表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ザネル~記憶から消された新世界の物語~  作者: 麻生優樹
第一章 夜
13/39

2-1ニザーミアの発言者会議

                   11


 ニザーミア学府院における「発言者会議」は、地水火風4精霊導師による合議制で開催される秘密会議だが、学府院における実質的に最高意思決定機関といってもよい。


 精霊エレメントの格に関係なく、席次順に「発言権」は決められる。いま現在においては、首席導師であるオービス・ブランが第一発言者となり、以下は次席導師のレオ・コーンボルブが第二発言者、トープラン・オスト導師が第三発言者として着席した。

 ほか、各棟から一名づつ、合計四名の導師候補が同席するが、彼らはいわば「学生」あるいは「陪席」身分であり、会議で「自らの意思を」発言することは許されない。


「結果的に、何名になったのかね?」

 オービス首席導師の発言から、議事は開始された。

「322名です。ほか30名あまりが、現在でも予断を許さぬ状況で……」

 陪席の、寮監主査が細目を報告しかけると、オービスはそれを制した。

「現時点での数字を報告すればよろしい」

「は……」

 そこからしばし、沈黙があった。

 この人数をどう考えるのか。そもそも、この事態をどう収拾しようと考えているのか。一同は第一発言者、オービスが口を開くのをじっと聞き耳を立てながら待ったが、彼はその空気を察してか、あえて両手をテーブルの上に組んだまま、発言を控えている。


「ニザーミア学府院在籍の721名の精霊師中、322名です! 半数近くですぞ」

 しびれを切らしたようにして、トープラン第三発言者が立ち上がった。

「それは判っている。念を押さなくてよろしい」

 甲高いトープランの声を、オービス首席は制した。


「ところで、情報漏洩はないのかね。イルーラン、ローラム、コルレンツは、まさか何か言ってこないだろうね」

「そちらは、ご心配なく」

 恰幅のいい第二発言者コーンボルブの、ドスの効いた声が響き渡ったた。

「ことは、学府院内部に止めております。外部に漏洩など、ありえません」

「ま、過ぎ越し祭礼とヤーマの灯火が偶然にも重なりましたからね。運が良かったといえば、運が良かったのですよ。いい目くらましになった」

 トープランが、コーンボルブにおっかぶせるような言い方で、付け加えた。情報漏洩は「食い止められた」のではなく「運良く止まった」に過ぎなかったのだ、とでも言いたげである。


 第二発言者コーンボルブは風の精霊導師であり、そのエレメントの性格上、彼が学府院内統制や各同盟市との政治的な連絡業務の一切を取り仕切っているのだが、そのあまりにも自信満々な「ナンバーツー」ぶりが、トープランには気に入らないらしい。

「結果だけを報告して頂きたい。事態の解釈はあとの話だ」

 オービス首席導師は、再び二人を制した。こんな事態に至っても、お前たちは縄張り争いに熱中したいというのか?

 オービスは、席から立ち上がり、告げた。


「要は、ニザーミアの権威を守ることにあるのです。それがひいては、北辰大陸すべての安寧に繋がっている。この期に及んで、学府院内部の動揺などを斟酌している余裕などない! たとえ三百名が四百名の犠牲になろうと!」

 普段、温厚さを心がけているオービスにしては、珍しく感情をあらわにした口調で断言した。


「かつての南陵大陸の二の舞になりたくなければ、です。各エレメントの主査諸君も、それを第一に心がけて、事態収拾に当たって頂きたい。過ぎ越し祭礼が終了し、閏八月の夜が明けた時点で、ニザーミアは完全に常態復帰することとなる!」


 もちろん、それが不可能に近い命令であることは、誰もが判っていた。


 だが当面、学府院にできることといったら「可能な限り穏便に」被害を外部に漏らすことなく緘口令を敷き、あと数日残されたこの夜のうちに、事を済ませるという泥縄式の対応くらいしか残されていないのも確かだ。

 結局、会議は発言者たちの状況確認と申し合わせを済ませたのち、流会となった。



「ところで、例のガドリングへの密使の件ですがな…」

 議事が終了し、散会となった頃合いを見計らい、自室へ戻りかけた首席導師にむかって、三席トープランは背後からさりげなく声をかけた。

 トープランの甲高い、しかしかすれた声色は、議場を退出する他のメンバーたちには聞こえない。もちろん、これも彼の計算のうちだ。


 背を向けていたオービス首席が立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

「あれは……私の一存で行ったことですが、何か……?」

 オービスもさりげなさを装って聞き返す。さすがは早耳のトープランだ。風精師も顔負けだな。彼は心の中で苦笑した。

 だが、ここで妙な後ろめたさを見せることだけは禁物なのだ。

 そんなオービスの心中を読み取ったのか、トープランは妙に馴れ馴れしい態度で、さらに言いつのる。

「いや、これはもう、私の心中にだけ、収めておくことですゆえ、ご心配なく。妙なことで他言は致しませんから。まして、コーンボルブ導師には……」

 確かに、学府院の権威を守ろうとする心意気に関しては、首席導師であるオービスよりも、政治に長けたコーンボルブの方が一枚も二枚も上手だ。

 内密に親書を出した、などと知られたら、それこそテーブルを叩いて大騒ぎすることだろう。外部の者に、学府院の恥をさらすとはどういうことだ! しかも、よりによって…「あの」前首席ディボックス師などに!


 どうやら、トープランも似たような事を考えていたようだ。


「ただ……よくぞご決断された、と思いまして。なにせ親書のお相手が、ディボックス導師では…いえ、これは決して批判ではありませんぞ」

「ほう、親書の件までご存じか。どこで小耳にはさまれたのかな」

「それはもう…蛇の道は蛇、と申しますでしょう」

 くくく、とトープランは忍び笑いを漏らした。オービス首席には、その笑い声がひどく耳障りだった。

 この男は、事あるごとに権謀術数で物事を考える。

 秘密の親書を、廃都ガドリングに隠棲する「前首席」ディボックスに送ったことを、まるで「秘密の企み事の尻尾を」つかんだかのように考えているのだろう。結局、こいつにとって、今回の事件がニザーミアの、いや復興間もない北辰大陸全体の行方という大局的な見地からではなく、結局は自らの権力基盤をどう強化するかという視野からしか考えられないのだろう。

 

「私に私心などありません。必要とあれば、いかなる方策でも講じる」

 オービスは、吐き捨てるように告げた。もちろん、そこに込められた軽蔑のニュアンスなど、トープランに伝わるはずもない。


「それにしても、使いに出したのが…三年寮生の火精師見習いでしょう? そう伺っておりますが…しかも何か…妙な話も聞かされておりましてね。確かもう一名は、例のイルーランのモーティムス家から預かりモノの姫様だとか」

「ちなみに火精師の小僧は、イクスペル出身の馬の骨です」

 そこまで知っているなら、いっそ詳細を教えてやる。

 オービスは、ディギッツのことも伝えた。すると、今度はトープランが怪訝そうな顔を見せ、尋ね返した。

「…どこ出身、とおっしゃいました?」

「西小ガラン北の寒村、イクスペル出身、北方漁民の小倅です」

「は、はあ…??」

 聞き返しても、まだ得心がいかない様子だ。イクスペル…イクスペルというと…。

 ………え? それはつまり、どういうことなのだ?………

 だが、その疑問には答えず、オービスはさりげなく、話題を変えた。


「やむを得んでしょう。なにせ彼らの主監の報告によれば、この二名は…ヤーマの火が灯る直前に、精霊を失って倒れたというのです。

 お判りか? ヤーマの火の騒ぎより前、あの二人は既に、精霊を失っておったのですぞ、れっきとした精霊師が! これが偶然に起こるはずがないことは明白だ。だから私は、少々、荒療治を施さざるを得なかった」

 思わず、オービスは声を荒げてしまった。

 退席しようとしていた陪席の精霊師たちが、その声に驚いて振り返る。

 だが彼らに、その会話の意味は、まるで理解できなかった。


「荒療治ですか……?」

 なぜか愉快そうに、トープランは尋ねた。

「言い得て妙だ。しかしまあ、その荒療治された身体のままで、かのディボックス導師に親書を手渡す、となると…はてさて」

「私情を挟んではなりません。すべてはニザーミアのためです」

「では、そこから先は、我々の裁量外。あとはニキタ・ディボックス前導師の度量を拝見、といったところですかね」

 くっくっく…と、トープランの押し殺したような笑い声が、かすかに響いた。

 何を面白がっているのだ、とオービス首席は苦々しく心の中で舌打ちした。

 今回の「この一件」を、一番理解していないのは、オマエ自身ではないか、と。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ