意味
思わず、言葉を失った。
まさか、そんな言葉をかけられるとは思わなかった。
「今のご主人様は、なかなか面白い人だよ」
そう言い、ゆっくりと近付いてくる。
同時に、カシャンカシャンと小気味のいい音を立てて、彼の顔の上半分を覆う装甲が自動的に折りたたまれる。
現れたのは、特徴的な、二重の大きな瞳。数ヶ月程度では、さほど大きな変化はないが、左目の上にある深い十字の傷は、初めて見るものだった。
ボクの視線に気付いたのか、寝倖は苦笑いを浮かべて説明してきた。
「この傷かい? これはね、ボクが最後に墜としたティアマト軍基地にいた女神に付けられた傷だよ。あの不意打ちは上手かったね。危うく、切り殺されるかと思ったよ」
ま、その後瞬殺したんだけどね―――そう続けて、笑った。
「そんなことよりさ、僕は素顔を見せたよ。黒耀も素顔を見せるべきじゃないかな?」
「…………もっともだな」
ボクもフルフェイスのヘルメットを脱いだ。
「駄目だ。ぜんぜん駄目だね」
いきなり、そんな駄目だしをされた。
「目が死んでいるよ。昔はもっと生き生きしていたのに。やっぱり、戦闘がないとそうなってしまうか……」
残念そうに、心底残念そうに呟いた。
しかし、それはボクも前々から思っていたことだ。
岩仲の爺さんは、平和でのんびり余生を送りたいと、そう言っていたが、ボクは戦争状態がいい。でないと――――でないと、ボクの存在意義がなくなる。
「お、戦いを求めている目になったね。どうだい? 僕と来る気、ない?」
ボクは、暫く考え込んだ。
いつも世話になっている爺さんの願いと、ボクの存在意義。この二つを天秤にかけても、水平のままに感じる。
その隙に、寝倖は更に追い討ちをかけてくる。
「戦いを求めているんだろう? なら、僕と来るべきだ。僕のご主人は今―――世界をひっくり返そうとしている」
ボクは、耳を疑った。
さすがに、そんなことを考えている人間がこの世界にいるとは思わなかったからだ。
「当然、世界中を巻き込む戦争が起こる。世界中で思う存分暴れられるんだよ! まず手始めに――この街を消し飛ばし、世界中に知らしめる」
力と、革命の意志をね―――そう続ける相貌は、紛れもなく、狩人の目だった。
なのに―――
「断る」
言った瞬間、寝倖は驚いたように目を目開いたが、それ以上にボク自身も驚いていた。
「な、なぜだい? 君が断る理由がどこにあるんだ?」
「…………」
答えられなかった。黙って、寝倖の慌てる姿を見ているしかなかった。
そして、寝倖もボクが返答に困っていることを察したのか、少し寂しそうな微笑を浮かべた。
「そうか、黒耀。君はまだ、自分自身を理解し切れていないんだね。自分が、なぜボクの誘いを断ったのか。それは、自身を本当の意味で理解していれば、わかるよ。ねぇ、黒耀? 君は、いったい何者だい?」
「? 兵器だ。同時に、人間でもある」
「ほらね? 君は自身をそう理解している。でも、違うよ。ぜんぜん逆だ」
ボクは、寝倖の言っていることの意味がわからず、首をかしげた。
「君は七式の中で一番若いし、七式になったのも最後だ。わからなくても、仕方がないことだよ。でもね、自分が一体何者なのか、それを考えてみるのも、悪くはないと思うよ」
それじゃあね――最後にそう残して、彼は消えた。
「自分が何者なのか………か」
彼の去った空間で一人、立ち尽くしている。
逆……。兵器であり、同時に人間でもあると言う解釈がまるで逆だと言う。
ただの兵器とでも言いたかったのだろうか?
「それは、無いな……」
寝倖は、七式で最も心優しい男だった。彼に限って、そんな考えを持つはずがない。
では、一体何が言いたかったのだろうか?
わからない。
不意に、背後に人間の気配。
振り返ったそこには、ボロボロになった第一テルル学院の制服を纏い、両手で剣を握り締めた少女。
「なんで……なんで、峻君がここに?」
驚きで見開いた瞳にあふれそうな涙を溜めた、鈴が立っていた。