エピローグ
× × ×
夢破れて賛歌あり。
球場のスピーカーから流される『フォッサマグナ校歌』を耳にしながら、俺たちはベンチを片付けていた。
なにぶん全国に上がれたのが奇跡みたいなものだったので「負けてしまっても仕方ない」という気分ではあった。他のみんなもそんな感じだったのだけど、時間が経つにつれて鼻をすするような雑音は聞こえてくる。
特に最終回に登板した三住先輩は、フォッサマグナの内山さんにサヨナラホームランを打たれてから、ずっと俯き続けている。
そんな先輩に、赤井が「8点も取られた呉羽に責任がありますよ」と珍しく慰めにかかると、近くにいた水走がポツリと「投げられない方がダメだよ」なんて口にしてしまい、球場の通路内は非常に居たたまれない空気になった。
みんなが黙ったので、氷野が聴いているラジオの音がこちらまで伝わってくる。
どうやら一塁側の通路ではフォッサマグナの選手にインタビューが行われているらしい。
『いやあ。すばらしい試合でしたね、河井監督!』
『そうですかね。まあ選手たちは頑張ってくれましたよ』
『エースのスネル祐作投手が10失点完投しましたが、やはりエースに試合を任せると』
『いえ。ただ初戦から投手をつぎ込みたくなかっただけです』
きっぱりと答える、フォッサマグナの河井監督。
そうか。相手は2回戦以降を見据えて投手を代えてこなかったのか。むざむざ弟の怜史さんまで疲れさせる必要はないだろうと。
こっちが「流れ」に一喜一憂していたのに対して、相手は動じずドッシリ構えていたわけだ。
なんだかどうしようもない徒労感に襲われてしまう。
ウチみたいに策を弄さずとも、ただただ勝利できる自信があるからこそ戦況を長い目で見られるのだろう。俺は実力というものを突きつけられたようで、やはり負けて当然との念に苛まれてしまう。
『続いて完投したスネル祐作さん。今日は大変でしたね』
『本当に大変でした。弟にマウンドに来てもらわなければ負けていたかもしれません』
『あの時、弟の怜史さんからは何を言われましたか?』
『ポッと出だからって相手を舐めるなよと……あれで吹っ切れましたね。別に力を抜いていたわけではなかったんですが、今の自分の力だけで勝とうとしていましたから』
『なるほど。水走選手に投じた最後のボールは、今日唯一のチェンジアップでしたね』
『まだまだ使える球ではないですが、あの時はあれしかありませんでした』
祐作さんのインタビューからはいくつか読み取れることがあった。
まず彼はウチを舐めていた。だからこそ力を抜かずとも、あるいは多少なりとも抜きつつも自らの実力を「弱いチームに」見せつけようとしていた。
そして、その高慢な態度を俺たちは壊すことができた。ラストシーンでは祐作さんは実力以上のパワーで水走に立ち向かったのだ。ガチンコで戦ってくれたのだ。
それだけで、ちょっとは報われるような気もするけど……やっぱり勝ちたかったなあ。
「ああああ! もう辛気臭いわね。シャキッとしなさいよ!」
氷野はラジオを切ると、こちらの背中をパンと叩いてくる。
さすがに俺も反抗させてもらう。
「今くらいは気落ちさせてくれよ! 試合に負けたんだから!」
「いいえダメよ。だってあんた、冷静に考えてもみなさいよ」
「何を考えるんだよ」
「あのね……今はあんたがエースかもしれないけど、こうやって甲子園に来たとなれば、ウチの学校が中学球児たちの『憧れの学校』になっちゃうのよ。となれば来年にはあんたよりも良い球を投げる投手がいっぱい入ってきちゃうじゃない!」
「戦力が上がってありがたいじゃないか」
「ベンチ入りさえできなかったらどうするのよ! スタンドで応援したいの?」
そんな氷野の言葉に他のチームメイトからも不安の声が上がり始める。
たしかに今のウチだからこそベンチ入りできているのは否定できない。強豪校なら北口なんて即行スタンド送りになるはずだ。
この中で来年もスタメンで出られそうなのはキャプテンと水走くらいかもしれない。その時に俺はどうなっているのか。
「……バカだな。ただ基本に立ち返るだけじゃないか」
「何をするつもりなのよ」
そんなの決まっている。
「ひたすらに練習だよ」
ここまでの戦いを糧にするためにも、来年も投手であり続けるためにも。
――そして来年に立てるであろう作戦の幅を広げるためにも。
投手たる者の生き様はまだまだ終わらないのである。




