取引
消えたように見えたと言っても、あくまで一瞬。
すぐに目が追い付いた。
「まだ、遅いな」
これなら、まだあれは使わずに済みそうだ。
「――!?」
体を後ろに逸らし、鈴の一閃を避ける。
彼女は驚いたように目を見開いたが、流石と言うべきか、すぐに切り替え、今度は後方へ大きく跳び、距離をとる。
ボクが追撃していかないのを確認すると、また、向こうから迫ってくる。
ちょろちょろとすばしっこくボクの周りを走り回り、隙を見つけては斬りかかってくる。
流石に片腕だけでは足りず、左腕からもブレードを出し、全てを受け止めた。
そんな、高速の攻防が10秒も続いたころ、鈴は再び大きく跳んでボクから距離をとる。
「はぁ……はぁ………。あくまで、抵抗しますか……」
「別に、ボクはどうでもいい。ただ、面倒ごとが嫌いなだけだ」
表面上嫌がってはいるが、警備委員会の持っている情報は気になる。
今回の事件、彼女たちはどこまで解っているのだろうか?
「等価交換………というのはどうだ?」
「等価交換………ですか?」
訝しげにボクを見る鈴。
「そうだ。君らがボクに情報を伝える。ボクもそれに見合うだけの情報提供、または協力をしよう」
「………」
どうやら、迷っているようだ。
七式の一人とする取引は、流石に即決は出来ないのだろうか。
暫く考え込み、そしてようやく口を開く。
「わかりました。委員長や政府の方に掛け合ってみます」
「そうか。助かる」
ボクは強化外装の実体化を解くことで、これ以上の戦闘の意志はないことを伝えた。
「いいのですか? そんな無防備な姿を、見せても。今の私なら、背後からあなたに斬りかかる事も躊躇いませんよ?」
彼女は手にした剣を構える。
「来るならば今の取引は無かったことになるな。だが、ボクは、お前がこれ以上の攻撃をしてこないと―――信じている」
「―――っ!?」
なぜか、鈴の顔が一瞬で真赤になった。
うろたえる様に、口をパクパクと開閉させ、視点もアッチへ行ったりこっちへ行ったりと、定まらない。
「ず、ずるいです。峻君は……」
「?」
ほんの少し頬を膨らませ、上目遣いでボクを見てくる。
なぜだろう? なにか、言葉に言い表せないような、しかし心地いい感覚がする。
「と、とと、とにかく、峻君も来てくれないと困ります。いっしょに来てください」
「それはこと――」
それは断る。そう言い終わる前に、いつの間にか鈴はボクの右腕にしがみついていた。
「絶対、逃がしませんから!」
なぜか、このときの彼女は、とてつもなくいい笑顔を浮かべていた。