利用 【前】
「何を言っている?」
「何度でも問う。お前は誰だ?」
ボクは鈴を隠すように一歩前へ出、ブレードを出す。
「黒耀、何を言ってるんだい?」
「……いままで、主がおかしいことに気付かなかったのか?」
不思議そうに、しかし僅かに彩河の方を警戒し始めた寝倖。
「峻君、一体何を――」
「もういい、直接聞こう。どうせ、近くにいるんだ――出て来い!」
…………。
……………。
………………。
静寂。
どうも、出て来る気はないようだ。
なら―――
「そこだ!」
ボクは、右斜め後ろに建っていた建物へ向かって手榴弾を投擲。直後に左手にハンドガンを実体化させ、空中で打ち抜いた。
「っ!!」
あまりの轟音に、鈴と翡翠が耳を塞ぎ、しゃがみこんだ。
爆破により屋根を失った建物の、むき出しになった二階部分。そこには――
「「よくおわかりです。七式七番式【黒皇】:変則の黒耀様。なかなか迫真の演技だったと自負しておりますのに」」
無気味な青紫色のマントで全身を包んだ人物が立っていた。そして、そいつが喋ると、同時に彩河も全く同時に全く同じ事を喋る。
いや、それだけではない。手足の動きや体の微妙な揺れまで、全く同時。まるで、彩河とそいつの動きが連動しているような――いや、実際、しているのだろう。
「黒耀……これは一体?」
「峻君………」
ボク以外、誰一人として事態が把握できていないようだ。
「「ふふふ。寝倖が気付かなかったのも無理はありません。貴方と私――いえ、彩河が出会ったのは、私が彩河を私の人形にしてからの事。無理もありませんよ」」
「………人……形…………?」
「「ええ、そうですわ」」
「趣味の悪い事を……」
「「趣味が良いと言って下さいな。こんなに面白いこと、他にはありませんもの」」
「………」
溜息。
「君は誰だい? 僕を化かしたなんて、いくら僕でもただでは済まさないよ?」
ようやく状況整理が出来たのか、寝倖は雷撃棒をマントの女に向ける。
「「いやですわ。そのような物騒な物、向けないでくださいな」」
余裕――というより、寝倖を完全になめている態度だ。それほどまでに、絶対的自信があるのだろうか?
寝倖もその事に気付いたらしい。僅かではあるが、珍しく腹を立てているようだ。
「あまり僕をおちょくると、痛い目にあうよ!」
寝倖は、飛び掛るために腰を落とす。そして――
「「止まれ」」
「――っ!?」
中途半端に足を伸ばしたところで、ぴたりと止まった。まるで、奴の意志は関係なく――
「そうか。なるほど、考えたな。彩河の声を使ったか……」
奴の喋ることは、同時進行で彩河の口からも発せられる。もちろん、彩河本人の声でだ。つまり、あの女の命令は、寝倖にとって彩河の命令でもある。
頭ではわかっていても、寝倖の七式としての本能はそう捉えてしまうのだ。そして、主人である彩河の命令は、寝倖にとっては絶対である。
「「ふふふ。おわかりかしら? 貴方はもう、私の思うが侭――私の玩具ですのよ?」」
「くっ………」
地面に這い蹲ったまま、苦々しげに顔を顰める寝倖。
「その程度で安心するな。寝倖が動けなくとも、ボクはお前を狙えるぞ」
左手に握ったハンドガンをマントの女に向け、引き金を引いた。
「「攻撃を防ぎなさい」」
目標に届く前に、放った弾丸は寝倖によって打ち落とされた。
「攻守共に万全か……」
「「素敵な鎧でしょう?」」
「ぐ……これは屈辱的だね…」
寝倖が苦虫を噛み潰したような表情で呟く。
「「では、本来の目的に戻りましょう」」
奴の口の端が、僅かに吊り上った。
「「絶対命令です。紫電の寝倖。テルルを堕としなさい!」」




