表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リハビリ室  作者: 陸奥守
5/6

サイボーグだって恋したい!

機械の身体に宿る心。AIでは無い感情がある以上、避けて通れない。

惚れた腫れたは一時の迷い。でも、長い人生に伴侶は必要ですよね。

例えそれが機械の身体であったとしても。

 目の前の大通りには夜店屋台や趣向を凝らした見世物や、練り歩きの仮装行列が続いている。

 どこからか賑やかな音がして、振り返ると大きな山車がゴロゴロ通過して行く。

 山車の横には大きなディスプレーがあって、どこで何をやっているのか?が表示されていた。


「今日はこのSNSのお祭の日なのよ。この日にあわせて色んなものがデビューするの」

「色んなものって?」

「例えば新しい食品のメニューとかサイボーグだと難しいアトラクションとか」

「・・・・そうなんですか。たしかにそれじゃぁお祭り騒ぎですね」

「でしょ。そして、もう一つ。SNSにログインするようになった新人もこの日にデビューよ」

「ど…… どうやって?」


 スタッフがニヤリと笑う。

 今度は目まで笑っている。

 笑顔ってこうじゃないと変だなと気が付く。


「この通りを突き当りまで行くとお城が有るから、そこへ行けば後は分かる筈」


 唐突に背中をドンと叩かれて通りへ押し出された。

 ホテルの玄関の自動ドアがスーッと閉まる。

 そのガラスの向こうでスタッフが手を振っていた。


―― この通りを……


 彼女が飛び出たのは、まるでどこかの街の歩行者天国。

 たくさんの人々が趣向を凝らした格好で歩いていた。


「お嬢ちゃん! 君は今日デビューだね?」


 全く知らないおじさんが、小汚い浪人姿で歩いている。

 無精ひげを伸ばし、ボサボサ頭をだらしなく紐で縛った姿。


「俺はさぁ こっちへ来ると、ひげを剃るのが楽しみでさぁ」

 

 懐に突っ込んでいた手が出てくると、そこには電動シェーバーがあった。

  

    ジョリジョリジョリジョリ………


「生身だった頃はひげ剃りながら考え事していたんだよ。その頃を思い出すんだ」


 独り言とも語りかけとも付かない言葉を残して、おじさんはどこかへ歩み去っていった。

 辺りをよく観察すれば、ここに居る人々は皆、現実世界の機械の身体では出来ない事をしている。

 ひげ剃りだとか、あるいは爪切りだとか。

 そういった生理現象の物理対処こそが生を実感する事なんじゃ無いか?と。

 ふと、そんな事を思う。

 

 フラフラと通りを歩きながら屋台を覗き、匂いに釣られて次々とウィンドショッピング。

 

「おいしそうだなぁ……」


 ぼそっと呟いた自分の言葉にビックリする。

 『食べたい』だなんて感情は、この半年位すっかり忘れていた。

 そもそも、食べると言う行為自体が無縁の事になってしまったのだ。

 

「お嬢ちゃん?食べてくかい?」


 威勢の良い売り子の声に、ちょっと下がって生笑い。

 お金持ってないから買えません……そう言いたいけど。

 

「金なんかいらねーよ!ほら!持ってきな!」


 ポンと渡されたのは焼きたてのお好み焼き。立ち上る湯気の香りが鼻空をくすぐる。

 ソースの香り立つお好み焼きを二つ折りにして紙袋に挟んで、その隙間にはマヨネーズと青海苔。

 おもわず生唾を飲み込む……


「そうか お嬢ちゃん今日がデビューか じゃぁしょーがねーな」


 くるくると焼き鏝のへらを回しながら、焼き台の向こうでおじさんが笑ってる。


「ほれ、冷めねーうちに噛み付きな! うちのはうめーぞ!」

 

 一口食べてみる。

 口の中には独特のソースの香り。

 マヨネーズのコク。青海苔のフレーバー。

 なにより、舌の上に広がる『熱さ』と『香ばしさ』が刺激的だ。


「おいしい!」

「んだろぉ! ほれ、もう一枚持ってきな!」


 ポンと手渡されてどうしようかと戸惑っていると、向かいのラムネ屋で手招きする人影が見えた。


「おーい! こっちにもおいでよ」


 お好み焼き屋のオヤジさんにお礼を言ってからラムネ屋へと行って見る。

 でっかい氷の中に突き刺さったラムネのビンがキンキンに冷えてそうでおいしそうだ。


「一本飲んでくかい?ほら」


 ポンッ!と蓋を潰して泡の漏れるラムネを貰って、そのまま一気に口を突けた。

 喉を通る冷たいラムネの味がしみて行く様だ。

 鼻を通り抜ける香りに自然と笑顔になる。


「今日はお金の要らない日だよ。新人歓迎デーって言ってね。月に一回ある新人デビューの日だ」

「お金が要らないって……」

「聞いたとおりだよ。どうせここは仮想空間だ。その気になればなんでも用意できる。それに」


 ラムネ屋のオヤジさんが指差した先には、暮れ行く空に聳える大きなお城が見えた。


「あそこが法務局。通称お城と呼ばれ取るがね。あそこで登録して住人になるまではお客さんだ」

「住人ってなんですか?」

「この世界に住人登録して市民になることだ。アカウントを作るのを住人登録って言うんだよ」


 お好み焼きとラムネのビンを持ったまま、彼女はお城を見上げている。


「お客さんは飲み食い自由!それがお祭りの日の掟だ。そもそも一番最初はね」


 得意げになって話をしているオヤジが急に黙った。

 あれ?っと思って振り返ると、見上げるような体躯の警察官が立っていた。


「続きは本官が説明いたしましょう。よろしいですか?」


 あれ?何処かで見たな……

 間違いなくこの人見た事があるな……

 

 誰だっけ……


「まだ思い出さない?」

「あの…… どこでお会いしましたっけ?」

「冷たいなぁ ほら 良く思いだしてよ」

「……すいません」


 全く思い出せないで居るのだけど、見上げるほどの警察官がやおら目の前で逆立ちになった。

 そのまま腕立て伏せを初めて、そしてニコッと笑った。


「ジャイロセンサーの調整はちゃんと出来た?」

「あぁ! わかった!」

「思い出してくれた?」

「はい!」


 そうだ。

 一番最初に目を覚まして、何も分からないままベッドの上で寝転がっていた頃だ。

 まだ全くと言って良いほど身体を動かせなくて、一番最初の動作ソフトの使い方を学んでいた頃。

 

 リハビリ室で不可抗力で抱きしめてくれた……


「久しぶりです」

「良かった。思い出してくれたか」

「でも、どうしてここが?」

「今日はデビューの日だから、そこらをウロウロしていれば見つかると思っていたんだよ」

「ありがとうございます。でも、なんで?」

「だってほら。デートしようって約束したから」


 力強くサムアップしてニッと笑う彼。

 周りのオヤジ衆がぞろぞろと集まってくる。


「おいおい!ゆーと!先にお城だろ?」

「そうだ!先に住民登録だ」

「モタモタしてっと!強制ログアウトだぞ?」


 さて。どうしたものか?

 

「あっ あの。 とりあえず」

「そうだな!とりあえず逃げよう!」

「え?」


 唐突に腕をつかまれて引っぱられた。

 急加速したGに引っぱられてお好み焼きとラムネのビンが地面に落ちた。


 だけど、彼は全く意に介さず走り始めた。

 どこをどう走ったのか分からない。

 ただただ、強く手を握られ、そのまま引っぱられて走った。


 胸が痛くなるほど心臓が早鐘を打った。

 弾けるほどのビートを刻む鼓動を感じた。


 大通りを横切り、小さなバス停の前を駆け抜け、建ち並ぶ商店と商店の間の細い道を駆け上がる。

 彼女がふと見上げた先には、こんもりと茂る小高い丘。古い石畳の階段が続いていて、所々に街灯が燈る。

 

 刹那、手を引く彼の力がグンと一段強くなった。

 坂道を引っぱられるようにして上がっていった先には、笑い顔の狐像が並ぶ神社の境内だった。


 ハァハァハァ……


 彼女は肩で息をしている。

 しかし、手を握って走っていた筈の彼は、全く息が乱れていなかった。


「……君がいま吸ってるのは酸素?」


 あ! このセリフは映画で見た!

 と同時に、意味がわかった。

 

 乱れていた息がすっと収まる。

 そして苦笑い。

 サイボーグに呼吸は必要ない。

 仮想空間じゃ酸欠の心配は無い。


「凄い静か……」

「だろ?」


 静まり返った深い森。

 どこまでも続くような木立の向こうに何かの気配がする。


「何が居るの?」

「うーん…… 猿とか鹿とか熊とか」

「くま?」

「そう。熊」


 思わずジッと森の奥を凝視してしまうのだけど。


「あぁ。心配ないよ。教われる事は100%どころか1000%無い」

「あ、そっか。仮想空間だから」

「そうそう。走って行って飛び蹴りくれても大丈夫」


 二人してゲラゲラと笑う。

 心から笑って笑って。

 そして、沈黙。

 

 黙って見詰め合う……


「どうしてこんなことしたんですか?」

「それってどう言う意味?」

「まるで誘拐されたみたい」

「誘拐は失礼だろ。誘拐は。興味涌いた女の子がこっち来るの待ってたんだ」

「待ってたんですか?」

「そう。だって名前知らないしID分からないしメルアドも携番も知らないし。だからパレードを待ってた」


 真っ直ぐ目を見て正面から口説かれている。

 そんな気持ちよさに身悶えるほどだ。

 

「誰かに見られてますよ?」

「そうだね。きっとシスオペが見てるし、センターのスタッフも大慌てで領域を探してるよ」

「しすおぺ?」

「そう。システムオペレーター。このネットワークの管理人。センターのスタッフとは別に居るんだ」

「……偉い人なんですね」

「そうだね。ある意味えらいね。えらい事ばかり経験してるって意味で」


 再び二人してゲラゲラと笑った。

 

「だってさ。この仮想空間じゃ何でも出来るんだよ。逆に言えば誰かが常に調整してるんだ」

「そうですよね。自動化されてるわけじゃないって聞いてますし」

「と言う事はだよ?どこかで恋人同士がこっそりデートしてて」

「うん」

「その二人が良い空気になっちゃって」

「うん」

「そこで突然男が女の服を脱がせ始めた!とかになった場合」

「……あ、そうか。常に見られてるんですね」

「そう。逆に言うと手出しできない所で見せ付けられて我慢してるんだよ」


 ジーっと見つめあう一瞬。

 彼女の顔が僅かに赤くなった。


「いま、シスオペがそう調整したよ。どっかで見てるな」

「自分じゃ気が付かなかったですけど……」

「普通は気が付かないよ。自然の摂理って奴だね」

「シスオペさんも……」

「も?」

「人間ですか?」

「知らない」


 アハハハと口を開いて笑う。

 だけど、その意味を理解していない訳じゃない。


 完全に動けなくなった人や、自立した意思を示せなくなった人など。

 つまり『ほぼ人間を辞めた人』などの脳が再利用されている可能性を否定できないから……


「俺、雄斗。田辺雄斗。仲間からはユートって呼ばれてる。だからユートと呼んでくれ」

「ゆーと……」

「そう。ユートだ」


 雄斗はどこか少年のように悪戯っぽく笑った。

 これから始まるハプニングを期待してニヤニヤする少年のような笑み。

 新しい宝物を見つけて無邪気に笑う子供のような笑み。


 雄斗の前には今、その新しい宝物がある。


「……弥生です。渋谷弥生」

「やよいか。綺麗な名前だね。3月生まれ?」

「保護されたのが3月だったから弥生なんです」

「……え?保護?」

「うん」


 彼女の……弥生の表情が、まるで雲の落とす陰の様にスーッと曇った。

 まるで死んだ魚の目のように、無表情になって瞬きすら無くなって。

 そして。


「渋谷駅のコインロッカーから生まれたんです。お母さんは結局最後まで分からなかったの。遺伝学的には平均的日本人だって言われたけど、父親だと名乗り出た人はロシア人系の北海道の人だった」

「……えっと、なんだっけ…… そうだ。コインロッカーベイビーっての?」

「そうです」


 重い沈黙。

 10秒か20秒か分からないけど、でも、痛いほどの沈黙。


 だが、弥生が悲しそうな表情で雄斗を見上げた瞬間だった。

 雄斗は突然に弥生を抱きしめて、後ろ手に頭を押さえつけ、そっと上を向かせた。

 そしてそのまま……


「キスして良い?」

「・・・・・・・・・・!」


 強引に唇を重ねた。

 強く強く吸い込むようにして。


「まだ良いって言ってないのに!」

「否定しなかったから良いもんだと思った。だめ?」

「もう!」


 弥生の眦から涙がこぼれた。

 涙がこぼれながら、弥生が笑った。


「1年ぶりぐらいに泣いちゃった」

「もしかして泣き虫系?」

「涙腺弱いの」


 もう一度ギュッと弥生を抱きしめた雄斗。

 それほど身長差があるわけではないが、それでも雄斗の頬は弥生の頭にちょうど言い高さだ。


「サイボーグは泣かないよ。泣けないんじゃない。泣かないんだ。でも、こっちに来たら泣けば良いよ」

「また呼んでくれる?」

「名前が分かったから、今度は呼び出すよ。」

「うん」


 弥生の手を取ってぎゅっと握って。

 雄斗がちょっと恥ずかしそうにしながら、でも、真っ直ぐに見つめている。


「そろそろ強制ログアウトされるよ」

「強制?」

「そう。シスオペと一緒にスタッフが見てるはずだ。現実世界へ引き戻される」

「そうですね。だけど、仕方ないです。困る人も居るでしょうから」


 何処か達観したような弥生の笑み。

 雄斗は弥生の波乱に満ちた人生を感じた。


「また誘拐デートしよう。今度は正規ルートでちょ……


 最後の言葉が半分くらいノイズで消えかかっていた。

 幽霊のように消え行く姿の弥生が、ゆっくりと頷きながら消えていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ