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延長戦! 君は河井継之助を知っているか!


     × × ×     


 1回から2回まで、こちらのスローボールを打ちあぐねていたフォッサマグナ打線だったが、その後の3回・4回・5回・6回・7回にも点を取れなかったのは、ただ彼らにツキがなかったからだ。

 明らかに抜けそうな打球を北口が拾ったり、大東が拾ったり、ホームラン性の当たりが失速してしまったり。それこそ3回のようにすっぽ抜けをミスショットしたり。

 こういう「流れ」を保つためには大切なことがある。

 こちらがミスをしないこと。

 なぜなら「流れ」とは(侮ってはいけないが)オカルトであり、フォッサマグナからしてみれば「自分たちだけ上手くいかない」という外からのオカルトパワーによるものなのだ。

 その前提が崩れてしまえば、もう今までの「流れ」は信じられなくなる。

 では、はたして、6回表の今津先輩のダブルプレーがその「流れを変えるようなミス」になってしまうのか……それは誰にもわからない。わからないからこそオカルトなのだ。


『8回裏、フォッサマグナ高校の攻撃は――』

『5番、サード井上くん――』


 右打席近くで力強いスイングをしているのは井上さん。あの3回裏にホームゲッツーを打ってくれた人だ。ルーチンをきっちり守っているのは平常心を保っているからだろうか。

 井上さんとは、これで4打席目の対決となる。

 未だ無失点なのに4巡目というのも恥ずかしい話だけど、ほとんど毎回のようにヒットを打たれているから仕方ない。ただし井上さんについては今まで全て抑えてきた。どれもラッキーだったけど、2度の好機を抑えたのは俺にとって良い材料になると信じたい。

 ちょうど130球目のボールをミットに向けて投じる。

 初球のサインは外のスライダーだった。外に外れていったボールを井上さんのバットが追いかける。そして、あろうことか追いついてしまう。まずい!

「くそっ!」

 ファースト・赤井の後方に飛んでいった打球に、つい声を出してしまった。

 ライト前の流し打ち。これまで抑えられてきたぶん、井上さんは大きな当たりを捨ててヒットを狙ってきたようだ。

 というより、フォッサマグナ全体が「つなぎ」に切り替えたみたいだった。

 後続の打者もこちらのストレートをことごとく右打ち。ただのポテンのゴロに終わる人もいたが、ランナーはしっかりと進められ……あっというまに二死二・三塁となる。

 ここで迎えるは9番のスネル祐作さん。

 打つ方は好きではないようでこれまで3打席とも凡退している。地方大会でもノーヒットだったらしい。となると、相手ベンチはどう出てくるか。


『9番、ピッチャー、スネル祐作くん――』


 よし。代えてこない。さすがに2失点のエースを代えたりしないか。

 フォッサマグナには双子の怜史さんも控えているから、代打の可能性も十分あったのだけど、ここはラッキーな方に向いてくれた。

 よしよし。まだ「流れ」はこっちにあるかもしれないぞ。

 ベンチに目を向けると、氷野と末広が小さくガッツポーズしていた。

 彼らを心から安心させるためにも打席のスネル祐作さんを抑えないといけない。あるいはここで牽制アウトを取れたら、本当に「流れ」を取り戻せるかもしれないな。

 ともあれ、まずは1球。

「ストライク!」

 スネル祐作さんはアウトローのストレートを見逃してくれた。

 この大チャンスにも顔色ひとつ変えていないあたり、あまり勝ちにはこだわっていないのかも……いや、そんなはずはない。だってこの人も投手なんだから。だから少しでも侮ってはいけない。

「ストライク・ツー!」

「ボール!」

 きちんと1球外して、いよいよ俺は勝負球を投じる。

 水走から教えてもらったスライダー。さっきは追いつかれたけど、打つのが上手くない祐作さんならスイングを取れるかもしれない。

 ムリなら、インハイのストレートで仕留めたらいい。たぶん、いける。

 ちなみにキャッチャーのサインはカーブだった。

『カーブでいこう。落ちる球のほうがいい気がする』

『あんなションベンカーブでは粘られませんか』

『だったら、スライダーかな』

 こうしてバッテリーの決は採られた。

 アウトローに構えられた今津先輩のミットめがけて、全力の143球目を投じる。

 すると、どういうわけか、白いものが、俺の足元をくぐり抜けていった。

「あっ」

 慌ててグローブを出しても、もう遅い。

 スピンのかかったボールは二遊間を抜けて、センターの芝生を巻き込んでいった。

 センター前ヒット。2アウトなのでランナーはラン・エンド・ヒット、ボールが飛んだらすぐにも走り出している。いくらセンター・深野の球拾いが上手くても、1人目の生還を阻止することはできなかった。そして2人目のランナーにもバックホームは間に合わない。

 2対2。まだ同点といえばそうかもしれない。

 しかしフォッサマグナの『ガトリング砲』は1門だけではないのだ。

 ネクストサークルからバッターボックスに入ってくる1番の天谷さん、そして同点劇に盛り上がっているベンチから次々と出てくるであろう他のバッターたち。

 彼らの砲口はこちらに向けられている。2点入って二死一塁だろうと関係がない。きっと打たれる。投手たる者の本能がそうささやいている。まずい。ガチでまずい。

 俺は無性にレフトの水走に助けを求めたくなってきた。あいつなら何か良い手を持っていそうだ。しかし、あっちを向いたら、なんか投手として死んでしまいそうな気もする。

 だったら自分らしく小手先の技で……いや、もはやスライダーと牽制球だけで押し返せるような雰囲気ではない。なんか、もうスタンドからして呑まれたような……。

 そんな俺の姿を見かねてか、ベンチから末広が飛んできた。

「ここは呉羽に任せるってさ」

「なんでだよ!」

「いや、だって他には三住さんしかいないんだぞ。水走は投げられないんだから」

 だからってこんな役を押しつけてくれるなよ。

 そんな風に考えそうになって――すぐにそれではいけないと気づけた。

 いかんいかん。投手たる者が「押しつけられた」なんて。そうじゃない。マウンドを勝ち取ったと考えなくちゃ。ルール上、マウンドには一人しか立てないのだから、その場にいることを光栄に思えないようでは、もう投手……いや投手論ではなく自分の理想とする生き方に対して太刀打ちできなくなってしまう。

 よく氷野は「中二病」とか「坂下さんみたい」とか言ってくるけど、でも格好良く生きたいのはみんなも同じはずだ。ただ俺の場合はその理想が高いだけであって、それに従うならば、ここはもうこれ以上、点を与えずに終わらせないと格好良くない。

 俺はひとつ、息を吐いて、

「……来いよフォッサマグナ、かかってきやがれ!」

「おいおい、何を言い出すんだよ……まあ、その調子なら大丈夫そうだな」

 なぜか生易しい目をしている末広をシッシと追い払い、キャプテンの「しまっていこう!」に笑みを返す。

 さあ、いよいよ正念場だ。己の全力で抑えてやる。

 投手たる者の生き様を見せつけてやる!


『バッターは――』

『1番、ショート天谷くん――』

『2番、セカンド小室くん――』

『3番、ライト内山くん――』

『4番、センター新久くん――』

『5番、サード井上くん――』

『6番、ファースト江川くん――』

『7番、キャッチャー上村くん――』

『8番、レフト石川くん――』

『9番、ピッチャー、スネル祐作くん――』


 まあ、全力を出したところで、もう俺の体力では120キロも出せないわけで。

 めちゃくちゃタイムリー打たれた。


     × × ×     


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