遣い
中世のヨーロッパを思わせる甲冑に、左腕を完全に覆い隠している深緑のマント。短い金髪と、左耳だけにつけられた深紅のピアスが目立つのは、彼が冑を被っていないからだ。
「久しいね、、黒耀。元気だったかい?」
「……竜巳、何故ここに!?」
まだ、ボクとシュリル以外、竜巳の存在には気づいていないらしい。
それはボクにとっても好都合だった。
【蒼刃】と【斬像】を鞘から抜き、切っ先を竜巳に向けた
「いきなりご挨拶だね。少しぐらい話をしてくれたっていいんじゃない?」
「この学院に被害を出している時点で話し合いの余地などない」
「じゃあ、風を止めればいいんだね?」
「…………」
言うと同時に、ぴたりと風が止まった。
巻き上がっていた砂埃がゆっくりと収まってくる。
「これで話をしてくれるのかい?」
「………勝手にしろ」
投げやりに答えると、竜巳はにっこりと笑い、近くのデスクに腰掛けた。
そこで初めて、教師達が竜巳の存在を認めた。
「お前は!?」
一斉に武装を展開し、それぞれの得物を竜巳に向けた。
「やあ、始めまして、麗しいレディにマダム達」
警戒心(と言うか敵意)むき出しの教師人に対し、竜巳は飄々とした態度で手を振った。
「何故ここに七式が!?」
「ん~……。お遣いだね」
笑顔を崩さない竜巳。
「誰の遣いだ?」
「今の僕のご主人様、黒織九澪だよ」
その名が出た瞬間、教師陣全員が凍りついた。かくいうボクも、驚きを隠せずにいた。
黒織九澪。ティアマト軍で五指に入るほどの実力者。その能力は極めて危険で、また、彼女自身も相当好戦的であったため、敵だけでなく、味方からも《鬼の九澪》と恐れられていた。
しかし――
「しかし、奴は死んだはずだ!」
そう、死んだはずなのだ。
撤退するアレース軍を単体で追撃を掛けてきたのを、ボクと寝幸の二人がかりで相手し、20時間にも及ぶ激戦の末激流の中に転落し、そのまま死んだはずだった。
「でも、実際生きてるよ。とっても元気にしてるし」
思わず、固唾を飲んだ。握り締めた手のひらの中で、ジワリと汗がにじむ。
七式に単体で対抗できたネイトはおそらく10人といなかっただろう。しかし、彼女は1人で七式2人を相手にしたのだ。
あの時の戦いは、いつ思い返しても「よく生き延びれたな」と思うほどだ。
「遣い……と言ったな。用件は?」
「七番式にお礼参りに行くから首洗って待っているように伝えて欲しいってさ」
『マジかよ………』
教師達に見つからないように陰に身を潜めていたシュリルが思わず呟いた。
内心ではボクも同じ意見だ。正直、二度と会いたくない人物の一人だ。
「確かに伝えたよ。それじゃ、僕はこれで」
竜巳を中心に風が起こり、奴の体が宙に浮く。
「ま、待て!」
「ばいばい、レディにマダム。今度はお茶にでも誘いに来るね」
数人が無謀にも竜巳を足止めしようと攻撃を放つが、そんなものが当たるはずもなく、あっという間に目視できる範囲から消え去ってしまった。




