意識
そこは、何もない空間だった。光も影も、風も空気も、何一つない、完全な無だった。
そんな無の空間に、ボクはぽつんと浮いていた。
――いや、完全な無ではない。この空間にはボクがいるし、もう一人、この空間に存在している。だから、「無」とはいえない。それに、正確にはここは空間ではないのだ。
七式同士には機械的でも人間的でもない繋がりがある。普段、いや、ほぼどんな状況下に置いても自覚することは出来ないが、唯一、その繋がりが使えるときがある。それは、生命活動の停止――いや、機能停止寸前のときだ。
つまり、ボクか寝倖のどちらか、または両方がそんな危機的状況下に陥っているということだ。
「いやぁ、派手にやりあったね。まさかこの回路を使うことになるとは……」
「そうだな」
背後から聞こえた、緊張感のない台詞にそう応えた。
「久しぶりに精一杯体動かせたのはいいけど、これで終わりってなると、まだ足りない気がするよ」
「散々建物を破壊しておいてか」
「それは黒耀も同じだよね」
「………」
痛いところを衝かれて、黙るしかなくなる。
「どうなるんだ、ボクたちは?」
「そりゃ、僕は死ぬんだろうね。黒耀は多分、あの女の子達とシュリルが見つけて、生かせてもらえるだろうね」
「…………」
「そんな湿っぽい顔しないでほしいな。笑って送ってくれよ」
「……湿っぽい顔なんてしていないし、笑って送ってやる気もない。兵器には、笑うことなんて出来ないのだから」
「それなんだけど――」
一度区切り、暫くしてようやく再び口を開く。
「前、逆だって言ったよね?」
「? ああ」
「あ、今忘れてたな?」
どうでもいい突込みは無視する。
「まあいいや。あれ、まだちゃんと理解してなかったんだね」
「どういうことだ?」
「いや、そのまんまの意味だよ。僕の言ったことを――いや、七式を――もっと言うなら、自分自身を理解しきれていないだよ」
意味が分らなかった。意味不明だった。
「ま、それを僕が言葉で伝えても、意味のないことだからさ。もっと深く、原点から、自分を見つめなおしてよ。そうすれば、きっと分るはずだよ」
ふふ――と笑って、寝倖は背を向けた。
「それじゃ、そろそろ行くね。いや、逝くね。なかなか、楽しい世界だったよ」
ゆっくりと歩きだす寝倖。その姿はだんだん小さくなってゆき、やがて、闇に飲まれるように、見えなくなった。
―――――くん
寝倖の去った方向を見つめていると、天――そう表現していいのかはわからないが、とにかく、上空から、声が聞こえた。
「っ?」
無の空間に、光がさした。暖かく、軟らかい、木漏れ日のような光。
だんだんと聞こえていた声が大きくなり、回りも明るく照らされていく。
意識が現実へと引き戻されていく瞬間だった。
ゆっくりと、だが最後に――
「峻君!」
一際大きく、泣きそうな声が、ボクの意識を一気に――完全に覚醒させた。




