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七式《グレート・ベア》  作者: 滝川 椛
第一章「輝雷編」
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置き土産

「なっ!? 一体どこへ?」

 鈴が信じられないと言う様子で辺りを見渡すが、マントの女の姿はどこにもなかった。

「奴は神経干渉系の能力を持っていた。おそらく、私たちの視神経に干渉し、姿が目に映らないようにしているのだろう」

 そう言って、雅は瞼の上から目に触れ、奴からの干渉――繋がりを切断した。

「……逃がしたな」

「そう……ですか…」

「それより、あれは一体どうする?」

 翡翠が、数メートル離れたところに突っ伏している寝倖を見た。彼女はそのままボクに視線を向ける。

「そもそも、一体なぜ急に倒れた?」

「司令官である彩河の意識が途絶したため、一時的にフリーズしているだけだ。またすぐに動き出す」

「その時、奴は――」

「最後に受けた命令を実行しようとする」

 雅が言い終える前に、ボクは応えた。

 とは言っても、実際には分らない。七式がこのような無様に転がっていることなど、初めてなのだ。故に、一番確率の高い可能性を答えた。

「命令は、完遂できたか?」

 一瞬沈黙が流れ、ボクは鈴に尋ねた。

 何のことか分らなかったのか、数秒間首を傾げていたが、すぐに怒った様に頬を膨らませた。

「確かに、私はこの街と住んでいる人たちを守ってくださいといいましたが、それは峻君が死にそうになってもいいということではありません! こんなにボロボロになって……あの時、私が一体どれだけ心配したか、分っているのですか!?」

 ものすごい勢いで迫ってくる鈴。わけも分らず、ただただ説教を受けるボク。

 シュリルが『お嬢、結構押しが強いな』とか言っていたが、構っているどころではなかった。

 やがて喋り疲れたのか、「ふぅ」と一息ついた。

「でも、峻君は私たちも街も、守ってくれました。その……と、とっても……か、かか格好………よかっ……た…ですよ……」

「? すまない、最後が聞き取れなかった。もう一度言ってくれ」

「~~~っ! な、ななな何でもありません!」

 何故か顔を赤らめ、背を向けてしまう鈴。

 しかし、本当に聞き取れなかったのだ。本当なら余裕で聞き取れたはずの声量だったが、寝倖との戦闘で集音装置が損傷したらしく、普通の人間とほぼ同じくらいの聴力に下がっていた。ぼそぼそと呟く程度の声が聞き取れなくても、仕方のないことだ。

 まあ、本人が何でもないというのなら、それ以上追求する必要はないだろう。むしろしつこいと不快感を与えるかもしれない。

「それはそうと……この後は一体どうすればいい?」

 この場の全員に問う。

「本部へ報告し、迎えをよこしてもらおう。【紫電】の拘束と運搬もだな」

 翡翠が一応応えてくれるが、彼女自身、このような状況は初めてなのだろう。あまり自身はなさそうだった。

「公衆電話でもいい。通信できるもはないのか?」

「―――――」

「そうだな……たしか、百メートルほど先の交差点の角に一台、く欧州電話があったはずだ」

「鈴お嬢様、私が行きましょう。援軍――と言っても、着くまでに事が終わってしまいましたが、その報告もあります」

「――――――ろ」

「では、お願いします」

「では、私たち三人は――」

『オレッチを忘れんな!』

「ああ、これは失礼した。では、私たち四人は、この場で待機、同時に【紫電】の監視を――」


「――――――げろ」


「「「「『―――っ!』」」」」

 ボクらは、反射的に後ろを――這い蹲っている寝倖を振り返った。

「……逃げろ!」

 どうにか自我は取り戻したらしい。

 だが、体の自由はそうではないらしい。つまり――

「やはり、絶対命令の効力がまだ生きていたか」

 ボクは、冷静に呟いた。

 寝倖の左腕が変形し、銃器に変わる。

「シュリル」

『ああ、分ってる。お前しかいないからな』

 名を呼んだだけで、ボクが言わんとしている事を理解してくれる相棒。

 寝倖の左腕――レールガンに、エネルギーが充填し始められる。

「くっ、ここまできてこんなことに……」

「鈴お嬢様、下がってください。私が――」

「そんなの駄目です!」

 翡翠も鈴も、当然のように雅も、完全に慌てている。そうしている間にも、レールガンにエネルギーが溜まっていっている。

『おう、お前ら、全速力でこの場から退避するぞ。少しでも遠く離れて、あれが発射される直前に、建物でもどこでも、エネルギーの余波を少しでも防げるところへ隠れろ!』

「し、しかし、そんなことをしたらこの街が………まさか!」

 反論する翡翠だったが、すぐにボクとシュリルの考えていることを理解し、ボクを見てくる。

「駄目だ、そんな……」

「ほかに、方法があるのか?」

「それは……」

 必死に何か言葉を紡ごうとするが、結局何も言わず、彼女は引き下がった。

「委員長、いったい……?」

 置いて行かれかけていた鈴が話に入ってくる。

「鈴………」

 言いにくそうに目線を泳がせる翡翠。雅にいたっては、先ほどからずっと目を瞑って一言も発していない。

 興味がないのか、あいもかわらず嫌われてしまっているのか(おそらくは後者だろう)。

「行くぞ、鈴」

「で、でも、そうしたら――」

「いい、黒耀君に、任せる」

「………え?」

 一瞬、思考が止まったように、絶句する鈴だった。

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