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ザネル~記憶から消された新世界の物語~  作者: 麻生優樹
第二章 廃都
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2-2廃都にまつわる、怪しい昔話

                   12


 乱痴気騒ぎから、さらに5日が過ぎた。

 ポータルカ盆地が暁の薄明に満たされた頃、ディギッツたちはスコール一族と別れ、再び北に進路を取ることにした。

 ラクーン率いるスコールの一族は、ここから彼らだけが通れる秘密の間道(と、ラクーンは自慢げに語っていた)を通り、大伽藍山脈を東に突っ切って、彼らの居留地である大陸東岸の村リヨルデに向かうのだ、という。


 別れ際、大酒飲みのベルクはディギッツに、スコール族の武器という刺叉を渡した。武具としての威力はさほどでもなさそうだが、実は先端にたっぷり、エイプ・オムたちの嫌うチシャの実の汁が塗りつけてあり、猿たちは10キロ先からでも、この臭いをかぎつけるという。

「サル除けのお守り代わりにはなるからな」

 ベルクは別れ際、そういって照れくさそうに笑った。


 もしかすると、過ぎ越しの祭りで、エイレンに禁断の酒をたっぷり呑ませてしまったことへの詫びのつもりかも知れない。

 もっとも、大酒を食らったのはあくまで本人の責任だし、そのうえ肝心のエイレン自身は、けろりとして何一つ覚えていないようだが。


 火の精霊師が持つ、ヤーマの錫杖のほかに、手荷物が増えてしまったけれど、少なくともこの先、またどんなバケモノの襲撃を受けるか判らない身の上からすれば、これはこれでありがたい贈り物だ。


 丘陵を東に上り、葡萄色に染まる暁の雲間へと向け、彼らは旅立っていった。峠の先からボルグ羊たち最後の一匹が見えなくなるまで、二人はスコール族のキャラバンをじっと見送り続けた。本当に…彼らと出会えなかったら、僕たちはいま、ここにこうして立っていなかったのだ。


 いささか感傷的になってしまったディギッツがエイレンの方へ振り向くと、彼女はディギッツの持つ刺叉を眺めながら言った。

「そのデカい武器は、キミの担当だからね。自分で持っててよ」

「いや……それはそうだけど……」

「当然よね。まさか女の子にこんな重たいモノ、持たせようってワケないよね」

 そう告げると、彼女はすたすたと、北へ歩を向ける。

「いつまで見送ってても仕方がないでしょ! さっさと出発しよ!」

…エイレンは、何ひとつ変わっていない。いつもの彼女のままだ。なぜか、それが妙におかしく、そして頼もしくもあった。



 ニザーミアから赤十字回廊を西へ旅して4日、東西南北の交差点である交易市ヨンギツァから北行して5日あまりで、ディギッツたちはこのポータルカ盆地へたどり着き、そして思わぬ災難に遭遇した。

 だが、考えてみると、その予兆はすでに「北回廊」を通過しはじめた頃から見受けられていたのだ。たとえば……。


 ニザーミア学府院からの紹介状は、街道筋の宿泊施設で絶大な威力を発揮したが、それも「そこに村や駅亭が存在していれば」の話だ。たしかに、赤十字回廊の西街道筋ではほとんど宿泊費用すら取られずに、ディギッツたちはその駅亭や宿場における最高級の部屋をあてがわれた。

 精霊師見習いとはいえ、こんな年端もいかない若造が、こんな歓待を受けてもいいのだろうか?

 エイレンはさも当然の処遇とばかり、のほほんとこの特権を享受していたが、どうにもディギッツには居心地が悪かったものだ。


 だがそれも、東西南北回廊の分岐路、ヨンギツァ市あたりまでの話である。

 そこから北へ蛇行するビズワ河に沿って移動を始めると、にわかに様子がおかしくなり始めた。なにより、紹介状にしたためられていた目的地に、肝心の宿泊所や駅亭が、しばしば「存在していなかった」。


 ポータルカ盆地に至るまでの宿、たとえばエリンでは駅亭そのものが廃墟となっていたし、次の宿場コーデルトでは、はじめて「紹介状」が拒絶されてしまった。ふたりは、なぜか敵意に満ちた、わずかばかりの村人たちの視線を受けて、そそくさと退去せざるを得なくなったのだ。


 見習いとはいえ、ニザーミアの「精霊師が」宿泊を拒絶された!

 その夜はやむを得ず野宿を強いられ、エイレンは大いに憤慨していたものである。


 それから数日にわたり、天候が急変する。


 閏八月というのに、立ちこめ始めた霧とともに、冷たい雨が降り始め、泥濘を文字通り這いながら、やっと辿り着いたガルムの村もまた、すでに跡形もなく、数軒あった民家は、どれも荒らされた痕跡だけが残されていた。

 赤十字回廊は、北辰大陸東部のメインルートなのだ。盗賊の類が出没するようなエリアではないはずなのに。

 そして、そこに襲ってきたのが招かれざる客……大白猿エイプ・オムだったのだ。


 ニザーミアの精霊師たちは、任地へ赴任した後ならともかく、見習い期間中にはめったやたらと学府院の外へ出かけない。だからこそ、久々の旅で、大陸の北の様子には驚かされたのだ。何かおかしい、辺境で、何か妙なことが起こり始めている。

 しかも、その情報は、ニザーミアには届いていない。


 北方ホルス湾にそそぐビズワ河の河口に位置する、廃都ガドリングまで、あとわずかというところまで、ディギッツたちは到達した。

 さいわい、スコール族たちと別れてこのかた、危惧していた大白猿とも出会わずにすんだ。じっと気配をうかがってみても、どうやら彼らを密かにつけ回しているような様子もない。

 もっとも、北に進むに連れて周囲から背の高い常緑灌木は消え、大猿たちが隠れる場所もほとんどないのだが。


 ビズワ河沿岸もまた、ごつごつした岩場と、川べりに繁茂する地衣類やチシャ、ハイマツモドキのような植物だけが彩る、荒涼とした光景に変わりつつある。

 ディギッツは、せっかくラクーンからもらった刺叉をふるう機会がないな、と少々残念がってみせた。もちろん、エイレンには「受け」ひとつ取れず、ふふんと鼻先で笑われただけだった。


「なんで、ガドリングが『廃都』って言われてるのか、知ってる?」


 川縁の、かつては「街道」であった道を辿りつつ、エイレンが珍しく声をかけた。

「聞いたことはあるけど、ずいぶん昔にあった、戦のせいじゃなかった、かな?」

「めちゃくちゃウロ覚えなのね、キミの知識も」

 歩き疲れたのか、エイレンは足を止め、傍らにある大岩にもたれかかりながら語り始めた。どうやら、ここで一休みするつもりらしい。


「ガドリングは、昔から『北方の覇王』って呼ばれる都だったそうよ。それこそ、ニマーマ紀元の大昔から。なんでか判る?」

「…いや…」

「ほんっとうに! キミは学んでないのねー。火精師って、造化の術だけ磨いてれば、それで済むのかしら?」

 呆れたように溜息をつき、エイレンは語り続けた。

「ガドリングは北辰大陸のなかでただ一つ、精霊に従わない町だったのよ。だから、ニザーミアにも従わなかった、ってわけ。東のニザーミアとは全く別の人種に治められていたから『北の覇王』と呼ばれたのね」

「四精霊の、どれにも従わない?…って…じゃあ、地の精霊師も?」

「当然! だから【ミハシラ神事】も行わないまま、勝手に町を作ったの。精霊師も受け入れなかったし、ニザーミアの指導にも従わない。

 だから最後は、戦になってしまったのね。たしか百年とちょっと前、ホルス大戦って呼ばれてるけど、別にホルス島で戦ったワケじゃないのよ、判るでしょ?」


 ホルス島とは、北極に位置する巨大な島だ。北辰大陸に住まう者たちにとって、そこは未踏の領域であり、また禁断の地でもある。


「それでガドリングは滅ぼされて、廃都になったのか?」

「それがねえ…そんなに単純なハナシじゃないみたいなの。実は正史にも、戦は十日間で終結した、とあるけど、いくらなんでも、都同士が戦をしたんだもの、決着がつくには早すぎるでしょ? しかも、精霊師が戦を指揮したのはこれが最初で最後だったし、ニマーマの昔の頃は知らないけど…」

「正史には、詳しく書かれていないの?」

「いないのよ。ただ、ガドリングは赤十字回廊の盟主という地位は失って、そのあと、次第に人々は散り散りに別れて、人住まぬ廃都となった、ってことだけしか…」

「ずいぶんと、大雑把なハナシだな」

「だって! それしか書かれてないんだもん、あたしのせいじゃないでしょ!」

 指摘されて、エイレンは声を荒げた。

「…けどね、いろんな伝説はあるのよ。ガドリングを滅ぼしたのは、ニザーミアの精霊師たちじゃなくて、四精霊そのものの怒りだった、とか」

「精霊が、罰を下した、ってこと?」

「町を光で封じてしまったのだ、とか…四精霊の力が結集すると、光が生まれるんだって。浄化の光で、町を消してしまったのだ、って伝説もあるのよ」

「それじゃ、廃都どころの騒ぎじゃないだろ。町ごと完全滅亡じゃないか。だいたい、なぜそんな呪われた場所に、前の首席導師が…ええと、ディボックス導師っていったっけ…住んでるんだ?」

「そんなこと、あたしに聞いても判るわけないでしょ?」

 自分でも混乱したのか、再びエイレンは気色ばんで言い返した。


「あたしの想像なんだけど…」


 ややあって、彼女は再び口を開いた。

「ガドリング復興のため、じゃないのかな? 赤十字回廊ってのは、重要な交易ルートなわけでしょ。南にはイルーランがあるけど、北のビスケ湾をめぐる道は、ここ数十年くらい、ほとんど閉ざされたままだ、って子供の頃、聞かされた覚えがあるのよ。

 ずっと長い間、廃れたままになっていたルートを元に戻すためには、ガドリングを昔のように栄えさせる必要があるじゃない。だから、わざわざ前首席導師が、赴いたんだって考えると、筋が通るよね」


「面白い考えだが、ちょっと違う」


 不意に、背後から声がした。

 振り向いた二人の後ろ、大岩の上には、数人の人影があった。

 気づかぬうちに、すっかり囲まれてしまっていたのだ!



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