予兆
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勝ち誇ることなく、どのまま踵を返してアリーナを出て行く黒耀を見つめながら、水美は困惑していた。
(今の、何だったの?)
さっきは、突然体から力が抜け、へたりこんでしまった。今でもまだ小刻みに体が震えていて、簡単には立ち上がれそうにない。
初めての経験だった。実習で負けたことなら何回もある。しかし、刃も交えず、ただの一睨みで体が竦み、立っていられなくなったことなど、一度もなかった。
それに――
(何だったの? あの嫌な感じは……)
背筋が凍るほどの敵意。いや、あれは――
「…………殺意?」
口にした瞬間、再び背筋に悪寒が走った。
ブルッと身震いをして、黒耀の去っていった方を見つめる。
そうして、呟いたのだった。
「あの男は、一体何者なの?」
†
「お疲れ様です、俊君!」
競技場を出たすぐのところで、鈴、鋭利、そしてシュリルが既にボクを待っていた。
「どうだったね、ウチの生徒は?」
『や~い、この女殺し~!』
とりあえずシュリルの頭を足蹴にした。
「使いかたが違う」
『ぐふぅ…。仮にも相棒の頭を踏みつけるとは………。黒耀、最近オレッチのへ扱いが酷くね?』
「気のせいだ」
シュリルから送られる非難の視線をスルーして、鈴と鋭利に向き直る。
「ボクはこれからどうすればいい?」
「そうですね。とりあえず今日はあの子達を納得させるのと今後の日程調整のために呼んだので、都合の悪い日だけ教えてもらえば大丈夫です」
「特にないな」
『オレッチもだぜ』
「では、こちらで勝手に決めさせてもらうよ。では、私はこれで」
そういって鋭利は校舎のほうへ歩いていった。
「俊君」
「どうした?」
「その………」
俯きながら、もじもじとしている鈴。
「か、かかか、か………こ………で……す」
「?」
「ななな、何でもありません! そそそそれじゃあ私もこれで!」
両手で顔を覆いながらパタパタと走っていく鈴の後姿を眺めながら、ボクは尋ねた。
「何だったんだ?」
『オメェさん、ホント解ってねぇな』
「は?」
『いや、いいんだよ。今はわかんなくて。じきに解るようなるっしょ』
要領を得ないシュリルの返答に眉をひそめながら、とりあえずそれ以上は追究しなかった。
「帰るか」
『だな』
気がつけば、いつの間にか空を分厚い雲が覆っていた。
植え込みや窓ガラスが、風で音を立てる。
「………風が出てきたな」
『こんな天気の日は、あいつを思い出すな』
「…………」
応えず、バイクに変形したシュリルに跨り、走り出した。




