黒幕
花暦鈴が、一時的なボクの指令になってから三日。
ボクは、ほとんどずっと第一テルル学院警備委員会室で、七式睦番式【輝雷】:紫電の寝倖との戦闘に備えた作戦会議に参加していた。
とは言っても、ボクはずっと内容を聞いているだけだったが。
「疲れていませんか? 峻君」
「ああ、問題ない」
「そうですか。今日は後もう少しですから、がんばってくださいね」
時々、隣に座っている鈴が、こうして気遣ってくれる。
気遣いはありがたいが、壁に寄り掛かってずっとボクを睨んでいる雅はどうにかしてほしい。
ボクが雅から目を逸らすのと同時に、一人の少女が入ってきて、今日の議長を務めている、警備委員会会長、翡翠に何か耳打ちをしながら数枚の書類を渡した。
翡翠は驚いたように目を見開いた。いや、実際驚いていた。
「これは、事実か?」
「間違いありません。委員長」
「そうか。わかった。ありがとう。もう、下がっていい」
「はい。失礼します」
一礼と共に、少女は再び出て行った。
「翡翠委員長。何があったというのだ?」
軍服を着た長身の女性が尋ね、全員が翡翠の返答を待つ。
「今回の事件の、犯人がわかりました」
ボク以外の全員が、あからさまに反応し、中には思わず立ち上がる者もいた。
「誰だ! 睦番式を陰から操っているのは!」
先ほどの軍服の女性が、声を荒らげる。
「それは………」
何故か、急に言いよどみ、鈴を見る。その瞳には、不安と迷いが見て取れた。
しかし、当の鈴は不思議そうに見つめ返すばかりだ。
「どうした! 翡翠委員長! 早く言え!」
「………わかりました」
暫く鈴を見つめていたが、やがて意を決したように息を吐き、顔を上げた。
「今回の少女連続失踪事件の首謀者、それは――彩河美土里です」
「―――へ?」
静寂の中、そんな、間の抜けた声を上げたのは、一瞬で表情が固まった、鈴だった。
† † †
「よかったんだ? 犯人を公開しちゃうなんてさ」
「構わないわ。世界を変えるんだもの。インパクトは重要でしょう?」
「七式である僕を従えてる時点で、十分インパクトはあると思うけどね」
「自信過剰なのね、寝倖」
「いやぁ、そんな事はないと思うけど?」
テルルから数十キロ離れたところにある、小さな洋館。
そこの一番奥の部屋で、二人は会話していた。
一人は寝倖。黒耀とテルルで再会した時のような、強化外装は展開していない。そして、彼の正面で椅子に座っているのは、茶色の長髪で、姿勢といい眼差しといい、どこか凛とした印象を感じさせる女性―――彩河美土里だ。
「今頃、君は有名人になっていると思うよ。一般公開は……流石にまだかな?」
「そうね。………ふふ」
「どうかしたのかい?」
突然笑い出した美土里は、目の前に注いであったワインを一口啜る。
「今回、あなたに因縁の相手がいるように、私にも思うところがあるのよ」
「へぇ。ま、そろそろ僕は寝るよ。明日は、とんでもないことになるからね、きっと」
「そうね。おやすみなさい」
寝倖は、軽く手を上げて、部屋を出て行った。
美土里も立ち上がり、窓を開ける。涼しい夜風が、彼女の頬を撫でる。
星空の真ん中に浮かぶ、満月直前の月。美土里は、それを眺めながら、フッと、笑った。
「鈴。もうすぐ、また会えるわ」
―――楽しみね。




