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七式《グレート・ベア》  作者: 滝川 椛
第一章「輝雷編」
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 花暦はなこよみすずは、とても落ち着いていられる状況ではなかった。

 つい昨日のことだ。死んだと聞かされていた幼馴染の少年、咲本さきもとしゅんと再開したのだから、嬉しくてたまらない。

 しかし、同時に違和感も感じていた。

 引越しで自分と別れる前までは、毎日のように二人で遊び、互いに気を許していた相手。彼はどうかわからないが、少なくとも鈴は峻に恋愛感情を持っていた。なのに―――

「『君は誰だ?』………かぁ…………」

 自室のベッドで、愛用の抱き枕を強く抱きしめた。

 考えてみれば、不思議ではない。彼のいたアルパスは、アレース軍とティアマト軍が正面衝突した場所だ。

 偶然だったのだ。二つの勢力がそこでぶつかったのは。

 当然、住民は巻き込まれ、生き残ったのは全体の二割だけだったと後から聞いた。

 その最中、無傷で生きているほうが奇跡に近い。何かの拍子に頭部へ強い衝撃を受け、一時的な記憶障害を起こす可能性だってある。

 また、精神がショックに耐えられず、その時の記憶ごと過去の記憶を封じ込めてしまっているということもあるらしい。

 だから、それは理解できる。

 理解できなかったのは、彼が鈴のボディーガードであるみやびを、負かしたことだ。いや、彼にしてみれば、目の前を飛び回る鬱陶しい羽虫を叩き落したような感覚だろう。

 しかし、数ヶ月もの間、実戦はなかったものの、雅は仮にも女神ネイト

 その動きに常人が付いてこられるわけがないのだ。

 だが、彼はそれについてきた。否、彼女の速度を凌駕した。しかも、かなり余裕を持っているようにも見えた。

「峻君………」

 それにしても、後輩たちのいる前で恥ずかしい事をしてしまった。感動のあまり我を忘れていたとはいえ、いきなり抱きつくとは。

 思い返すだけで、羞恥心のあまり身を捩る。

 しかも―――

「格好……良かったな………」

 ほんの数ヶ月。その短い間で彼は格好良くなっていた。容姿みてくれの問題でなく、雰囲気が大人びていた。とても、クールになっていた。。

 彼の姿を思い出し、ポーっとなっていると、いきなり声をかけられた。

「お嬢様。何をなさっているのですか?」

「うわ! み、み、雅さん!?」

 慌てて起き上がり、寝転がっていたせいで崩れていた服をピシッと直す。

「えと……どうしたんですか?」

「昨日、出かけるようなことを言っていらっしゃったので」

 確かに、言った。彼が踵を返して去っていく中、その背中に向かって「待っている」と叫んだのだ。

 正直、彼が来る確率はかなり低いだろう。それどころか、昨日の事で気を悪くしているかもしれない。

 そんな、負ける確率の高い賭けに付き合ってくれるというのだ。

「そ、そんな、悪いですよ。それに、これはこちらの一方的で勝手な約束ですから。彼が来てくれるのかもわかりませんし」

「これで来なかったら、奴は男では……いえ、人ではありません。お嬢様の声は確実に聞こえていたはずです」

「それは…」

「それに、私自身、もう一度あの男と対峙したいのです。この屈辱、返さねば」

 雅は、拳を強く握り締め、闘志を燃やしていた。

「わかりました。でも、お話しするだけですよ? 決して、彼に危害を加えるようなことは許しません。いいですか?」

「了解いたしました。今回は奴の動作一つ一つまで観察し、動きの癖などを見破るに留めます」

「そういう問題でもないんだけどなぁ…」

 苦笑いを浮かべながら、しかしとりあえずは理解してくれたことに安堵する。

「でも、出かけるのはまだ一時間先です。その前に、警備委員のお仕事をしないと」

 警備委員。それは、女神ネイトの少女のみが集まるテルル学院の、最大の特徴である。

 戦争は終わったが、その時に造られた機械兵の残党は、世界中に少なからず存在する。今のところこのテルルには一度もないが、時々街に侵入し、暴れることもあるらしい。

 そんな機械兵からテルルの住民を守るのが、警備委員の役目である。

 とはいうものの、先にも述べたとおり、今のところは一度も防衛戦をした事はない。今は、ボランティアや巡回、犯罪を犯した者の逮捕の協力、交通整理など、警察のような役割ばかりだ。

 そしてこの日は、来週行われる体育祭に伴う警備委員の動きついての会議だった。

「私もお供します」

 薄い笑みを浮かべ、雅は綺麗な動きで一礼。

「お願いしますね。雅さん」

「はい。では」

 雅は頭を上げると、すっと、戸を開けた。その勢いで起こった風が鈴に当たらない、最速の速さという絶妙な力加減かつ、通るときに邪魔にならない位置に立つ。

 雅は、プライドが高すぎるのが玉に瑕だが、とても頼りになるお姉さんのような女性なのだ。

 彼女がいれば大概の事はどうにかなる。だから、安心してボディガードを任せられるのだ。

「はい、行きましょう」

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