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3 剛腕攻略! ヘッスラと“口”撃が呼んだ勝利

 クソッ。どうして俺がこんな中垣内なんて無名校に追い詰められてるんだ。

 渾身の157キロを投げたらバットにすら当たらない連中だぞ。4番エースの水走とかいうクソ野郎はともかく、他には2番がすっぽ抜けを打っただけじゃねえか。あとは1番の足の速い奴が何度か粘りやがったが、それでも俺の優位は変わらないはずだ。

 そもそもこんなクソみたいな学校、控えの金田にでも投げさせときゃ良いんだ。

 それがなんだ、相手のエースがこっちを抑えまくって、逆に俺が追い詰められてる?

 冗談じゃねえ。だいたい俺は悪くねえ。

 すっぽ抜けをヒットにされたのはともかく! 他は捕手の大宮山の配球が悪いんだ。

 俺はいっぱい練習してきたのに、打たれないために人一倍練習してきたのに。

 他のバカどもが、どうして俺の足を引っ張りやがるんだよ!

 クソが! 殺すぞバカ野郎!

「……くふふ。良いなあ、そのアホな顔!」

「なんだとぉ!?」

「コラーッ!」

 相手打者の大声での挑発行為に、アンパイアから注意が入る。

 ふん。当たり前だ。

 自業自得、せいぜい心証を悪くしてストライクゾーンを広げるがいい。

「まさしく一人相撲だね、本当に」

 今度は大声じゃなかったが、口の動きで何を言っているのかだいたい理解できた。

 あの背の低い打者。赤井とか言ったか。

 絶対に空振り三振に仕留めてやる。

「……オラァ!」

 俺は全身全霊の力をボールに込め、直球を内角低め目がけて突き刺してやった。

 大げさによろめいて見せるバッターだが……判定はストライク。

 ざまあ見ろ。

『……久先輩! 次はチェンジアップでタイミングを外しましょう!』

 大宮山の指示。知るかよ。お前の指示は信用できねえ。

 さっき水走とかいう目つきの悪い奴が四球で歩いたのもお前のせいだろ。あいつ、打席から1塁に行く時、お前にペコって頭下げてたじゃねえか。

 理屈は知らねえがそういう約束があったんだろ。

「わかってんだよ!」

 2球目も低めにストレートをブチ込んでやった。

 ギリギリだったが判定はストライク。神はまだ俺を見捨てていないらしい。

「……次だ! 次で決めてやるよ、保田久!」

「はん! バカを言え! 追い詰められているのはお前だろうが!」

 チビに言い返す。

 1年のくせに生意気な奴だ。ブチ当ててやりてえ。

「2人とも、それ以上続けるようなら退場してもらうぞ」

 アンパイアに制止される。

 クソッ。こっちの心証まで悪くなっちまったじゃねえか!

 今日は全てが上手くいかねえ。

 なんだよクソ。クソ!

『……久先輩、決め球ですよ!』

 大宮山の指示。仕方ねえ。乗ってやる。打たれたら責任取れよ。

 外角低めのチェンジアップ。

 速球に慣れてきたアイツにバットを空振りさせて終わりだ。

 そうだ、終わりにしてやる!

「残念! チェンジアップならオレでも当てられるんだよねえ!」

 投げ終わってから、俺は女々しくも「うわあああ」と悲鳴を上げてしまった。

 相手打者はまるでボールに飛びかかるかのように――バントを決めてきた。

 これは……スクイズだ!

 速球にあまり慣れていないこいつらは俺の速いボールを生物的に怖がっていたようだが、速球に比べて遅くなるチェンジアップは連中にとって格好の獲物。たとえ打てなくてもバントなら容易いというわけだ! クソ!

 赤井はボールをコツンと地面に落としてきた。

「ああっ、あああああ!」

 俺は全てが終わったかのような幻覚を見た。

 だが赤井はあまりにも……ボールの勢いを殺し過ぎた。

 ボールはどこにも転がらず、本当にポトリと落ちたままになった。

「よし! セカンド!」

 マスクを外した大宮山が一塁線上でボールを拾い、2塁に投げる。

 3塁から本塁に向けてあの足の速い走者(深野)が走ってきているのにいったい何を考えているのかと思いきや、どうやらゲッツーを取るつもりらしい。

 なるほど、2・4・3のダブルプレー。

 それなら点を取られずに済む上、スリーアウトで相手の攻撃も終わらせることが出来る。すでにトップスピードの3塁走者はフォースプレーながらアウトにできるかわからない勢い(先にホームを踏めるかわからない)なのでホームゲッツーは諦めたということだろう。

 いわば第二の一石二鳥だが……俺は守備陣を信用できない。

 案の定、大宮山は強く投げ過ぎた。

「任せろ!」

 だがショートの栗田が上手くカバーしてくれる。そして2塁上のセカンドにボールを渡し、ひとまず1アウト。

 そこからセカンドの江島は1塁にボールを投げた。

 これが決まればスリーアウト・チェンジだ。

 なんだ、ウチの守備陣も結構やるじゃないか――。

「……残念だったね」

「!?」

 ボールを受け取ったファーストの手塚が1塁ベースを踏んだ時、打者走者・赤井はすでに1塁ベースにタッチしていた。

 ヘッドスライディング。判定はセーフ。

 手塚はバントの打球を取るために前進していたが、捕手の大宮山がボールを拾ったので、相手に得点を与えないための安全策から本塁上で相手三塁走者をアウトにさせると勝手に予想していたようだった。

 だから1塁に戻るのが遅くなった。

 2塁からボールを受け取った時、ベースからまだ距離のあった手塚はバッターランナーにタッチしようとも試みたが、身長182センチの手塚に対して打者はおそらく150センチ程度。

 大人と子供ほどの差があり、容易にタッチできなかった。

 だから1塁でアウトにできなかった。

 誰のせいだ?

 誰のせいで1点取られたんだ、俺は。

 俺のせいなのか?

「……大宮山ッ……大宮山!!!」

「うわあ、何ですか先輩!! ちょっと!! うわ!!」

 一瞬ひっぱたいてやろうと思ったが、辞めた。

 この1点はこいつのせいだ。大宮山が調子に乗って変なゲッツーを狙ったから1点を取られた。そういうことだ。

 さっきはこいつの配球に乗ってやったが、あれも失敗だった。

 ならば。ここから先は俺だけで投げてやる。

 やれないことはない。全員を三振に抑えれば良い。何ならあの水走って奴からホームランを打ってやってもいい。二本打てば勝てる。

 有名な言葉にもあるように野球は独りでも出来るんだ。

 もう誰も信用しねえ。


     × × ×     


 試合はあっけなく終わった。

 捕逸に次ぐ捕逸。もう見てられないくらいに荒れた投球を捕手の大宮山さんは一生懸命受け取ろうとしたが、聞く耳を持たない保田久さんは平均150キロの凶器を彼に向けて投げ続けた。

「何だか気が晴れないわ……すごく重たい試合だった……」

 試合後、氷野は落ち込んだ様子だった。

 俺としてもメンタル攻めは良くないとあらためて思った。

 せっかくのチーム初勝利がまるで台無しだ。

 他のチームメイトは『あの伏月に大差で勝った!』と楽しそうにはしゃいでいたが、いかんせん勝利の立役者である水走自身が若干ブルーな表情をしていたため、ある程度しか騒げないみたいだった。

「……プロ候補の投手を打ち崩すには、あの方法しかなかったのかな」

 はしゃぐチームメイトから抜け出してきた水走が、1人で格好つけて歩く俺にポソッと話しかけてくる。

「……お疲れだな」

「ああ、うん。呉羽くんの出番は無かったね」

「その代わりいろんな意味で試合をブチ壊してしまったよ」

 今日の水走は9回2失点。

 被安打はゼロなので、2失点は味方のエラー絡みだ。

 しかし水走はそんなチームメイトの稚拙な守備をまるで責めたりしなかった。

 それは単に試合に勝てたから、という理由だけではないように思える。

「呉羽くんは悪くないさ。たまにはそういう試合もある。清々しいドラマもあれば苦々しいドラマもあるように、野球が筋書きのないドラマと言われる限りは『悲劇』だってあるんだよ」

「……お前は本当に野球が好きなんだな」

 俺の言葉に、水走は弾けるような笑顔で「もちろん」と答えた。

 夕焼けの逆光も相まって、俺には彼がまぶしく見えた。

「そうだな。だったら、今度からはもっと楽しい野球をやろうか」

 せめて胸を張って球場から帰ることの出来る試合がしたい。

 そんな俺の提案に、水走はどうしてだか首を振る。

「いや、呉羽くんはそれでいいんだよ……君は貪欲に勝利を狙うべきだ」

「なぜだ。俺も今日みたいな試合はだな……」

「同じような人間が2人いてもつまらないんだ。君にはチームの一員である以上に僕のライバルであって欲しい。相対する存在であってほしいんだよ。単純に仲良くなる、合わせるだけが全てじゃない」

「……よくわからん」

「わからなくて結構。でも忘れないでほしい。僕は氷野さんを手に入れる。君はそれを嫌がっている。エースの座を奪われた君は、こっちだけは守らなくちゃいけない。もしくはどっちも奪い返すんだ」

 いまいち意図がつかめないが、要するに「僕のところまで登って来い」ってことなんだろうか。

 いやいや。無理ですから。

「じゃあ、呉羽くんは僕の引き立て役になりたいのかい?」

「それは嫌な言い方だな……」

「……そうだね。ごめん」

 水走は一転してペコリと頭を下げてきた。

 長身に頭を下げられるとなかなか迫力があってビックリする。

「と、とにかく。別に勝つのを諦めたりはしないけどな、作戦を使うとしても胸を張れない試合はしないようにするぞ。このままだと寝つきも悪い!」

「そうだね……やっぱり今日みたいなのは気分が悪いもんね。そうしよう」

 水走はわずかに笑みを見せる。


「おい、てめえら」


 恐ろしく低い声。

 驚いた。豆腐屋の軽トラでも近づいてきたのかと思いきや、やってきたのは保田久さんだった。ユニフォームを着ていても、とても高校球児には見えない身体だ。

 伏月高校のエースは疲弊した巨躯を左右に揺すり、おもむろにファイティングポーズを取り始める。その目はギラついている。

 きっと敗北の責任を押し付ける相手が身近にいなくなったのだろう。現に試合帰りであるにも関わらず、彼の周りには誰もいない。

 たぶん、彼はメンタルで攻めてきた俺たちに怒りをぶつけてくるつもりだ。

 そういえば『疑心暗鬼に陥った人間は小さな雨粒にさえ恨みを持つ』とは俺の父さんの言葉だったか。

 今の保田久さんはそんな雰囲気だった。

「……あの4回表」

 不意に俺の隣にいた水走が口を開く。

「ファーストの守備はたしかに遅れていました。でもそれくらいは許容範囲のはずです」

「ふざけるな。あれのせいで俺は調子を崩したんだ。あの1点で!」

「……ではあの時、なぜあなたはマウンドからファーストに走らなかったのですか?」

「!?」

 保田久さんの目が丸くなった。

 なるほど。たしかにファーストがあれだけ前進していたなら、状況にもよるけどピッチャーは1塁のカバーを想定するべきだ。

 もしファーストの手塚さんが赤井の放ったバントの球を捕球していたならば、おそらく彼はオーソドックスに本塁に投げただろう。しかしそれは可能性の問題であって、もしかすると振り返って大宮山さんと同じくセカンドに投げたかもしれない。ゲッツーを狙ったかもしれない。

 野球は筋書きのないドラマだ。

 いつにかなる時も万全の事態に備えるため、やることはやっておくべきだろう。

「保田久さん。あなたが急いで1塁に入っていればゲッツーは取れた。あの1点はあなたの責任でもあるんです」

「そんな、バカなことを!」

「素直に認めたらどうですか。野球は9人でやるスポーツです。連携の取れない今のあなたは率直に申し上げて野球に向いていないんですよ。そりゃパスボールで負けたのはショックだったでしょうが、だからといって自分にだけ責任がないと逃げるのはおかしい!」

「え、偉そうに! 俺じゃない癖になんだ! あの試合はもっと……」

「あの試合だって、そもそもあなたが最終回に四球でランナーを出してなかったら勝ってたでしょう。でもすっぽぬけた以上はしょうがないんですよ。みんな完璧じゃないんだから! あなたも! 僕も! 同じ投手だからわかりますよ!」

「…………クソッ。バカにしやがってよぉ!」

「バカになんかしてません!」

「クソがぁ!」

 保田久さんは小さく悪態をついて、近くのゴミ箱を蹴り上げ――そのまま1人で帰っていった。

 彼は3年生だ。彼の甲子園は今日で終わってしまった。

 あれほどの実力だから、たぶんプロ入りの声はかかるだろうけど、最後まで反省しなかった彼がプロで通用するかどうかは正直未知数だ。

 あのまま成長して一人相撲で勝てるだけの大投手になるか。

 あるいはどこか協調性を取り戻すのか。

 身体能力上、あまり甘い未来のない俺としては「恵まれた奴なんてどうでもいい」と言ってしまえばそうだし、対戦した相手として頑張って欲しいかといえば――ちょっぴりそう思ってしまったりもする。

「しかし図体の割にみみっちい奴だったな」

 赤井がポソッと呟いた言葉に、チーム全員が柔和な表情になる。

 口は悪いけど、たまに真理を突いてくるから憎めない。

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