戦友《きょうだい》
「それは、一体……」
翡翠の言ったことを理解できない――いや、無意識的に理解することを拒んでいる鈴は、聞き返す。
「そのままの意味だ。黒耀君に、街を守ってもらう」
「で、でも、そんなことをしたら峻君が…………え、そんな、駄目です!」
ようやく理解した鈴が、ボクを止めようとするが――もう遅い。
既に、ボクの心は決まっていたからだ。………いや、自分でもよくは分らないが、ひょっとしたら、最初からこうなることが分っていて、無自覚に覚悟も決まっていたのかもしれない。
それぐらい、何の迷いも、葛藤もなかったのだ。
寝倖のレールガンの砲身から、エネルギーが少しずつあふれ始めている。
「もう時間がない、行け……」
『ああ』
シュリルと翡翠、そして雅は、鈴を連れてこの場を離れようとするが、鈴は全力で抵抗しようとする。
「嫌です! 絶対に嫌です! やっと、やっとまた峻君に会えたのに――もう会えないと思っていた峻君に……やっと………会えたのに、こんな……」
涙を流し、嗚咽を漏らしながらその場に座り込む。
なんだろう、この、なんともいえない憤りと暖かさは?
その二つの感情を感じたとき、ボクは既に動き出していた。
彼女の前に跪き、そっとその頭を抱き寄せる。
「すまない」
何故か、ボクは謝罪の言葉を発していた。直後、鈴の体がビクンと跳ねる。
「ありがとう」
感謝の言葉。
これも、無意識の言葉だった。
鈴の震えが止まったのを感じ、ゆっくりと彼女を放す。最後に、できるだけ優しく、彼女の柔らかな髪を撫でて立ち上がる。
寝倖に向き直る。
背後から足音。
三人が、この場を去ったのだ。鈴の「峻君…」という呟きが聞こえたが、未練が残るため、振り返らなかった。
残るは――
『相棒……』
シュリルだけ。
「なあ、相棒」
振り返らないままシュリルを呼び、彼もまた、無言の返事を返す。
「今回の一件で、少しぐらいは罪滅ぼしが出来ただろうか?」
本音漏らす。それはこの――最高の相棒だけに見せることが出来る弱みだった。
『フン……そんなの、出来てるわけないだろ』
だが、返ってきたのは予想と反し、辛辣な答えだった。だが、彼はこうも続けた。
『お前が過去の罪を少しでも払拭したいのなら、この場を生き残って、生きてこの街にでも世界にでも、ご奉仕するこったな』
こいつらしい返答だった。
「黒耀! エネルギー圧縮率が120%を越える! もう限界だよ!」
寝倖の悲鳴が聞こえた。
『もう行くぜ』
「ああ、あいつらを頼む」
これ以上、何も喋る必要はない。本当に――最後だ。
寝倖が跳ぶ。この街への被害を少しでも和らげるためだ。あいつも、必死なのだ。
ブレードを出す。
『じゃあな、相棒――いや、戦友』
別れの言葉。振り向くことなく、ボクは笑った。
ああ、じゃあな――戦友。
シュリルの足音が聞こえなくなったのを確認し、ボクも飛んだ。
遥か上空で、点になっている寝倖のシルエットがだんだんはっきりとしてくる。
「空中から見ると、世界って綺麗だね」
「………」
この期に及んで、まだお喋りが出来る余裕があるのか……。もはや呆れを通り越して、清々しかった。
「ずるいよ。竜巳は、ずっとこんなところから世界を見ていたんだね」
竜巳――七式睦番式【空蝉】:碧風の竜巳。
懐かしい名だった。
もうすぐ、寝倖の元へたどり着く。
「……名残惜しいけど、ここまでだね」
「ああ、終わりだ。ボクも、お前も。戦争は終わったんだ、兵器がいては邪魔になるだけだ」
「そうだね、この世界で、十分楽しませてもらったね―――潮時かな」
「お疲れ様」
不意に掛けられた、労いの言葉。
ボクは笑っただけでそれに応える。
「終わりにしよう――頼む、黒耀!」
遂に、銃口が地上に向けられた。
ボクも、腕を引く。
徐々に寝倖の姿が近付く。
あと3メートル……2メートル………1メートル………そして―――
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純白の光が――この空を、覆った。




