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七式《グレート・ベア》  作者: 滝川 椛
第二章「空蝉編」
59/62

違和感

         †


 テルルの空は、どこも厚い雲に覆われ、強い風が吹いている。

 しかし、そこだけは風もない上に、見渡す限り青い空が広がっていた。

 なぜか。それは、そこが雲の上だったからだ。

 彼は、雲の上から地上を見下ろしていた。

 そして、不意に微笑む。

「見つけたよ、黒耀」

 寝幸よりさらに柔らかく、透き通った歌声のような美声。

 彼が踵を返すと同時に、右耳につけた深紅の小さなピアスが煌き、左の肩を覆う深緑のマントが靡いた。

 鼻歌を歌い、彼よりさらに高くにある太陽を見上げた。

「さあ、もうすぐ行くよ。僕は君に――」

 突然の突風とともに、姿が消えた。

 彼の名は、竜巳。

 最強の兵器の五番目――七式グレート・ベア伍番式【空蝉】:疾風の竜巳。

 七式の中で、最も多くのティアマト軍基地を潰した男だった。


         †


後日、ボクはなんとか講師初日を終えた。

 それにしても――

「疲れたな………」

自室のベッドに倒れこみ、今日のことを振り返る。

まず、授業前に講師陣、(ボクを講師として招くことに)反対派の生徒たちからは露骨な警戒の視線を向けられ、一部の(ボクを以下同文)賛成派の生徒達には質問地獄。

さらに実技中も何度かボクに向けて遠距離攻撃が飛んできたり、それを防ぐたびに舌打ちが聞こえてきたり……。

『いい経験なんじゃねーの? よく言うじゃねーか、教えられるのは自分がより理解してるからだってよ』

 暢気に大あくびをしながらシュリルが言う。

「……理解ね」

『ん? どした?』

「いや、そういえば、ボクも寝幸や銀慈に色々なノウハウを教わったなと思い出しただけだ」

『そーいやそーだったな』

 ボクが七式の一員となって間もない頃のことだ。

 珍しく七式のうちの4人(と1匹)が同時に非番だったことがある。寝幸、蹈鞴たたら祝詞のりと、ボク(&シュリル)の4人(と1匹)だ。

 その時、唐突に寝幸が言ったのだ。


「ねえ、せっかく四人もそろってるんだから、お互いの技術を分かち合おうよ」


おそらく、あのときの寝幸は、ただ仲間と遊びたかっただけなのかもしれない。

それからボクらは互いの体術、剣術、槍術などの自分の得意分野を他の3人に伝授したのだった。(ちなみに、ボクは剣術と槍術を教えた。)

あの時は相手が同じ七式だったから、飲み込みも早く一回やって見せただけで全員できるようになったし、ボクも他の三人の技術を一度見ただけでものにした。

だから、今日の訓練ので、一度教えたことがなぜすぐ出来ないのか戸惑ってしまった。

『それより、明日は大雨暴風だとよ』

唐突に話題を変えるシュリル。

「この間からずっと風が強いな」

『季節はずれの台風でも来てんのかね?』

「そうかもな」

『どした?』

「いや、何なんだろうな。なんと言うか、違和感を感じる」

『違和感?』

 首を傾げるシュリルに、ボクは頷いた。

「何か、嫌な予感と言うか………」

 ボクがどういえばいいか思案していると、何か思いついたのか、勢いよくシュリルは立ち上がった。

『恋わずらいか!!!』

「違う」

 手元にあった空き瓶(岩仲の爺さんが飲み終わった後忘れて帰ったものだ)を投げつけた。

『照れることねえって! ほら、よくラノベとかであったじゃねえか、男の主人公が女子高に――って待て待て待て! 黙るから一升瓶で殴るのは止めろ!』

「…………」

 どこからそんな嗜好品を引っ張り出してくるのか、最近シュリルにあきれつつある。

 再びベッドに寝転び、違和感の正体を探るが、何も思いつかない。

『ま、思い違いだろ?』

「……だといいな」

 違和感を拭いきれないまま、ボクは目を閉じた。


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