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10 脅威! 誰よりも君が好きだ!


     * * *     


 もはや聞き慣れてしまった、試合終了を告げるサイレン。

 教え子たちの整列もすっかり手慣れた感じになってしまっている。

「ありがとうございました!」

 お互いの健闘を称え、合わせて頭を下げる生徒たち。

 号泣するPMC学園の面々とは打って変わって、大東(4エラー)・北口(2エラー)たち教え子連中の表情は晴れやかだ。あとで監督として叱ってやらねばなるまい。

 一方で最後まで投げ抜いた水走は腕を庇うような素振りを見せており予断を許さない。

 彼の働きのおかげで、我ら中垣内商業は2回戦の大和川戦、4回戦の聖徳戦に続いて、準決勝で戦ったPMC学園も特に問題なくあっさりと倒すことができた。

 逆に言えば、彼がいなければ多分勝てなかっただろう。

 なにせウチには他にキャプテンの寺川ぐらいしかまともな選手がいないのだから。

 かといって水走に過度の負担を強いるのは彼の将来のためにもよくない。

 しかし……投打の立役者とも言える水走有也をこのタイミングで失ってしまうのはあまりにも惜しい。呉羽が色々と立ててきてくれた作戦も全て水の泡になってしまう。他の連中の努力だってそうだ。

 一応、選手たちとも相談してみたが、話しかけた奴らはみんな「あと1試合だけ頑張ってもらおう」と言っていた。

 あと1試合勝てば甲子園にいける。

 それは水走もわかっているはずだ……と。

 監督として、一人の野球人として、判断の難しいところだ。

 さすがに「好きにせえや」とは言えない。

 ちなみに試合は弱小校の躍進としてテレビでも取り上げてもらえたが、残念ながら画面に映るのは水走ばかりで、他のアホどもはアテの漬物みたいな扱いだった。

 どこまでも水走頼みの我がチームが次に戦うのは強豪・千里大学第一高校。

 今大会におけるナンバーワン注目校だ。

(鴻池監督の日誌より抜粋)


     * * *     


 読者諸兄は阪急電車に乗ったことがあるだろうか。

 古参の「ブレーブスファン」として名を鳴らす筆者は、かつて幾度となく神戸線に乗り込み、ブラスバンドの演奏される西宮球場で大いに騒いだものだが、一方で近畿圏に縁のない諸兄には想像のつかない鉄道かもしれない。

 阪急電鉄千里線――千大前駅。

 関西の私立大学トップ4校において筆頭の座を自称している千里大学のお膝元であり、同時に全国でも屈指の野球強豪校・千里大学第一高校の生徒たちが利用する駅でもある。

 そんな当駅が最近、若い女性であふれているらしい。もちろん千里大学の女学生のことではない。余所からどんどん集まってくるそうだ。

 ガールハント好きの筆者はさっそく駅に入り込んでみた。

 情報によれば、若い女性たちが集まってくるのは朝の6時と夜の21時とのことだったので、ワンカップを手に持っていても問題のない21時を選ぶ。

 するとぞろぞろ、ぞろぞろと女たちがプラットホームで時間をつぶし始めたではないか。さっそく話しかけてみると、どうやら彼女たちは『誰よりも君が好きだ』というアイドル4人組の出待ちをしているらしい。

 やがて21時がやってきた。

「キャーッ! イケメン4人組よーッ!」

 そんなファンファーレと共に階段を下りてくるユニフォーム姿の男子たち。腐っても野球雑誌の編集者である筆者はあまりの事実に驚愕した。

 ここに集う女たちは、なんと千里第一投手陣の追っかけだったのだ。

 1番手投手・垂野甲助くん(3年)。タレノ。

 2番手投手・依本史郎くん(3年)。ヨリモト。

 3番手投手・君沢忠邦くん(3年)。キミサワ。

 4番手投手・鋤田虫太くん(3年)。スキタ。

 合わせて『誰よりも君が好きだ』となるらしい。なるほど面白い。

 全員がアイドル雑誌でも騒がれそうなイケメンである。加えてそれぞれが即戦力級の投手だというから、どうやら神は二物を与えてしまうようだ。

 この人気ぶりにプロ関係者も女性ファンの増加を見越して囲い込みを図っているそうだが、本人たちはそろって千里大学への進学を希望している。どうやら今年のドラフトの目玉は江袋高の綿引(3年)、伏月の保田(3年)の2人になりそうだ。

 惜しむらくは2人とも図体が大きいばかりであまり格好よくない。

 ユニフォームの売り上げ増加のため、ひいてはプロ野球自体の発展のためにも……『誰よりも君が好きだ』の4人にはぜひ早期のプロ入りをお願いしたい。

(雑誌『野球ボーイ』5月号より抜粋)


     * * *     


「誰よりも君が好きだ!」

「…………」

 夜の部室に響き渡る、青年の告白。

 みんなが明日の試合に備えて早めに帰宅したタイミングを見計らっていたのだろう。愛を告げた水走の態度は堂々としたものである。

 ただ残念なことに、俺はまだシャワーを浴びたばかりだった。

 そして荷物を取りにきたらこの様だ。入りづらくてしょうがない。

「……わからないわね」

 対する少女の返答は実に辛辣なもの。

「わかりやすくしたつもりだよ!」

 水走がそう言うのも当然だった。あんなにもわかりやすい愛の告白は他にない。

 だが氷野はそれを受け入れないようだ。

 好き・嫌いではなく門前払い。さすがの俺も水走に同情してしまう。同時にちょっぴり安心していたりもするけど、まあ気のせいだ。

「だったら。何度でも、これから先も……彼の前でも言わせてもらうよ!」

「どうして?」

「さっき言った通りだよ。誰よりも君が好きなんだ」

 キャップを外して頭を下げる水走。

 氷野は困惑したように頭をポリポリ掻く。さすがに我関せずでは済まなくなったようだ。

「あのね。ミズハイくんの肘を治癒したのは私だから感謝してくれているのはまだわかるわよ。でもどうして、だからといって、なぜに私なの?」

「もしかしてずっと謎だった?」

「当たり前でしょ。別に人の気を惹ける見た目でもないもの」

 チラリと目を伏せる氷野。二つくくりの髪が申し訳なさそうに垂れる。

「……そうか」

「もちろん今のところは、だけど」

 含みのあるような、ないような会話。

 俺にはよくわからない。

「なら、まだ僕にもチャンスはあるわけだね」

「どうかしら」

「――ならば誓おう。僕は明日の決勝で『誰よりも君が好きだ』から4本のホームランを打ってみせる。ありえないかもしれないし4度も打席が回ってこないかもしれないけど」

「私に求める対価は?」

「ない!」

 得意げに胸を張る水走。

 ユニフォームに書かれた『中垣内商業』の文字が胸筋で膨張している。

 全く格好良い奴だ。投手たる者、嫉妬なんて控えるべきだけど、ついつい彼我の差を実感してしまう。

「……ふふ。もしできたらデートくらいならしてあげるわ」

「よっしゃ!」

「だから明日はせいぜい頑張ってよね。あなたも……みんなも」

 そう言って、氷野はカバンと共にこっちに近づいてくる。いかんいかん。ラブコメの空気に当てられてすっかり野次馬になってしまっていた。

 投手たる者、いついかなる時も場の支配者でないと。

 でも水走も投手だからなあ。

 しかし「もしできたらデート」か。彼女に奮い立たされた時の水走はすぐに回復するし、本気で4発くらい打ってしまいかねない。その時はチームみんなで甲子園デートだ。

「あんた……盗み聞きはどうなのよ」

「へ?」

 ドアの前で突っ立っていた俺に対し、氷野は何とも恥ずかしそうな顔をする。

 彼女の気持ちはともかく……とりあえず俺はこう告げておいた。

「もし登板する機会があったらゼロで抑えてやるよ」


     × × ×     


 5度目になる舞洲球場はこれまでになく強い風に見舞われていた。

 元々埋立地に造られたスタジアムなので、ある程度の海風が吹くのは仕方ないのだけど、いかんせん強すぎるのも困りものだ。

 ライト方向からホームにかけての風は、右方向を狙う打者にとって大きな障害となる。

 特に一番「わり」を喰うのは水走や俺のような左打者だ。

 ただでさえ国際規格を満たした広い球場でホームランを狙うのは難しいのに、これに逆風まで加えられてしまうと、もはや手段は流し打ちしか考えられなくなってくる。そんなのはプロでも限られた人だけができる芸当だ。

 逆風といえば、1万人の観客もある意味で「それ」に近いものだった。

「キャー! 垂野くーん! 君沢くーん!」

「がんばってー!」

 スタンドに詰めかけた女性ファンの目に映っているのは、相手チームの投手ユニット。

 誰よりも君が好きだと称されるイケメン4人組だ。

 雑誌で取り上げられ、テレビの特集で人気に火がついた彼らは、それぞれアイドル級のルックスを持ちながら千里大学第一高校のエース級投手でもあり、どちらの意味でも俺たちの大敵だった。

「イケメン死すべし! 慈悲はない!」

「どうにかならないかしら。まるでみんなが私たちの負けを望んでいるかのようだわ」

 テレビに写されるとマズいようなポーズを相手に向ける北口と、アウェーな空気に呑まれることを危惧しているらしい氷野。

 どちらの意見にも大いに賛同したいところだが、投手たる者はいかなる状況でもベストなパフォーマンスを発揮せねばならない。

 なので同じような感想を抱いていても彼らの弱音には同意しないでおこう。

「しかしイケメン集団ねえ。あまり格好良いとは思えないわ」

「そうなのか?」

「喰いついたわね、あんた」

 彼女に見透かすような目をされてドキッとする。

 くそっ。この話題は「我関せず」を貫き通すつもりだったのに。

「……あの人たち、たしかに目鼻立ちは整っているかもしれないわ。でもキャーキャー言えるほどではないというか。それぞれにキャラクターが足りないのよね」

 氷野はカバンから『野球ボーイ』を取り出し、4人の写真を指差していく。

 曰く、垂野さん(3年)は引き立て役を受け入れるべきなのにナルシストっぽい。依本さん(3年)は病弱な感じで押した方がウケる。君沢さん(3年)はヒョロすぎて男らしさに説得力が無い。鋤田さん(3年)はアホキャラっぽいのにメガネなんか掛けたらダメ。

 どれもスタンドに詰めかけたファンに聞かれたら刺し殺されそうな言い様だった。

 アイドル本人に告げたらどんな反応をしてくれるのやら……ああなるほど。反応を予想しづらいのもキャラクターが薄いってことなんだろう。

「まあ……ともあれ、氷野はブサイク専なのはよくわかったよ」

 そんな僕の言葉に彼女はなぜか顔を赤くして、

「そうよ、ブサイク好きなの! だからあんたも頑張りなさいよ!」

「よりブサイクになれってか」

「今日の試合だっての! 全部抑えるんでしょ!」

 いつものようにガンッと肘打ちしてきた。

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