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駅のホームとフードの男 1

「篠原さんは御趣味とかないんですか?」

そう尋ねてきたのは俺の1つしたの後輩、山城緑(やましろみどり)だった。俺と彼女はキントキというデパートに勤めており、共に地下一階食品売り場を担当している。このキントキというデパートは全国に展開されており、その中でも俺たちが勤めるのはとある田舎町に場違いにそびえたつ一店舗だ。

「趣味か?無いな。強いて言うなら寝ることだ」

俺はカレーライスを口に運びながら端的にそう答えた。別段カレーライスが好きなわけでは無いのだが、この四階レストランにあるメニューの中では比較的安く、腹持ちも十分なのだ。今は昼休みであり社員食堂などない俺たちはここでメシを済ませ、図らずともデパートの売り上げに貢献しているというわけだ。

「それって趣味って言えるんですか?」

緑はオムライスを一口くわえてよく噛み、ハンカチで口元を押さえながらそう尋ねる。そういった動作からはちょっとした育ちの良さが伺える。緑については職場内でも謎に包まれており、彼女が普段より身につけているものやその立ち振る舞いなどから実はどこかの会社の社長のご令嬢なのではないかという噂がたつほどだ。

しかしあくまで噂は噂、そのような上流階級の人間がこのような鄙びた田舎町の、その全人口を収容しても余りがある程のだだっ広い空間を持て余したようなそんな場所で、せっせと労働に勤しみ、チープさ極まりない390円のオムライスを食べているとは思えない。だがきっとかなり上流の家庭に生まれ、なんらかの事情で、これは厳しい家庭ならありがちなことだが、こうして労働の厳しさを知らされているのだろう。しかし彼女は任された仕事はきちんとこなし、細かいところまでよく目が届くという、まさに完璧な仕事ぶりなのであった。俺はそんな彼女に多少の皮肉も込めて

「だからあくまで強いて言うならだよ。俺が好きなことは寝ることぐらいだからな。そもそも本来の意味での趣味ってのは金か能力か時間のあるやつが手を出すもんなんだよ。俺みたいに安月給で低学歴でそのくせ毎日毎日仕事が鬼のように詰め込まれているような人間には趣味を楽しむための道具を買う金も無けりゃ楽しめる程の能力も無い、そもそも暇が無い。だから俺は仕事ってやつが嫌いなんだよ。時間は無駄になるしミスってばっかだしそのせいで給料は減らされていくしな。まぁ、クビになってないだけましと思いたいもんだけどな」

と、俺は嘆息気味にそう答える。

このような言い方はさすがに相手に失礼かと思い反省したが緑は

「大変ですよね。私も仕事は好きじゃありません」

と、自慢の巻き髪をさらに指にクルクルと巻きつけながら答える。

こっちの苦労も知らないくせに、とは思わない。何故なら俺と彼女との間で苦労の感じ方には差があるだろうからだ。


「こっちの苦労も知らないくせに」


この言葉が俺の頭の中で反芻する。

ああ、分からないさ。分からないからなんだ。分からないからこちらもどの程度やればいいか分からないのだろう。

再びオムライスを食べ、よく噛み、ハンカチで口元を押さえる。その一連の動作を終えて彼女は再び喋り出す。

「私はインターネットで都市伝説を調べるのが好きなんです」

いきなりなんだ、と思ったがそう言えば趣味の話をしていたのだった。如何せんこちとら趣味と言える趣味が無いものだからイマイチ話題について行こうという気にならなかった。

しかし彼女がそのような趣味を持っているというのは意外だった。てっきり読書や絵画鑑賞のような、教養溢れる趣味を持っているのかと思っていた。

彼女は続ける。

「休日はよくインターネットで色んなサイトや掲示板を見て調べてるんです。もっともほとんどの場合ただの噂なんですけどね。篠原さんはパソコンはお持ちじゃ無いんですか?」

「一応、持ってるぞ」

さすがにこのご時世、パソコンが無いというのはいささか不便であり仕事で使用する場面もあるので一応持ってはいる。もっともほとんど趣味としての使用はしたことがないが。

「じゃあここは一つ、あるサイトを紹介しましょう」

ここで少し楽しげな表情になり、こちらに少しだけ身を乗り出してくる緑。

「『ツミキアソビ』ってご存知ですか?」

「いや、知らないな」

「今ネットで話題になっている賭博サイトなんですよ。なんでも普通の検索方法じゃ出ないらしくて、どうやら『ルシファーオークション』に秘密の入り口があるらしいんですけど、これがどうにも見つからないんですよね。今までも見つけた人はいるんですけど入り口に関する書き込みをした人は数日後には姿を眩ませてしまうらしいんです」

『ルシファーオークション』とは『株式会社ルシファー』の経営するオークションサイトだ。まさかかの大企業の運営するサイトにそのような裏があるとは俄かには信じ難いが…

ここで緑はさらにこちらに身を乗り出し、小声で耳打ちするような形をとった。

「なんでもこのサイト、無料で競馬みたいな賭け事ができるらしいんですよ」

「無料?そりゃどういう仕組みなんだ?」

「さぁ……私も詳しくは知らないので良くわかりません。なんでもたくさんのスポンサーがついているらしくて、色んなところからお金をかき集めているようですね」

「なるほどな。面白そうなサイトじゃないか。タダで金が入るってんならこれ以上美味しい話は無いな」

「けどあくまで噂ですし、それに違法のサイトだったら危ないですよ」

「なあに、それはルシファーオークションから行けるサイトなんだろ?もしそこが違法サイトならルシファーを訴えればいいだけの話しさ。そうすれば下手すりゃそのツミキアソビとやらよりも金が入るかもしれないな」

そう言って俺、篠原羽一(しのはらはいち)はカレーを食べ終えて立ち上がり、また午後のくだらない仕事へと向かうのだった。


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