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ザネル~記憶から消された新世界の物語~  作者: 麻生優樹
第一章 夜
11/39

1-9祭りとは名ばかりの乱痴気騒動

                   9


 差し出された飲み物は、きつい発酵臭がする。どうやら、かなり強い酒らしい。

「ほれ一気にいけ、一気に!」

 ベルクと名乗る、気のよさそうな若い衆がディギッツを煽った。

「火使いの精霊師だったら、こんなものはワケないだろ!」

 火使いと酒の間の相関関係など、あるのだろうか?…などと考えている余裕もなかった。煽られるまま、ディギッツは一気に杯を煽り、飲み干す。


 口の中が爆発するかと思った。

 かーっと、喉元から胃の腑にかけて熱くなる。

 思わず咳き込みそうになるのを、辛うじて堪える。まるでこれは…噴火口から飛び出したマグマのジュースだ。


「おみごとお見事! いける口だな、精霊師。どーだ、ウマかろ!」

「い、いや、なかなか…なかなか…」

 強がりつつ、辛うじて火の酒を飲み干すと、ディギッツはベルクに杯を戻した。

「これ…何の酒なんですか?」

「そりゃもちろん、ボルグの乳酒に決まってんべ。ほかに酒の材料なんか、このへんから生えてくるわきゃねえだろ」


 ベルクはディギッツから戻された杯に、革袋からたっぷりと白濁する酒を注ぎ、一息に飲み干した。


「ま、過ぎ越しに呑む酒は特別製なんだけどな。三年越しの古酒だしな、わざわざ大袋で寝かして三年も待つんだぞ!、そりゃまあ辛口も辛口、けど口当たりはマルいし、コクが出てるだろ。こんな酒を呑めんのも、年一の楽しみなんだわ」

「何が年一の楽しみだか。オマエしょっちゅう、あたしの目をくすねて、盗み呑みしてるだろが! 知らねえと思ったか!」

 ケーデの女将が、ベルクをやりこめる。

「こんな呑んべの戯言、マトモに相手しなくってもいいよディギッツ。もうコイツってば、救いようがねえ酒飲みでさ! 羊追っかけてるフリしやがって、草場から戻ってくれば、昼間っから酔っぱらってやがる!」

「なに人聞きの悪いこと言ってんだ、女将とはいえ…しょしょ承知しねぞ」

「人聞きもマタ聞きもあるか。あのね、聞いてよディギッツの火使い様。こいつってばね、わざわざクニから…クニってのは私らの居留地のリヨルドって北の野っ原なんですけどね、祭りのために、とびっきりのサケを運んで、取っとくわけですよ。ところがアンタ、半年もして、いざ古皮袋開けてみっと、あれさ! ほとんど半分がトコ、袋がカラになってンじゃありませんか」

「…ンなこと、オレに関係ねえだろ」

「ナニが関係ねぇだ! オメエが知らねぇウチ、酒に羽が生えて飛んでったか?」


 横から、亭主のラクーンがちょっかいを出し、大笑いする。

「ま、妙なモンに手を出すかわり、酒でもかっ食らって潰れてたほうが、こっちは気が楽だけどな」

「妙なモンに手を出すって…何にだよ?」

 ツッコミを受けて守勢に回ってしまったベルクが口ごもる。

「たとえば、オレの女房とかな」

「誰が出すか、ンな物騒なもんに!!…いやもとい…ダサねえと…思うぞ…多分…オレは紳士だからな」

 再び、座が爆笑した。

 ケーデの女将が睨みを利かせると、どうやらこの一座では無敵の存在になるらしい。


「ささ! 精霊師、も一杯いけ、もう一杯!」

 ベルクは、座をはぐらかすためなのか、あわててディギッツに酒を勧めた。


 もう、どうにでもなれ!

 雰囲気に呑まれたのか、ディギッツは一気に、火の酒をあおった。再び喉元をすさまじく熱いものが通過し、胃の腑にきゅぅ!っと拡がっていく。

 ほとんど初体験の感覚ながら、これはこれで、けっこう…気持ちがいい…。

「おおお! 兄ちゃん北の男並みの大酒呑みになる素質はあるな。…そういや、精霊師サマは、どこの生まれだ?」

「え、ええ?」


 一瞬、ディギッツは口ごもった。

 ニザーミアで学府院では、滅多におたがいの出身地を明かしたり、語り合ったりすることはない。一種のタブーなのだ。まあ、エイレンのような純血種のお姫様は例外だが。


 だがしかし……相手はスコール族だし、世話になった恩人たちでもある。別に隠す必要がある話でもない。酔いの勢いも手伝って、ディギッツは語り始めた。

「ええと…ここから北西の海岸沿いにある、イクスペルっていう漁村なんですけど…すっごく遠くて…ご存じないですよね」

「いくす…イクスペル?」


 上機嫌だったベルクが、一瞬、怪訝そうな表情を見せた。だが、酔いの回ったディギッツは、その変化に気づかなかった。


「ええ、母親は早くに死んでしまったんですけど、父は…ええと、虹ダラ漁の漁師をやってます。冬の間だけなんですけど、サイキ群島のほうまで、小舟で出かけてくんですよ。僕も漁師になるはずだったんだけど…どういうわけか、ニザーミアに呼ばれて、いまは修行中なんですよ」

「サイキ群島…?」

 また、ベルクが繰り返す。明らかに、彼は困惑している様子だ。さすがにディギッツも、これには気づいた。

「あ…あの…何か、変なことを言いましたか、僕」

「あ、いやあ…まあ…な」


 傍らで聞いていたラクーンが、ここで合いの手を入れた。

「気にせんでくれ! ディギッツ精霊師」

 笑いながら、彼はディギッツの肩に手を掛ける。

「まあ…オレたちは、仕事柄けっこう遠くまで旅をすることがあるんだ。それこそ、西のはずれの小ガラン山脈だの、南はガルミーポンド半島あたりまで、羊を連れてな。ま、さすがに禁断の南陵大陸までは足を向けねえが。

 だから、不思議なことも、たくさん耳にする。それこそ、先だってはヤーマの灯火がサイキの岬のニーフ・エストに灯ったとか、ガドリングにはデカい歯車をつけた怪物が出るとか、あとガルミーポンドでは火を吐く化け物龍が羊を丸焼きにする、とかな!

……だから、あんたがどこで生まれて、その……どんな親父さんをお持ちなのか、別段、不思議に思ったり、詮索したりすることはねえ。大切なのは、いまこうして、オレらが生きている、ってことなんだな」


 彼は愉快そうに、ディギッツの肩を叩いて笑い、杯をあげた。

「さあ! 思いっきり愉しんでくれ! 今夜は過ぎ越しだ!」

 わけが分からぬまま、ディギッツは頷いた。

 言っている意味はところどころ理解できないが、ともかく今はあんまり考えるのを止めよう!


 ディギッツは今し方、口にした火の酒が急に回り始めたのか、朦朧とした意識をしゃっきりさせようと努力しつつ、女将が運んでくれる料理に手を付ける。そういえば、大猿騒ぎのドサクサで、ここしばらく、ろくなモノを口にしていない。

 遊牧民らしく、スコール族の食卓に上がるのは、もっぱらボルグ羊の乳を加工した乳製品のようだ。腐乳に岩塩を加え、乾燥させたらしい独特のチーズや、長期熟成させたバターで炒めたらしき山菜、それに(おそらく、交易で手に入れたのだろう)南方イルーラン風の硬い保存用のパン……。


 ふと、ディギッツは気になり、傍らで上機嫌のラクーンに尋ねた。

「そういえば…ボルグ羊は、過ぎ越し祭礼のときは、さばかないんですか?」

「ああ…そうか…そうだな…」

 

 なぜか、ラクーンの顔から笑みが消えた。

「ディギッツ精霊師さまも、学府院の人間だからな、知らないのも当たり前か」

 彼に語る、というより、独り言のように呟く。

「オレたちスコールは、昔っから…それこそ、ニマーマの昔、オレらの肩に羽が生えて飛び回ってた大昔から、肉は食わねえんだ。習わしで」

「そう、なんですか」

「羊は町へ連れてって市で町の衆に売って、チャとかホダネとか、あるいはパンなんかに代えるんだ。あとは安酒とかな。けど、自分らでは絶対に食わねえ」

「大昔から、菜食主義を貫いているんですね」

「いやあ、そんな上品な代物ではねえけど……オレらは、共食いをしねえのさ」

「トモ…共食い?」


 茫洋とした表情のラクーンの口から、そんな言葉が飛び出すとは! 思わず、あわててディギッツは聞き返してしまった。

「ああ…そうだな。ニマーマの昔のことは誰にも判らん。記録も何も、ほとんど残ってねえし、残っててもどうせ、ナニが書いてんのか、ゼンゼン読めねぇだろ?」


 確かに、前千年紀の「大断世」以前の古文書の悉くが、まるで解読不能のために、現代のニザーミア学府院が、唯一の「権威」として残ってしまったようなものなのだ。


「けどな、オレらにも言い伝えはある。だからオレらはそれを守るんだ。

 ボルグ羊も、それに大猿のエイブ・オムも、おっそろしい怪獣のノルデ・キリコも、地をはいずり回るリス・ノーチムだって、大昔は立派なニンゲンだったっつうのさ。オレらも、今は背中から羽根が取れちまったけど、次の時代には…いつになるか判らんけど…ケダモノに戻るかも知れないだろ。

 だからさ、悪い因縁を背負い込まないためにもさ、共食いはするな、ってのを一族のオキテにしてるわけさ」


 それは失われた垂訓十七戒だ……。

 ディギッツは絶句した。確か、状十二戒の目録招提が

「ナんじハ、らカラをショクすな。かれイやシムな、かれケ。ガすな かれといへり」

 と唱えていた。

「汝、同胞を食すなかれ

 卑しむなかれ

 汚すなかれ と言えり」


 だが、なぜスコール族が「十七戒」を知っているのだ……?

 押し黙ってしまったディギッツを見て、ラクーンはあわてて声をかけ直した。

「いやあ、辛気くさい話をしちまったな。ま、気にせんでくれ……それよりアレ、ありゃあ~、ちとマズいんでは、ないかな」


 ラクーンが指さした先、ちょうど囲炉裏を挟んで対面の位置にエイレンがいた。

 そして彼女に横には、どうやら必死で彼女をかき口説こうとするかのように、若い男が何やら二弦の楽器を片手に、大声を張り上げている。おそろしい不協和音とデタラメなメロディ、そして意味不明のダミ声ではあるが、これを唄と呼ぶならば、唄に聞こえないこともない。


「サライエの野郎だよ、困ったモンだ。遠出の旅のあいだは、女っ気もないから安心してたんだがな。いやあディギッツ精霊師、アイツも悪いヤツじゃねえんだが…。すぐ行ってやりな。タイセツな彼女を取られたら、それこそ大事だろ?」


 本気なのか冗談なのかわからない口調で、ラクーンはエイレンに手を振る。

「い、いや、だから、僕は彼女と同僚で、そういう関係では」

 口ごもるディギッツだが、エイレンの方は目ざとくディギッツを見つけ、大きく手を振りながら、合図する。

「あれちょっと、待って下されよな姫様、オレの恋唄、まだ途中…!!!」

 いきなり場を乱されて、あわてるサライエを尻目に、エイレンは怪しい足取りで立ち上がり、ディギッツの方へ突進してきた。


「ディーーギッツ! キミはねえ、だいたいねぇ、カンジンなときにねぇ、引いてしまうてえのがねえ、悪いクセなのよ、判るかな~、判ってんのかな~?」


 明らかに口調がおかしい。祭りの熱気に当てられ、これまでの緊張感がほぐれた…せいにしては、少々砕けすぎていないか?


「おまつりだから言っておくけどねぇ、あのねえ、キミには一度、じ~っくり説教しておく必要があるかな、ってぇ、考えてたのよぉ」

「エイレン、いいからちょっと…座った方がいいよ。足元が…」

「ヒトの足元のことなんか、ど~おでもいいの! それよりぃ、ジブンの足元のことを、この際ねぇ、じーっくりと考えなさいっ!」


 …なんだか、一応、話の筋は通っているような気もするが…。

 ここで、ディギッツは、ようやく思い当たった。

 そうか!

 エイレンは、水の精霊師で…アルコールを口にするのは、これまでタブーだったのだ。

 なんでこんな簡単なこと、思いつかなかったのか。


「おいサライエ! あっという間に、お姫様を火使いにさらわれちまったぞ」

「なんだよ、だらしねぇ。おめぇの口説き十八番はどうした?」

「取り戻さんか、決闘せえやケットー!」


 おぼつかない足取りで、ディギッツに半ばもたれかかって上機嫌のエイレンと、楽器片手に手持ちぶさたのサライエに向かって、周囲がはやし立てる。

「うるせえ、バカども! 火使いなんかと決闘できるか! 一瞬でドボンだ! 祭りの晩に黒焦げなんて、じょーだんじゃねえ」

「何だ、いつも言ってんべ、てめえは! 命ひとつより、オンナ一人のほうが大切だっててめえの決まり文句だべ」


 どうやら、収拾がつかなくなってきた。

 ここでディギッツも、一言いわないと、どうやらカッコがつかないようだが…さて、何を話したものやら。

「ええと…別に火精師は、その…」

 ここで、台詞が途切れてしまった。彼自身、スベっているのは承知しているのだが、こういう場所でのアドリブなど、やったこともないのだ。


「人をドボンと燃やすのは…仕事では…ないんだけど…」 


 ディギッツの口上に、じっと聞き耳を立てていた一同は、一瞬静まりかえり、次いで再び、大爆笑に包まれた。

 サライエは、どうやら自分が侮辱されたと思ったらしい。顔を真っ赤にして、震えている。これは少々風向きが悪くなってきた、マズい! どうやってフォローすればいいんだ? 朦朧とする意識の中で、彼は必死に考えるのだが、何も出てこない!


「はいはい! だいじょーぶです! ワタシは水の巫女、水精師ですから~」

 エイレンが大きく両手を差し上げ、待ってましたとばかり、テントの心柱近くに立てかけてあるテーブルの上に飛び乗った。

「ええと…下僕の不始末は、主人たるワラクシのフトクの、致すところでありますから~、火の玉なんか使ったら、ソク! 私が、処罰イラします~」

 自分で、何を言っているのか、おそらく判っていないだろう。


「ではでは~、その証拠を、お見せしま~す! 

 これからお目にかけるのは~、双子の南都、大河の都イルーラン名物」

 エイレンはひらり、と両手を中空に構え、祭礼舞踏の型を取った。

「シソルボ祭礼は水祭り、イルーラン名物、流水の舞い~!!」

 わあっ! と歓声が上がる。

 一瞬静まりかえった場内は、一転して拍手喝采の嵐と化した。


 彼女の両腕は、まるで鞭のようにしなやかに躍動し、次の瞬間、左肩の上で両掌を結び、切った印の中心部から、まばゆい虹色の珠が、ほとばしり出た。

 大気中の水がエイレンの手の中で凝縮し、次々と放射状に拡がってゆく。その水玉は、テントの中心で燃える熾火の炎へ吸い寄せられ、ぽん、ぽん…と飛び散る。

 ほの暗い中で、拡がっていく虹の珠。


「アンテ、ベルテ、ツイヤー、フム…」

 謳うようにエイレンは、しなやかに肢体をくねらせながら、両腕で印を次々に切る。

 やがて、エイレンの背後に、不思議な形状をした虹のハローが浮かび上がった。それは、彼女の手前で揺らめく炎に合わせて妖しくゆらめき、変幻自在に変化する印とともに、且つ消え、且つ結び、謳うように出現し、そして消える。


 拍手喝采は、やがて静まった。テントにいたスコールたちは、誰もが、食い入るようにエイレンを凝視している。

 もはやそれは見世物ではない。何かしら幻想的な、そして荘厳な儀式であった。

 そしてまたそれは、水の精霊師の「技」への、底知れぬ畏怖の念を呼び覚ましていた。

 ディギッツもまた、驚愕し、その場で釘付けになっていた。

 エイレンが、いま、水の精霊を、何事もないかのように召還しているのだ。

 失ったはずの精霊を!


 どれほどの間、彼女の舞いが繰り広げられていたのか、おそらく、誰にも判らなかっただろう。虹が、中空に拡散し、炎が一瞬、まばゆくきらめいたと思った瞬間、それがすべて、ふっと消えた。

「サニエール・ジェルキーソマー!」

 エイレンは、そう叫んで両手を拡げた。


 ザニエール・ジェルキー・ソマー、「この世界に光あれ!」


 幾度となく、ニザーミアで唱えてきた寿唄である。そしてそれは、この北辰大陸全土で、いまこの瞬間にも、数知れぬ人たちが叫んでいる祝詞でもある。

 それを合図に、再びスコールたちに、スイッチが入った。

 エイレンは、彼らに担ぎ上げられ、歓呼の声と祝福を受けながら、気が緩んだのか、へなへなと気を失ってしまった。


 彼女が再び目を覚ましたのは、このバカ騒ぎマツリが収まって、さらに二日後のことである。もちろん、彼女はマツリでに出来事を、キレイさっぱり忘れており、ディギッツがこの晩の出来事に水を向けても


「ナニそれ、なんのこと? 全っ然わかんない」


という返事しか返ってこなかった。


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