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妖精の魔法

作者: 津島沙霧

お題「ストーブ」で書かれた短編です。

元々、制限時間30分のはずだったのですが、ほぼ1時間かかりました……。

 カン、カン、……


 石油ストーブの奥の方で鳴るこの音はなんだろう。

 小さい頃ずっと不思議に思っていた。


 おばあちゃんのお家にあった、古い石油ストーブ。

 マッチやライターがないと火が点かない、温かくなるまでにちょっと時間がかかるストーブ。それは現代っ子の私としては何だか不便に思えたものだった。


 だけど、今。

 私は1月の寒空の下で、そのストーブにとても感謝をしていた。



 私の世界は、ほんの数日前に崩壊した。


 その日もいつもの退屈な一日だと思っていた。


 寒い朝、布団から出たくなくて「あと5分」なんて言っていたらいつも通りお母さんに怒られた。

 冷たい水で顔を洗って、ひんやりとした制服に袖を通して身震いをした。

 ダラダラ支度しているうちに遅刻しそうになって、走って家を出た。

 走ると、何にも守られていない顔の皮膚が冷気に切り裂かれるようで痛かった。


 そんな、いつもの朝だった。

 だから、いつもの昼が来て、夜が来るんだと思ってた。


 思ってたのに――何の前触れもなく、地面が大きく揺れて。

 当たり前だったはずの日常が、崩れて、壊れた。


 電気も、ガスも、水道も止まった。

 家自体は無事だったものの、エアコンもヒーターも使えない家の中はとても寒かった。

 雨風が凌げるだけマシと思おうとしても、それでも寒いものは寒い。


 あの日、様々な人が様々なモノを失った。

 私も例外ではない。

 私の心の中の、その失ったモノがあったはずの部分に、冬の風が容赦なく吹き抜けてくるようで。

 私はとても凍えていた。

 体だけじゃなく、心が、凍り付いてしまっていた。

 笑顔というものが思い出せなくなっていた。


 そんな中……親戚が、亡くなったおばあちゃんの使っていた石油ストーブを持ってきてくれた。


 カン、カン、カン……


 火を点けると、暗闇の中、徐々に浮かび上がってくる赤い円筒形。

 私はぼんやりとそれを見つめる。


 カン、カン、カン……


 凍えていた体が、心が、少しずつ解けてくるような錯覚。


 それと同時に、昔の、おばあちゃんの記憶が甦ってきた。


『ねぇ、おばあちゃん。このカンカンって、何の音?』

『さぁて、何の音だと思う?』

『うーん……わかんない』

『実はね、おばあちゃんのストーブには妖精さんが居るんだよ』

『え、妖精さん!?』

『このカンカンって音はね、妖精さんが一生懸命あったかくしようと杖で魔法をかけてくれてる音なんだよ』

『すごぉい! 私、妖精さんに会ってみたい!!』

『妖精さんは恥ずかしがり屋さんだから、会ってはくれないかねぇ』

『え~』

『でもね、妖精さんはいつだって、このストーブを大事に使ってくれる人が幸せになる魔法をかけてくれているんだよ。あったかい気持ちになれますように、って』

『そっかぁ~』

『さぁさ、その妖精さんの魔法で美味しいお餅が焼けましたよ』

『やったぁ!!』


 カン、カン、カン……



 そんな、あたたかい思い出。


「……幸せになる魔法、か」


 あの時のお餅の味と、しわしわのおばあちゃんの手の温かさ。


 妖精の魔法によって解けた私の心から、まるで雪解け水のように、涙が溢れて流れた。

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