居場所
話を聞くと、どうやら地上で暮らす者たちは、地下で公開戦闘を繰り広げるものたちの事を出演者と呼称しているらしい。
「で、ボクら出演者が怪しいと考えたわけか」
「そ、そうですけど……」
先日と同じく、ボクは警備委員会室で鈴と向かい合っていた。今回は雅はいないようだ。
今朝ボクと会ってからずっと、彼女は何故か浮かない顔をしていた。
「あの、峻君は本当に出演者なんですか?」
何度目かになる質問に、ボクは全て全く同じ言葉で答えていた。
「地下でゲームに参加している者が出演者ならば、ボクは間違いなく出演者だ」
そして、毎回同じように泣きそうな顔になる。
「なんで? 峻君は何でそんなところにいるのですか?」
目に涙をいっぱいに溜めて尋ねてきた。
「戦後の世界で、ボクが生きていける場所はあそこしか知らない。故にデグダで暮らしている」
「そ、それなら私たちと――」
「――それはなりませんよ? 鈴お嬢様」
彼女が言い終わる前に、黒いスーツの女性が却下した。雅だ。
「そ、そんな、だって――」
「だって、ではありません。あなたはこの学院の寮で暮らしているのです。どのようにしてこの男を住まわせると言うのです? しかも出演者など……。論外です!」
どうやら、ボクはこの雅に、徹底的に嫌われてしまっているらしい。
しかし、この二人のやり取りを見ていると、捨て猫を拾ってきた少女とその母親の、飼うか飼わないかの口論のように見えて仕方が無い。
「何を笑っている? 貴様のことなんだぞ」
「問題ない。気にするな」
どうやら、表情に出てしまっていたようだ。
「そうだ! 実家です! 実家なら、お母さんもお父さんもいますから、問題ありませんね!」
満面の笑みでボクを見てくる。
どうやら、雅さえ折れれば、ボクはそのまま鈴の実家に住むと言うのは、彼女の中ですでに決定事項になっているらしい。
雅は深い溜息をつき、掌を額に乗せた。
「いいですかお嬢様。私は旦那様と奥様に命を救っていただきました。したがって、恩返しをしなければなりません。故に、このような危険な男を旦那様と奥様の下へ連れて行くわけにはならないのです」
「大丈夫です! お父さんもお母さんも、俊君の事はよく知っていますから!」
「しかし、彼はもうあなたの知っている男ではないのでしょう?」
そのたった一言で、鈴は笑顔のまま固まった。
しかし、雅はかまわず続けた。
「この男は、お嬢様の事を覚えていないのでしょう? であれば、それは最早、別人と同じです。わかってくださいお嬢様」
「……………」
今度こそ、鈴は黙った。
まだ何か言おうとしているが、うまく言葉に出来ないようだ。
「そういうことだ」
「……そういうことか」
よくわからないが、とりあえず納得しておく。
「さて、では、私がここへ来た理由を教えてやろう」
「いや、必要ない」
即答してやると、雅は一瞬眉を顰め、「んんっ」と咳払いを一つ。
「私はここに来るまで、最近、巷を騒がせている連続少女誘拐事件について調べていた」
「………」
「これまでの目撃談や現場検証により、犯人と思われる人物像が浮かび上がってきた」
「…………で?」
少し、興味を持った。
「身長は約170cm、髪は黒のショート。そしてボロボロのマントを纏った明らかに戦闘の心得がある男らしい……」
「………何が言いたい?」
流石に、雲行きが怪しくなってきていることに気付いた。眉を顰め、雅を軽く睨む。
しかし、彼女は臆することなく、むしろ睨み返してきて言った。
「私は、貴様が犯人なのではと疑っている!」
流石に一瞬言葉を失ったが、すぐに立ち直り、尋ねた。
「それで、どうするつもりだ?」
雅は不適に笑みを浮かべ、シュッとボクの目の前に右手を突き出してきた。
「当然、危険の可能性があるものを放っては置けない。暫く、その体の自由を奪わせてもらう!」
仕方なく、ボクも構えた。
直後、雅は走り出す。あまりの速さに、その体はただの黒い線にしか見えない。
しかし、ボクにとってはまだ遅かった。
一撃目を片手で防ぎ、その後の猛攻も全て防いだ。
いきなり襲われたにも拘らず、ボクはわずかなりとも安心のようなものを感じていた。
やはり、ボクたちの――七式の住む世界は、戦場なのだ。