鈴
「峻君~~~!!」
彼女はボクの質問を聞いていなかったらしく、おかしなテンションでボクに突っ込んできた。
そしてボクの胸に顔を埋め、その細く白い腕でガッチリと体を固定した。
「本当に峻君よね? 誰がどこから見ても峻君よね!? よかった、よかったわ! 彼方が死んだって聞かされたときは絶対にそんなことないって信じていたの! やっぱり私は間違ってなかった! 峻君はここにいて、こうしてこの指で触れられる!」
ワシャワシャとボクの顔や髪を撫で回し、最後にもう一度ぎゅっと抱きついてきた。
「す、鈴お嬢様?」
どうやってこの少女――鈴から逃げようか考えていると、ちょうどいいタイミングで彼女の後ろにいた黒スーツのボディガードが割り込んできた。
「あ、雅さんごめんなさい。彼は私の幼い頃からのお友達で、咲本峻君」
鈴が嬉々として勝手にボクの紹介をすると、雅と呼ばれたボディーガードの女性はボクを値踏みするように見てくる。
「このような弱そうな者が本当にお嬢様のお知り合いなので?」
ひどい言われようだったが、否定する理由も意味もないので流す。それより、今のボクの意識はそんなところにはなかった。ボクの注意の先、そこには――――――剣。
彼女の見送りに来た生徒たちもそれぞれ腰に剣を下げているが、この少女のそれは、半端じゃなかった。
さっきから頭の中で危険信号が鳴り響いて止まらない。
彼女の持つ剣。それは、戦争中、ティアマト軍戦闘部総隊長、彩河美土里が愛用したものだ。
噓か本当か、それはたったの一振りでアレース軍の機械兵で構成された大隊を消し飛ばしたといわれている。
しかし、そんなものをなぜ鈴が所持しているのかもわからないし、そもそもボクはこの少女を知らない。
いや、覚えていないというべきだろう。実際、彼女はボクを知っているのだ。
「しかし、このような男がなぜここにいる? まさか、ここの生徒たちを誘拐しようなどとは企んでいるまいな?」
雅は明らかに僕を警戒している。地上に上がる前に岩仲の爺さんから聞いたのだが、最近地上では、女性が行方不明になる事件化多発しているらしい。故に、彼女の警戒ももっともだった。
「いや、それないか。この学園の生徒はみな武装し、戦闘訓練もしている。君のような一般男性ごときでは誘拐はおろか、触れることすら叶わんだろうな」
雅は警戒を解いた。
「雅さん、そのようなこと、言うものではありませんよ。それに、峻君はとっても強いのですよ? ねぇ?」
鈴が雅を宥め、同意を求めてくる。
「ああ」
事実だし、否定もする理由がなかった。
「ほう? ならば、見せてみろ!」
次の瞬間、雅が消えた。いや、高速で動き始めたのだ。
周りの生徒たちはみな動揺し、ボクに同情の目を向けてきた。ボクがやられると考えているのだろう。
確かに、彼女は速い。だがそれは、一般的に言えばの話。むしろ、ボクにとっては―――
「………遅い」
目の前に手を伸ばし、何もない空間を握った。
否、その手は、しっかりと雅の首を掴んでいた。
この場の誰もに、驚きの表情が浮かんでいた。その中で一番衝撃を受けていたのは、やはり雅本人だ。
「ば………かな……」
しかし、向こうから襲ってきたのだ。返り討ちにしたところで何の問題もない。ボクは驚愕で動けなくなっている雅を投げ捨て、岩仲の爺さんに頼まれた酒の入った袋を持ち直す。
「では、これで失礼する」
ボクはそれだけ言って踵を返した。もうすぐ外出の許可された時間が終わる。早く戻らなければ、この酒を爺さんに渡せなくなってしまう。
僕が歩き始めた、その瞬間だった。呼び止められた。その声の主は、鈴。
「また明日!」
「?」
彼女のいいたいことが理解できず、首をひねった。
「また明日、この時間にここで会えない?」
「断る」
これ以上、騒ぎを起こすのは面倒だった。流石に、他の生徒たちが何事かと集まってきていた。
ボクはそれらを完全に無視し、帰路を歩き始めた。
「待ってるから! 絶対絶対、待ってるから!」
彼女の声が、背後から何度も何度も僕に向かって発せられていた。