シュリル
「はぁ…はぁ…はぁ……。まさか、本当に無傷であの場を切り抜けられるとはな」
翡翠は両膝に手を付き、息を整えている。
機械兵と交戦しながら500m以上の全力疾走をこなした後で立っていられているとは、よく鍛えられている証拠だ。
流石は警備委員会委員長と言うべきだろう。
「委員長、ご無事で何よりです!」
ボクらの存在に気付いた何人かが駆け寄ってくる。
「状況は?」
「はい。住民の避難は完了しています。第二、第三学院からの増援は十分後。マローからの増援は一時間後です」
「そうか。では十分後、第二、第三学院からの増援が到着し次第、防衛戦を開始する」
「わかりました。失礼します」
少女たちは深く頭を下げると、どこかへ走り去っていった。
「で、さっきのはなんだったんだ?」
「さっきの、とは?」
ボクを振り向いた翡翠の言葉の意味がわからず、首を傾げる。
「さっきの、青くなったやつだ」
そこでようやく気付いた。どうやら、ずっと気になっていたらしい。
「--トライアングルシステム」
「トライアングルシステム?」
鸚鵡返しで聞き返してきた。
「ああ。変則の黒耀と言われる所以だ。三つの種類があり、それぞれが破壊力、防御力、速度の特化型になると言うものだ。先のは速度重視のアクセラレーションモードと言われるものだ」
説明してやると、翡翠は驚きを隠せないようだった。
「なるほど。少なくとも、あの時の君の速度には全く付いていけなかったな。途中からはどこに君がいるのかも見切ることが出来なくなった」
「…………」
ショックを受けているようだったが、ボクには何か言葉をかけてやることさえ出来ない。
ちょうどその時。
「翡翠委員長、よろしいですか?」
「ん? ああ、すぐ行く。すまんな、黒耀君。少しの間だが、体を休めておいてくれ」
それだけ言って、彼女はどこかへ行ってしまった。
さて………一人になってしまった。
最近は人に囲まれすぎて、一人の時には何をしていたのかが思い出せなくなってしまっているらしい。
「まいったな………」
呟き、ただ立っているのも邪魔になるだろうと判断し、周りを見ておくことにした。
五分ほど歩き、元の場所まで戻ってきてしまった。
対機械兵戦用迫撃砲や小型ミサイルなどもあり、なかなか派手な戦闘になりそうだと思った。
「黒耀君!」
不意に、背後から翡翠に呼び止められる。その表情は、心なしか明るく見えた。
何か朗報でもあったのかもしれない。
「君に見せたいものがある」
「? 見せたいもの?」
ボクは首をかしげた。
だが、そんなボクのことはお構いなしに彼女はボクを引っ張り、会議用テントの中へ連れ込んだ。
瞬間――
「――っ!」
ボクは、絶句するほど驚いた。
そこには、漆黒のレースバイク。
ただのレースバイクではない。それは、戦闘に特化したバイク。
紛れもなく、自立式サポート型強化外装、シュリルだった。
「な、なぜここに?」
ボクが尋ねると、翡翠は得意げに説明してくれた。
「君の話を聞いた直後、数人の警備委員に捜索させたのだ」
「だが、未だ廃墟となっている街から見つけ出すのは困難では?」
それを聞いて、ますます得意げになる翡翠。
「確かに、瓦礫の中から壊れたものを見つけるのは難しい。だが、君は言っていたな? 自己再生機能により、今はもうほぼ無傷だろう、と」
思い出した。確かに、そんなことも言った気がした。
「後は簡単だ。瓦礫の中から、全くの無傷のものを見つければいい。たとえ形がわからなくとも、それならば見つけることは可能だ」
「………」
思わず、感心していた。
「そしてもう一つ」
「?」
「増援が到着した。間もなく防衛戦を開始する」
一瞬で、気が引き締まる気がした。
「寝倖の反応はまだない。ボクはとにかく、少しでも多くの機械兵を潰そう」
「いや、その必要はない」
「どういうことだ?」
ボクには、意味がわからなかった。この状況では、少しでも早く、多くの敵を墜とすべきだろう。
「当初の作戦通り、君には、彩河美土里と紫電の寝倖のがでるまで、待機してもらう」
「? しかし、作戦通りというならば、鈴の穴を埋める要員が必要だ」
「ん? ああ、そうか、言っていなかったね。君には、彼女と作戦行動を共にしてもらうよ」
翡翠が示した先。そこには―――
「頑張りましょうね、峻君!」
「………鈴?」
そこには、花暦鈴が、立っていた。




