プロローグ
「これが、3週間前、テルルで起きた事件の報告書です」
青年は、つい先ほど届いた書類を、隣に立っている老婆に渡す。老婆と言っても、弱々しい印象は皆無だ。むしろ、軍服に身を包み、堂々と立つ姿は威厳の塊だ。
彼を一瞥することもなくそれを無言で受け取った彼女。まるで、この青年などそこには存在しないかのような態度だ。
十枚ほどの報告書を読み終えた老婆は、まるで独り言のように呟いた。
「テルル政府め、この報告書は不自然極まりないぞ。……確実に、この事件には七式が関わっているな」
「いかがいたしますか?」
口を開いた青年を、この老婆は蔑んだ目で睨みつけた。まるで、「男風情が、この私に話しかけるな」と言っているようだった。
青年は慌てて頭を下げ、後退する。
「………おい、機械人形。仕事だ」
彼女が呼びかける。
そして彼は、どこからともなく現れた。
「はいはい、わかりましたよ」
中世のヨーロッパの騎士を連想させる鎧に身を包んだ青年。黄金色の髪が見えるのは、彼が冑を被っていないからだ。そして、左腕のみ、深緑のボロボロなマントで覆われている。
どう見ても、十代後半の青年だ。
「で、仕事の内容は?」
「黙れ。機械人形風情が、この私に向かって口を開くな。身の程を知れ」
「………」
蔑みきった目で彼を睨む。睨まれたほうの青年は、仕方なく黙る。
「テルルへ行け。そして七番式に『借りを返しに行く』と伝えろ。以上だ、失せろ」
しかし、彼女が言い終える前に、彼の姿は消えていた。
「貴様も失せろ」
「失礼します」
報告書を届けたほうの青年も、一礼し、どこかへ消えていった。
もう一度、報告書に載せられていた写真の一枚を見つめる。
そこには、ブレていてほとんど何か判らないが、ぎりぎりバイクに乗った人の影に見えなくもないものが移っていた。
「七番式よ。ようやく見つけたぞ。この右目の借り、必ず返させて貰う」
凶暴な笑みを浮かべた彼女の右目は、皮製の黒い眼帯で隠されていた。




