そこには人の姿はない。かつて人々が営んでいた文化の跡も、いま朽ち果てようとしている。いったい何が、この都に起こったというのだろうか? エイレンが語っていた「ホルス大戦」が、ずたずたにこの都市を破壊し尽くしたというのか? ニザーミアの精霊師が軍団となり、百年も前に、この都で暴虐の限りを尽くしたのか?


 いや、それは……おかしい。


 願望も込めて、ディギッツは必死になって、その疑念を打ち消そうとした。

 第一、この荒廃ぶりは、戦の痕跡というには余りにも凄惨で、むしろ、何かの天変地異がこの町を襲い、住人ごと、根こそぎにしたという雰囲気なのだ。それも、どうやら極めて短期間に。

 少なくとも地精師が百人、束になってかかったところで、ここまで徹底的な破壊などできはしない。いや、そもそもこんな破壊は、彼ら本来の仕事ではないのだ、


 仮面の男たちが、手で合図を送り、ディギッツたち二人を、水辺へといざなった。

 坂を下ると、ぬかるみが足を取り、少しでも油断をすれば、ぐずぐずの地面に埋まり、そのまま底なし沼へと引きずり込まれそうに思えてくる。


 彼らは身振り手振りで、キャットウォークらしき狭い足場を指し示し、その上を歩け、と命じている。なるほど、よく見ると、足場が河口…というより、これは湖畔だ…の周囲に点在している。これを辿っていけば、安全に移動できそうだ。


「もう少しだ。用心して歩け」

 再び、長身のリーダーがディギッツに声をかけた。

 リーダーが指さした先に、周囲とは明らかに異なる、大きな建物が見える。

 湖畔に佇む、朽ちた精霊館…といった風情だ。たいがい、どの都市でもニザーミア認定精霊師の主宰する精霊館は、もっとも荘厳な建物となっているのだ。


 いや、かつては本当に、その目的に供せられていたものかもしれない…ぼんやり考えながら、ディギッツは突然、エイレンの言葉を思い出し、それを打ち消した。

 そうだった、たしかガドリングは、かつてニザーミアとは対立し、精霊師を受け入れなかった唯一の町なのだ。とすれば、精霊館が残っているはずもない。


 物思いに耽りながらキャットウォークを歩いていると、突然、視界から空が消えた。

 続いて、いきなり全身を、衝撃が襲い、水が「攻めてきた」。


 どっぱ~ん! 


 何とも間の抜けた音が、鈍く響き渡る。

「あ、バカ! だから言っただろうが!」

 上方から声が上がった。

 ディギッツにとってみれば、それどころではない。

 口から、鼻から、大量の水が入ってくる。両手をかき分けようにも、ヌメヌメする妙な水草が邪魔して、身体が思うように動かない。


 彼は誤って足場を踏み抜き、そのまま水中へダイブしてしまったのだ。

 大あわてでリーダーは他の四人に声をかけ、足場を確保しながら、ディギッツの身体を引き上げようとする。

「ダメ! ダメだってばディギッツ! ヘタにバタバタさせたら、余計に水草がからまるでしょ! 大人しくしてて!」

 エイレンの悲鳴とも命令とも、あるいは罵声ともつかぬ大声が聞こえる。だがディギッツにすれば、大人しくできるどころではない。窒息寸前なのだ。


 彼は……全くのカナヅチなのである……。


 ようやく助け出されときには、ディギッツは既に半死半生の濡れネズミ、という有り様だった。



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