9 究極の賭け! 牽制を受け取る外野手!
1塁側のファールゾーンで谷川先輩とのんびりキャッチボールをする。
先輩はどちらかというとマネージャーの手伝いをしている時が多く、本職は内野手なのだがあの赤井よりも下手なので試合に出ることはほとんどない。去年の他校との連合チームでも終盤に代打でちょっとだけ出ただけらしい。
彼もまた他の先輩たちと同じくほんわかとした優しい方である。いつもニコニコと練習を眺めていて、たまによくわからないアドバイスをくれる。
「いやーやっぱり呉羽君とやると手が痛いねー。受け取るので精一杯だ!」
「そ、そうですか……?」
谷川先輩はいつも水走とキャッチボールしている方なのでいかんせん違和感を覚える。先輩なりに俺の士気を上げようとしてくれているんだろうか。
「それにしてもあっちは良くない展開だね。水走くん、また四球出しちゃったよ」
「あ……そうでしたか」
俺は自分の調整に集中していたので気にしていなかった。
たしかにグラウンドの方を見ると、いつの間にか1死1塁3塁になってしまっている。
マウンドの水走は辛そうな表情で腰を折っていた。そこにいつもの余裕は見当たらない。ただ汗ばかりが帽子の下で目立っていた。
「ずっとだもんね。投げてるの」
「そうですね。1回戦からずっとあいつばかり……」
「やっぱり悔しいかい?」
谷川先輩の笑顔がまるで仲間を求めているように見えてしまって、それが大変失礼なことだと自分の中でわかり、俺は投手たる者として恥なければいけないなと思った。
何ともまあ、苦々しいキャッチボールだ。
「あっ……おやおや。まずいよ、これは」
先輩のそんな言葉の後、3塁側スタンドから「おわあっ」とドでかい歓声が沸く。
まさかの連続四球。
そして1死満塁で迎える打者は――高校通算67本塁打の怪物。
体重90キロ、綿引武敏。
これまでの水走との対戦成績は見逃し三振、ファールフライ、送りバント、ショートライナー。
チーム無安打でありながら5打席目というのも酷い話だけど、さすがに『そろそろ打ちそう』という気がしてたまらなかった。
さて、どうする水走。
お前が抑えてくれたら万々歳だ。
もし俺に交代となると――どうする、呉羽道弘。何も打つ手がないぞ。
投手たる者、失点を過度に恐れるのはよくないことだが、かといってこの状況で大量点を取られてしまえば、勝てる見込みが無くなってしまう。
はてさて、どうするべきか……あっ。ウチのベンチから伝令が出てきた。
『中垣内商業、選手の交代をお知らせします』
『9番・南郷くんに代わりまして、9番に呉羽くんが入りピッチャー。4番の水走くんがレフト。以上に変わります』
ざわつくグラウンド。
3塁側スタンドから流れる「さよならさよなら水走」の大合唱。加えて「片町線で、はよ帰れ!」なる謎の帰宅ルート指定。そもそも水走はレフトに下がっただけだから。まだ試合には出てますから。
「さあ、行っておいで。ここから応援しているからさ……」
谷川先輩のそんな言葉が、俺の耳には死刑宣告と同じように冷たく響いた。
どうする呉羽。いっそスタンドのフェンスをよじ登って逃げてしまうか。
× × ×
恨めしそうな顔でスタンドを見ていたから一瞬どうなるものかと思ったけど、あっさりマウンドに行ってくれたから安心した。
場面は1死満塁。1塁から3塁までずらっとランナーが並んでいて、打席には浅黒い化け物がいる。
「さあ、どうする呉羽くん。ここを抑えたらヒーローだよ!」
私はスタンドからマウンドへ届けとばかりに声を張り上げた。
残念ながら相手チームの応援団の音が大きすぎて上手く伝わらなかったみたいだけど、まあいい。こんなの気持ちの問題だ。
当の呉羽くんは3球ほど投球練習をした後、一塁手の赤井くんと二塁手の大東くん、そして外野の水走くんに何やら声をかけていた。
「へえ、ここは三塁手の北口くんと意思疎通すると思ったんだけどなー」
独り言を放ちながら、ポリっと柿の種をいただく。柿の種といえば私はナッツが嫌いなので柿の種だけのお菓子をよく買う。
でもたまに相棒のナッツが居なくて寂しくないかなと思う時もある。
いつまでも独りは辛い。それは両親も同じみたいで、今朝も高校球児なんて追いかけてないでウチの従業員と見合いしろってコンコンと説教されてしまった。クソ親父め。ホークスが負けてるからって機嫌が悪いんだからなあ。なんで今でも南海って呼ぶんだよ。
はてさて、マウンドの呉羽くんはこの難局をどう乗り切るのか。
気になって仕方ないわね、全く。
「あの……お嬢。帰りのバスもあるのに酒飲んでええんかいな……」
「うっさいわねー! だから青柳さんを連れてきたんでしょ!」
「そんな殺生な……お嬢が飲んでんねんからワイも飲みたいやんか……」
こっちのビールを欲してか、青柳さんは口元からよだれを垂らしていた。見た目は阪神の能見さんと岩田さんを足して割ったみたいなイケメンなのに、どうしてこう仕草が汚らしいのだろう。非常にもったいない。
その点、グラウンドを駆ける少年たちは初々しくて可愛らしい。
特に中垣内ナインはみんな鍛え上げられてないから、まだあどけなさが残っていてとってもキュートだ。逆に江袋高のほうはしっかりガッチリしちゃっていてすごく男らしい。まあこれはこれで悪くない。
「そういえば朝陽寺の坂下くんは女の子みたいな顔してて可愛かったなー……うへへ」
「お嬢。そろそろ始まりまっせ」
青柳さんに背中を押されてハッと我に返る。
危ない危ない。純粋な高校野球ファンを標榜する女たる者、欲望は夢洲のゴミ処理場に捨てなければ。
『バッターは――』
『4番・ファースト綿引くん――』
9回表、1死満塁。
打席には例の綿引くんが立つ。
マウンドの呉羽くんはさっきまでの水走くんと違い右投手なので、1塁側の席からは表情を窺えないけど、やはり緊張しているのか、1球目は大きく外れてボールとなった。
「ダメだよー! しっかりー!」
聞こえていないかもしれない。
でも応援してあげなきゃ、きっと彼は1人になってしまう。
ここは味方との連携を――できればサードの北口くんと連携を取らなければ。
「あーなるほど。こりゃ内野は前進守備体制ですわ」
「!?」
盲点だった。私は思わずビールを噴いてしまった。
「お、お嬢!?」
たしかに1死満塁なら守備側はホームでダブルプレーをとりに行く。
特にこんな1点が大事な投手戦なら尚更だ。
二塁手と遊撃手と三塁手がいつもより前進するこのシフトでは、どんな打球でも本塁に投げるため他のランナーを無視することが多い。
「こ、これじゃ牽制死なんてできないじゃないの!」
「……ようわかりませんが、レフトのほうはえらい前進守備でんな」
青柳さんの指摘は正しかった。他の外野が定位置なのに対してレフトの水走くんだけは凄まじい前進守備を敷いていた。右の強打者を相手にしているのに、少し不自然だ。
左に強い打球が来るとは考えないのだろうか。
もしくは『犠牲フライすら防いで1点も取らせない』ために、失敗した場合の大量失点を覚悟の上で大ばくちに出てきたのか。あるいは前進守備の内野を越えた打球をどうにか捕えるつもりなのか。
わからない。
2球目もヘナチョコカーブでボール取られてるし。
わけわかんない。どうしたの呉羽くん。何を考えているの?
ここで綿引くんが打席から外れて、ファウルゾーンで少し大きくスイングをした。威圧感たっぷりのスイング。バットを振ったらボールは飛ぶ、とはこのことを言うんだろうなー。
対する呉羽くんは――マウンド上で帽子を取り、汗をぬぐっていた。まだ2球しか投げてないのに、もう汗だくなんて。
「やっぱ高校生は可愛いわー」
「お嬢! よだれ!」
またもや青柳さんに目を覚ましてもらった。
危ない危ない。やっぱり青春濃度の高いところに来るのは危険だわ。
そうこう言ってる間に綿引くんが打席まで戻ってくる。
そして――苦手のセットポジションから第3球。
内に大きく外れたはずのボールが、くるっと回って中央のミットに収まった。
おお、スライダー。習得できたんだ。
『ストライク!』
判定は黄色。見逃した綿引くんは軽く首元を掻いていた。残念ながら彼の感情は読めない。会ったことがないし、そもそもどんな人なのかも知らない。
だけど、もし私の予想が正しければ、きっと感心してるんじゃないかと思う。
わりと良い球投げるじゃないかって。
「……あっ!」
その感心、いや相手が自分から少なくともストライクを奪えるだけのちゃんとした投手だと理解した、綿引くんのその隙を呉羽くんは突いた。
あるいは他の走者も同じことを考えていたのかもしれない。汗だくでヘナチョコでチビで、明らかに水走くんと比べて格が落ちるはずの投手が良い球を投げた。
そんな判官びいきっぽい感情が彼らの中で隙を生み……アウトを生んだ。
「ま、私の想像だけどねー」
キャッチャーの返球を受け取った呉羽くんの後ろで、密かに全力疾走する男がいた。
本来ならクタクタでボロボロの水走くんだ。
彼は外聞も気にせず走り抜けた――サードまで。
北口くんのいない3塁に、呉羽くんが得意の牽制球を投げつける。
そこに勢いそのまま、ベースへ飛び込んできた水走くん。
パッと牽制球をキャッチして、3塁走者にそのまんまの動きでグローブを当てる。
まさしく荒業だった。
でも、単純に……すごかった。
× × ×
3塁側から大ブーイングが起きる。だが俺は気にしない!
どうだ! 決めてやったぞ!
綿引さんからじゃないけど、相手からアウトを取ってやったぞ!
もしこうなったらと考えておいた必殺技。あらかじめ三塁手の北口に説明しておいたのが功を奏した。
というよりは、セカンドの大東とショートのキャプテンに対して、北口にも聞こえるように大きな声で言ったのが、ちゃんと伝わっていて良かったというべきか。
『牽制は狙わないので、しっかり内野は前進守備でお願いします! 牽制はないです! とにかくホームゲッツーを狙いましょう!』
こう言っておけば、単純な北口はしっかり守備に集中してくれる。
水走とのウルトラCを邪魔されることもない。
なにせ牽制は無いって言ってあるんだから、きっと打球にばかり集中していて、投手の動きなんて気にもしなかったはずだ。
そして案の定、北口は反応しなかった。
共犯の水走には交代の時に軽く伝えておいた。本人は奇抜な作戦に驚いていたけど、わりとあっさり了承してくれた。
ふう……それにしても肝の冷える展開だったなあ。
なにぶん牽制にも条件というものがあって、3塁ランナーがある程度まで塁を離れてくれないとアウトを取るのが難しくなる。いくら多少得意といってもランナーが塁上にいたんじゃアウトにできっこないからね。
3塁ランナーが塁から離れるまで、打席の化物にボールを投げ続けるのは生まれて以来最も大きな苦痛だった。なにせどこに投げても打たれる気しかしない。
1球目と2球目はわざと外せたが、3球目の新球スライダーはコントロールが定まらずストライクゾーンに入ってしまい、どうにか見逃してくれたけど綿引さんがバットを振ってたら確実に場外だったと思う。
まあ良かった良かった。
さて、後は送りバントをしてもらうだけだ。
場面は2死1塁・2塁。
あれ……送りバント……できない!?
『どうします今津先輩! 2アウトじゃ定石通りの送りバントをしてもらえませんよ!?』
『……男なら黙って敬遠しよう』
てっきり1塁・2塁になれば綿引さんは自動でバントしてくれるものだと思い込んでいたので、アウトカウントのことなどまるで考えていなかった。
仕方ない。ここはキャッチャーの指示に従って四球で勘弁してもらおう。
4球目は外に外したストレート。判定はボール。
5球目は内角に逸れるタイプのスライダー。判定はボール――ではなくストライク。なぜか綿引さんはこれを大げさに空振りしてきた。まるで百戦錬磨の大打者が手玉に取られたかのような光景だった。
『……今の球、振るような球ですかね』
『わからないけど、ともかく2ストライク・3ボールだ。何なら三振を狙ってみるかい?』
俺はゴクリと喉を鳴らす。
今津先輩の甘言に思わず乗ってしまいそうになった。危なっかしい。
『いえ、外しましょう。ここはフォアで満塁策が適当です』
『わかった。じゃあ俺も立つよ』
サッと立ち上がり、バッターボックスから大きく外れる今津先輩。
いわゆる敬遠という奴だ。
とにかく何があっても相手に打たせたくないので、捕手には脇に移動してもらって打者からできるだけ遠いところにボールを投げる技術。もちろん判定はボールになる。ストライクゾーンもクソもないからね。
無論、これは非常に目立つタイプの『勝負放棄』であり、俗に言う『敬遠気味の四球』よりも恥ずかしい行為とされる。
プロはともかく特に高校野球においては尚更だ。
「……結果は同じ四球なんだけどなあ」
もはや耳にもしたくないレベルのブーイングがグラウンドの俺たちにぶつけられる。
発生源は主に江袋高サイドだ。驚くべきことに江袋高応援団はブーイングを制止しようとしていたが、やはり体育会系の荒々しい学校だけあって生徒たちの罵声は留まるところを知らない。ついにはウチの監督に向けて「ハゲ」を連呼し始めた。ここまで来ると海外のフーリガンと同じだ。
俺はできるだけ気にしないようにしつつ、立ち上がった今津先輩のミットに向けて遅いボール球を投げ込んだ。
ところがどっこい――そのボールは先輩のミットに届かなかった。
別に俺が過度に力不足だったわけじゃない。ワンバウンドしたわけでもない。
キィン!
グラウンドに鋭く放たれる白球。
外に大きく外したはずのボール球に向けて、彼は歩きながらスイングしてみせた。
ボールはバットの先端に当たったように見えたが、あまりにも巨大な力に懐柔されてしまったのか、あるいはそういう仕様のバットだったのか、打球方向は左だった。
すなわちボールは1つだけ跳ねてから三遊間方面に飛んでいった。
抜けたら間違いなくタイムリーヒットになる打球だった。
しかしながら、綿引さんや江袋高の方々には残念なことに――ウチの野球部には北口がいた。
彼はさっきの前進守備の時から全く守備位置を変えていなかった。おそらくサインも見ずにボケーッとしていたからだ……いつもより若干2塁寄りの守備位置から、反射的にゴロ気味のボールに飛びついた北口は、すぐさまグローブから白球を取り出し、近づいてきたキャプテンにポイッと渡した。
ボールを受け取ったキャプテンは必死の形相で1塁にそれを投げつける。
受け取る赤井も必死だった。
ファンブルの許されない場面で、彼はどうにか綺麗にボールをキャッチしてみせた。
「アウトォ! チェェンジ!」
最後に1塁塁審の方が気合の入った判定を見せ、9回表が終わる。
全力疾走で1塁を目指したものの間に合わなかった綿引さんは――なぜかそのピンク色の唇を優しく『U』の字に折り曲げていた。
彼の目線の先には俺ではなく北口がいて、当の北口本人はそれに気づきもせずに、レフトから飛びかかってきた水走とじゃれ合っている。
そういえば、いつの間にかブーイングが収まってるな……。
× × ×
その裏。
8回まで無安打ピッチングを続けていた相手校の2番手投手・川内さん(3年)に交代が告げられた。
ウチのベンチから見てもまだ余裕のありそうな川内さんだったが、どうもこの采配は北口のファインプレーで波に乗るウチのチームを警戒しての策だったようだ。
なにせ、こっちの攻撃が始まる前から向こうはベンチの前で円陣を組んで「勢いをエースで止める!」「頼むぞ、本永清志郎!」などと叫んでいるもんだから、相手ベンチの意図なんてモロわかりである。
ところでこのエースさん、とっても良い変化球をお持ちなのだが、いかんせんボールが『軽い』のか、灰塚メモどころか野球雑誌にまで『被弾癖を治そう!』と大きく書かれているような方だった。
もっともごくたまに被弾――ホームランを打たれるだけで、基本的にはこれまで3年間のほとんどの試合を9回1失点で抑えてきた凄腕のエースさんである。卒業後の進路についても千葉ロッテから熱烈に勧誘されているそうだから、その実力はプロすらも認めているレベルなのだ。
ただ、いくらプロ級であっても、少なくともこんな1点を取られたくないシーンで投げさせるべき投手ではなかった。
9回裏。
2アウトで打席が回ってきた水走は、彼が投じた渾身のフォークボールを大空高く舞いあげた。
フライ気味のボールはそのままライトスタンドに吸い込まれる。
いつもの低弾道のホームランと違い、ほぼ力だけで無理やり持って行ったような形となった。
かくして投手戦は劇的なサヨナラホームランで幕を閉じる。
でも不思議なもので、この日監督から一番褒められたのは水走ではなく北口だった。
当の水走も北口に惜しみないエールを送っていたが、実際あいつはただボーッとしていただけであってたしかにファインプレーではあったけど――おっといかんいかん。
投手たる者、チームメイトのプレーにケチつけるなんて良くない。
× × ×
今日も今日とてバスから降りて、意気揚々と母校に凱旋していく愛らしい野球少年たち。
すでに季節は夏休みなので、学校に帰ってきても校舎には誰もいなかったりするんだけど、それでも彼らは胸を張って部室へと行進していく。
ただ時折、他の部活の女子生徒が野球部に声をかけていた。
「がんばったねー!」
「おめでとー!」
当然のように顔をニヤけさせる少年たちだけど、悲しいことに女の子たちの目は水走くんにしか向けられていない。そしてそれに気づかない行進中の面々。もっとも呉羽くんと赤井くんだけは「はぁ」とため息をついていた。
「あの……」
私としたことが。
バスの後部座席という名の頂から、遠くの少年たちを観察するのに熱中するあまり、真下にいる女子生徒から声をかけられているのに気づかなかった。
我ながら情けないなー。熱中し過ぎだよ本当に。
「どうしたのかな?」
私は窓から身を乗り出して、真下の少女に手を振ってあげる。
少女の名はたしか氷野朋子ちゃんだったはず。
「あの、失礼を承知で申し上げますが、あなたは俗に言うところのショタコンですか?」
「ははは……ただの高校野球ファンですよー?」
「……だったら良いんです。失礼しました」
そう言って、キャップを片手に校舎に戻っていく氷野ちゃん。
本当に失礼だった。全くもう。酷い扱いなんだから。
でもアレだねー。可愛いね。
彼女のそっけない態度は、かつて私にもあったかもしれない青い春を思い起こさせる。
「お嬢。そろそろ本社に戻りまひょ」
「……ぶっさいくな河内弁で雰囲気を壊さないでよ、青柳さん」
ただまあ、部活内でくっつくのは他の選手の士気に関わるから、やめといたほうが良いと思うけどねー。
準々決勝が終わり、次は準決勝。
その次はいよいよ大阪大会の決勝戦。
能力的にはほとんど水走くんのワンマンチームであるにも関わらず、彼らは甲子園まであと少しというところに来てしまっている。
裏を返せば、水走くんを失えば彼らはきっとまともに戦えなくなる。
ついつい仲が良いから贔屓してしまうけど、正直今の呉羽くんに多くを求めるのは酷だし、他のメンバーだって他校の1軍レベルはせいぜいキャプテンの寺川くんくらい。
水走くんという支柱がいなくなれば、あっさり瓦解してしまうのは目に見えている。
そして、それは彼ら自身が一番よくわかっているはず。
この熱い日照りの中、6試合連続で投げ続けてきた水走くんの体力がどこまでもつか。
「……ここからが正念場だよ、呉羽くん」
何だかんだでやっぱり彼に声をかけてしまう自分がいた。
無論、数百メートル離れた彼から返事が返ってくるはずもなく、私は運転手の青柳さんから奇異の目で見られてしまう。