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4 美女の助けで勝利を掴め! 新たな敵はお祭り男

 1回戦で強豪・私立伏月高校に完勝した俺たち中垣内商業野球部は、続く2回戦においても大和川高校を相手に6対2と圧倒的な勝利を収めた。

 まさかの快進撃を受けて、にわかに注目度を増しつつある俺たちだったが、野球部全員が校内でキャーキャー言われるほどには至らっておらず。

 今のところ女子からの嬌声はたった1人のイケメンにのみ向けられている。

「キャー! ミズハイくーん!」

「がんばってー!」

 部の練習でもクラス合同の体育の授業でも、女子から垣間見されるのは水走ばかり。

 ああ、俺がエースだったならば――なんてことは考えないようにしている。

 もし仮にそうだったとしても、俺の右腕では保田久さんには勝てなかっただろうし、2回戦で戦った大和川の打線を0点に抑えきるような自信だってない。

「そもそも俺はイケメンじゃないしな。はあ」

 ついフッとため息を漏らしてしまうが、他人に嫉妬するなんてのは投手として非常に恥ずかしい行いなので、そんな汚らしい邪念は心の奥底にしまっておく。

 ふと、空を見上げると、大きな蛾が電燈の周りをうろちょろしていた。

 夜も深まってきている。

 明日は試合だというのに、こんな時間まで学校近くに残っていて良いのだろうか。

 良いはずがない。

 しかし、俺にはどうしてもこの場所にいなければならない理由があった。監督に見つかればどんな目に遭うかわからないが、それでもこの約束だけは守らないといけない。

 明日の3回戦に勝つためにも。

 やがて、善根寺方面から自転車のライトが近づいてくる。

「……来たか!」

 待ちわびた相手。

 俺が作戦に使っている『マル秘メモ』をなぜかクール宅急便で寄越してきた人物――ハンドルネーム・ハイヅカ。

 二ヶ月前、有名な高校野球の情報サイトで、名無し連中に雄弁を振るっていた彼女に接近してみたのは、我ながら正解だった。

 現役の野球部員として保田久さん対策が欲しいとメールを送ってみたところ、彼女はすぐに極秘情報をいくつも提供してくれた。

 この『マル秘メモ』はそれら極秘情報の集大成とも言うべきものである。

 大阪府下の強豪野球部の実態について、各部員の趣味に至るまで事細かに記されており、あまりの情報量に水走や氷野はビックリしていた。もちろん俺も驚いた。

「こんばんはーっ!」

 なお、俺はメモの丸っこい文字から当初よりハイヅカを女性とみていたが、案の定彼女は若い女性だった。

 自転車でバス停前に乗りつけてきた彼女は、背丈は俺と同じくらい。

 どことなく年上っぽいお姉さんであり、その胸はとても豊満である。

「こんばんは呉羽道弘くん。お礼を言われに来ましたよ」

「あ、はい。メモとか……ありがとうございました」

 変に格好つけずに頭を下げると、ハイヅカは「いいよいいよ」と何かを促してきた。

 とりあえず顔を上げる。

 うん。やっぱりその胸は豊満だった。

「現実では初めまして、中垣内商業の元エースこと呉羽くん。私のことは灰塚と呼んでね。あれ本名なのよ。灰色の灰にお墓の塚。職業は花の女子高生!」

 かなり嘘っぽい自己紹介だけど、特に触れないでおく。

 正直なところ、俺にはこの人が女子大生にしか見えない。女子の飲み会で「おつかれー」と安っぽいリキュールにジュースを混ぜた液体をぶつけあっているイメージがすごい。

 何というか、氷野と比べて雰囲気が垢抜けすぎている。

「おお。やっぱり良い腕の筋肉してるわ」

 自転車から降りた灰塚さんは指先で俺の左腕を突いてきた。

 一応右投げなんだけどなあ、とは言えない。

 ああ、ダメだ。あれだ。

 俺はいつもナチュラルに格好つけているつもりだったけど、きっとこの灰塚さんは俺の苦手なタイプなんだ。

 だから反論とか、格好つけるのとか、やりにくいんだろう。

 ネット上のやりとりならともかく、大人の女性を相手にまともにお喋りとか色々恥ずかしくて難しいのである。大人のお姉さんは怖い。

「ええと、一応右投げなんです」

 だが投手として、この程度のプレッシャーに敗れてしまっていては話にならない。

 俺はちゃんと右腕で投げる格好をしてやった。

「あ、そうだったね。じゃあこっちの腕のほうがいいのかな? それとも脚?」

 入れ替わり立ち代わり、ユニフォームの上から俺の身体のあちこちを触っていく灰塚さん。

 右腕、お尻、右足、左足……俺は自然と顔が赤くなるのを自覚する。

 やっぱり年上の女性は苦手だ。


     × × ×     


 翌日。いよいよ地方大会の3回戦。

 私立伏月、大和川と強敵を撃破してきた俺たちの次の相手は、淀川の近くに校舎を置く男子校・積雲工業の野球部だ。

 荒々しい校風で知られる彼らを倒し、さらなる高みへと登るべく。豊中ローズ球場に中垣内ナインが集結する。まあ、ナインと言っても補欠を合わせれば15人はいるけど。

「積雲工業といえばラグビーのイメージね。野球のほうはどうなのかしら!」

 着いて早々、さっそく氷野がマネージャーらしく相手校の様子を窺っていた。

『おーい! こっち頼むぜー!』

『うわー投げ過ぎたーっ!』

『バッカじゃねーの!』

 見た目はかなり粗野に見える積雲工業の選手たち。

 不思議とみんながみんな笑顔だった。

 キャッチボールというよりボールで遊んでいる感じだ。

「へえ、楽しそうね」

「本当だな」

「でも強そうには見えないわ。筋力はありそうだけど」

 辛口コメントを飛ばす氷野だったが、僕はそうは思わない。

 今でこそ3塁側ベンチの前でキャッチボールをしたり、ペットボトルでチャンバラして監督に怒られたり――試合前のこの時間を思い思いに過ごしているみたいだけど、灰塚さんからもらった情報が正しければ、フィールドでの彼らは類まれなる団結力を発揮する『チーム』らしい。

 その中心にいるのが、今ちょうどこちらのベンチまで挨拶に来ているキャプテンの玉内さん(3年)。

 ウチのキャプテンともすぐに打ち解けていて、ケラケラと談笑している。とてもコミュニケーション能力の高そうな方だ。二人とも微妙に天然っぽいからウマが合うのかな。

「……で、今回はどうするのよ」

「あ、うん」

 氷野がキャプテン二人に聞こえないようにポソッと話しかけてきた。

 こんな風に女の子から耳元で囁かれると、相手が氷野でも少し緊張してしまう。

 男の悲しい性だ。

「まずは『お祭り男』を止めようと思う」

「それって、玉内さんのことかしら」

 近くでお喋りしている相手チームのキャプテンを指差す氷野。人に指を向けるのは良くないからやめたほうがいいと思うんだけどな。

 とはいえ彼女の答えは正しい。

 俺は冷静に頷いてみせた。

「いや、格好つけなくていいから。ちゃんと教えなさい」

 ワガママな氷野にグローブを奪われる。

 ああ、お母さんにもらった奴なのに!

「後で教えるから。それ返してくれ。まだ磨いてないんだよ」

「いやよ。何なら力づくで取り返してみなさいな」

「子供かよ! もう!」

 氷野とベンチの中で取っ組み合いになる。

 女の子相手だから力はそんなに使わないけど、それにしても俺たちは大事な試合前に一体何をやっているんだろう。

 そのうち体格の差もあってどうにかグローブは返してもらえた。

「……どうせ試合で使うことなんてないのに」

 返してくれたのはいいけど、酷い捨て台詞だった。氷野が「自分なりに勝利に貢献しろ」って言うからこっちは頑張っているのに、酷い扱いだ。


     × × ×     


 ホームベースの前で一列に並び、深々と礼をする。

 こんな時まで、相手チームの面々は総じてニコニコ笑顔だった。

 もはや不気味ですらある。

 いったい何が面白いんだろう。気になるところだ。


『1回表、積雲工業の攻撃は、1番・ライト玉内くん――』


 ウグイス嬢の紹介で相手のキャプテン・玉内さんが打席に向かう。

 筋肉質で引き締まった身体、ピッタリと似合うソックス。

 いかにも外野の華といった選手だ。あの体格ならスタンドに放り込むのも容易いだろうな。

「おー! たまうちー!」

「たまちゃーん!」

 3塁側のベンチと応援席からドワッと歓声が湧いた。

 それも応援というよりは単純に『出てきたことを喜んでいる』かのような雰囲気。

 加えて玉内さんはファンサービスが旺盛なのか、打席から内野の応援席に軽やかに手を振ってみせたものだから、もう声援はどんどん積み重なっていく。

 たかだか200人くらいの観客なのに雰囲気はまるでプロ野球の公式戦だった。

「たまうち! たまうち! かっとばせー! たまうち!」

「いけーやっちまえー!!」

 やがて応援団らしき人たちが音頭を取り、応援歌らしきものを演奏し始めた。

 玉内コールといい、まるで俺たちの空っぽ応援席とは別世界だ。

「うわあ、さすが男子校やな。みんな仲良さそうやわ!」

 ウチの鴻池監督も感心している。

 それくらい、球場は良い雰囲気になってしまっていた。

 相手チームも俄然盛り上がってきている。

 逆に対戦相手である俺たちからしてみれば非常にやりにくい状態だ。

 そりゃマウンドの水走の実力を考えれば、おそらく玉内さん以外を打ち取ることは簡単だろう。なにせ積雲高校はここ17年間、ずっと1回戦負けしてきた高校だ。

 この夏は勢いで勝ちあがってきたみたいだけど、元々の実力は俺たちとドッコイといったところだと思う。

 ただその勢いは、一度火がつけば留まるところを知らない。

『呉羽くん、お祭り男が着火点だよ』

『勝ちたければ玉内くんを冷やしておくこと!』

「うーん……」

 灰塚さんのマル秘メモに追加された丸っこい文字が俺を悩ませる。

 お祭り男を止める方法。

 この生暖かいアウェーの雰囲気を叩き壊す方法。

「……難しいなあ」

 思わずため息が漏れる。

 俺としても、色々考えてはいるのだ。

 例えば故意四球。全打席敬遠してやれば相手も少しは落ち着くかもしれない。

 だが、一歩間違えば盗塁とかで盛り上がってしまうかもしれない。

 このあたりのバランスが難しい。

 そもそも俺はあの玉内さんという人間をよく知らないから、彼の『お祭り』を止める方法を見極めるなんて到底できそうにない話だ。

 向こうのチームにしても、ああいう手合いはどんな出来事でも『ネタ』に変えてしまうから、並大抵の作戦ではテンションを下げられない気がする。

「はあ。何となく察したというか、そのメモをチラ見させてもらったけど、相変わらずしょうもないわねえ……」

 氷野がわかりやすくため息をついてきた。

「そう言うな。何もしないで勝てるならいいが、もし勢いに押されることがあったら大変だ」

「あら、あのミズハイくんがそんなタマかしら?」

 氷野はクスッと笑う。

 その背後で打席の玉内さんをきっちり見逃し三振に仕留めた水走が似たような笑みを見せていて、俺はどう表現したらいいのかわからない焦燥感に駆られてしまう。

 しかし投手としてそんな動揺を表情に出すのはよろしくないので、ひとまずお尻の穴に力を入れて堪えることにした。

 ポーカーフェイスは俺の憧れる投手像の1つなのだ。


     × × ×     


 前日の夜。

 灰塚さんに請われて学校近くの中華料理屋「ハザラジャート」に入店した俺は、マル秘メモの情報料として彼女に麻婆豆腐とラーメンその他を奢ることになった。

 グラウンドの帝王である投手たる者、多少の金銭的損失にいちいち文句を言うべきではないが、この調子だと数日後には財布の中身が空っぽになってしまいそうだ。うわあ、昼飯どうしよう。

「いい、呉羽くん。君のカーブはコントロールがまるでダメだから、どうにかしなきゃだよ」

 はあ……文句は控えるけど、道に1万円とか落ちてないかなあ。

「聞いてる?」

「あ、すみません。俺の変化球ですか」

「そう。あれでは全国には到底出られないから、今のうちに進化させないと!」

 リーズナブルな北京ダックを片手に、俺の持ち球について熱く語る灰塚さん。

 彼女はネット上でよく持論を披露するだけあって、野球に関しては一家言あるつもりのようだ。技術面についてはどことなくゲーム由来の知識が散見される部分もあるけど、マル秘メモの内容からもわかるとおり日々色んな高校の野球部を回っていらっしゃるようなので『相対的な評価』については十分に信頼できる気がする。

 要するに彼女はすごく詳しい(それでいて口うるさい)素人の野球ファンなのだ。

「ところで、俺の投げてる姿なんていつ見たんです?」

「わりと何度も見てるよー。いつ中垣内に来ても呉羽くんは投げてるから、見るたびにカーブさえ良ければなあって思ってたんだ。こうして出会えたことで伝えられて、なんか新鮮かもね」

 そう言って灰塚さんはちゅーっとジュースをすする。

「……水走のことはどう思いますか?」

「ダメだよ。投手たるもの格好つけないといけないんでしょ。前に足の速い子に演説してたじゃん。だったら、呉羽くんはそんな弱気な顔しないで堂々としてなきゃ。あなたにとってのいつもはどんな感じなのかな」

 彼女に右の頬を人差し指で突かれた。

 ならば俺は左の頬を突くべきなのか――セクハラで捕まりそうだなあ。

「じゃあ……灰塚は水走有也をどう思うんだ?」

 ここで俺にできたのは、せいぜい顔を真っ赤にしながらも、いつものように格好つけることくらいだった。

「ははは。言ってることは変わってないじゃん。まあ良いよ。そうだね……水走有也はまさに規格外の存在といったところかな。私も大阪中の学校を回ってるけど、あんなレベルのピッチャーはどこにもいないしさ」

 灰塚さん曰く、球速でトップなのは伏月の保田久さんだが、変化球の使い方とコマンド能力に関しては今大会で水走に勝てる投手はいないとのことだった。

 加えてあんな甘いマスクをしているのだから、きっと将来は球界を背負って立つスターになるだろうとも。

「……ま、怪我が再発しなきゃだけどねー」

 灰塚さんは北京ダックを飲み込み、次に麻婆豆腐に手をつける。

 ここの店の麻婆は辛いことで有名なので、さぞかしヒーヒー言ってくれるのかと思えば、意外にも彼女は顔を赤くする程度で耐えてみせた。ただ水だけはガブガブ飲んでいた。

 水走の左腕は一度壊れている。

 以前当人が語ってくれた話によれば、ボーイズリーグに所属していた中学3年生の秋、これからどの強豪校に行こうか迷っていた頃に『肘が引きちぎれそうな激痛』を味わったらしい。

 原因は投げ過ぎだった。

「あまりにも秀でた能力を持っていたがゆえに、いついかなる時もマウンドに居た王子様は、銀色のボールを投げ過ぎて破産しちゃった。可愛い魔法のおかげで債務整理できたみたいだけど、いつかまた破産しちゃうかも……なんてね。少女趣味が過ぎるかな」

「つまり、俺の出番があるって言いたいのか」

「もちろん練習あるのみだよー」

 灰塚さんは麻婆豆腐で顔を赤くしながら笑う。

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