地上の待ち人
闘技場への入り口へ着くと、すぐに重い鉄扉がギギギ、と耳障りな音を立てて開いた。
ボクは立ち止まることなく進み、戦場へと立った。
縦横50メートルほどの闘技場。それを取り囲むように並んだ客席。喧しいほどの歓声が木霊する。
ざっと見て、5000人は居そうだった。そして、そのほぼ全てが――――女性。
単純に娯楽として楽しみに来ている者もいれば、気に入った男がいれば買おうという考えで来ている者もいる。
ゲーム開始の合図が鳴った。瞬間、ボクは体を反らせる。
遅れて、通常よりやや大きめの弾丸が目の前を横切った。
今回の対戦相手。先週98位になり、”火柱”の二つ名を手にした男、マッチロック。通称、火柱のロックだ。
マッチロックというのは、当然ながら彼の本当の名前ではない。本名を隠すため、新たに与えられた名だ。
再び、今度は二発の弾丸が迫ってきた。しかし、これも体を反らせただけで回避する。
三発目の弾丸が地面にめり込んだ瞬間―――僕は跳んだ。
高さ10メートルから見下ろせば、障害物に身を潜めたロックも一瞬で見つけることが出来た。(といっても、ゲーム開始のブザーが鳴る前から索敵レーダーに引っかかって位置がばればれだったのだが)
ロックは突然のことに多少慌てながらも、すぐに空中のボク目掛けて対空射撃を開始した。
そのほとんどが命中コースだった。しかし、厚い装甲や丈夫なスーツに包まれたボクの体には、かすり傷一つ付ける事は不可能だった。
そして、ロックの目の前に着地した。彼は慌てて後ずさり、銃口をこちらへ向け、ほとんど反射的に引き金を引いた。
着弾予測地点を一瞬で計算し、得られた答えは―――眉間だった。
しかし、やはりこれが当たったからと言ってボクに傷がつく事はないだろう。
ただ、気分の問題だった。敵にヘッドショットを許すのは、流石に憚られた。
ガキンという金属音を鳴らし、腕から刃を出した。
そして、ブレードの腹を使い、迫る弾丸を天高くに向かって弾いた。その時大量の火花が散り、観客を沸かせた。
それを見ていたロックは、手にしていた大型ライフルを取り落とし、ドサッとその場へ座り込んだ。
――――戦意喪失。
そう、見なされたのだろう。時間切れにはまだまだ時間があったが、そこでゲーム終了のブザーが鳴り響いた。
ボクは、踵を返し、闘技場を後にした。
† † †
ゲームの勝者には、地上で買い物をするためのお金と、一時的に地上へ出るパスが渡されるというのが、定番になっていた。
と言っても、ボクは買い物をした事がないし、もししたことがあっても覚えていない。
故に、お金もパスも溜まっているのだ。そろそろ消費しなければ収納する場所がなくなる。
そんな話を岩仲の爺さんにしたら、彼は自分や自分の助手たちのために酒を買ってきてほしい頼んできた。
いつも世話になっているのだから、彼の頼みを断るはずがない。
ボクは、ひさしぶりに地上へ出た。そこは、地下で殺し合いが行われているようには全く思えない、近代的な街だった。
車が大通りを駆け抜け、高層ビルが所狭しと並ぶ。
ボクが、一度焼け野原にした街とは、到底思えなかった。
そう、この街は一度、ボクが焼け野原にした。
あれは、確か戦争の終わる直前だった。指令を受け、単独でこの街を襲った。異能力を使う女戦士たち、女神を蹴散らし、建物を破壊し、焼いた。
いつまでも昔の事を思い出していても仕方がないので、ボクはコンビニへ向かい、酒を買った。
どの酒がいいのか聞いていなかったので、適当に買えるだけ買った。
寄り道する理由もないので、そのままデグダへ帰ろうとした。しかし、爺さんに「ゆっくりいろんなところを見て来たらいい」と言われたのを思い出し、遠回りすることにした。
曲がらなくてもいい角を曲がり、通らなくてもいい道を通った。なかなか、新鮮で面白かった。
一時間ほど歩いた頃だ。目の前に、大きな学校が見えた。
通常、この時間は部活動をしているはずだ。それを見ておくのも悪くはないと判断し、しかし正門から入っていくのは面倒なので、垣根の隙間から少しだけ覗くことにした。
一瞬でわかった。この学校は、身分の高いお嬢様たちの学校なのだと。駐車場にリムジンが何台も停まっていたし、まず間違いない。
――――帰るか。
そう思ったときだった。正門から出てきた数十人の生徒たちが並び、道を作った。
不思議に眺めていると、その少女たちは僅かに頭を下げた。見送りだ。
おそらく、かなり身分の高い家のお嬢様が帰っていくのだろうか。
案の定、暫くして少女たちに見送られる、一人の少女が歩いて出てきた。
その後ろを、真っ黒のスーツを着たボディガード2人が付いて歩く。
興味がなくなり、背を向けようとした、瞬間だった。少女が待機していたリムジンに乗る瞬間だった。
ありえないことが起きた。
「峻……君………?」
誰も知らない、岩仲の爺さんですら知らないはずの、ボクの――――――本当の名前を呼ばれた。
涙目で、不安げな、しかし喜びにあふれた瞳で、僕を見る少女。
「やっぱり……やっぱり俊君だ!」
目の前のお嬢様は今にも抱きついてきそうな勢いで喜んでいる。
ボクは七式の一体になって初めて、困惑していた。
だから、まず聞いた。一番初めに聞くべき事を。
「君は、誰だ?」