プロローグ
中立区域であるはずのアスパルが、戦火に包まれた。
16年間慣れ親しんだ街が燃える中、父と二人で母と双子の妹二人を火の粉や熱から庇いながら非難船を目指す。
どこへ逃げればいいかもわからずに右往左往している人達に「非難船はこっちだ!」と叫びながら、瓦礫で埋まった道を何度も迂回して非難船へと走る。
走る足を止めずに空を見上げると、真赤に染まった空中で、戦闘機と人間が戦闘を繰り広げていた。
父が叫んだ。
空中で繰りひろげられる戦闘に気をとられていたボクは、その父が何を叫んだのか聞き逃してしまった。
父の方を振り向いた瞬間だった。
ボクは爆風と、灼熱、そして爆音に包まれ、吹き飛んだ。
一瞬視界がブラックアウトし、続いて地面に叩きつけられた衝撃で意識を引き戻される。
目を開けると、3メートルほど先に大きな穴が開いていた。
一瞬で理解した。爆弾が降ってきたのだ。おそらく、狙ったものではない。誤爆だ。
爆音で耳がやられたのか、何も聞こえないし、背中に大やけどを負ったはずだが、最早感覚もなくなっている。
石のように固くなっているように感じる首を何とか動かし、いっしょに逃げていた家族や、途中からいっしょに逃げていた人たちを探す。
首を横に向けるだけで、後者の人たちのほとんどは見付かった。遠目から見ただけでわかった。みんな、死んでいる。
次に、首を反対に向けた。家族みんながいた。
やはりみんな、死んでいた。
父は頭部に家の鉄骨が突き刺さり、着弾点近くだったのか、母は全身が黒焦げ。そして妹たちは、互いを強く抱きしめながら、ピクリとも動かなかった。
悲しいと思わなかった。思えなかった。あまりに突然で、衝撃的すぎたが故に、理解が出来なかった。
でも、それもほんの数十秒の事。時間がたつと、自然に涙があふれ出てきた。
駄々をこねる子供のように泣きじゃくり、大声で喚きながら動かない体をどうにか動かそうとするが、ボクの体は、指先の一つも動かない。
数時間後、ボクの涙は枯れ、もう叫ぶ力もなくなっていた。
父を、母を、妹たちを呼ぼうとするが、口から出るのは擦れた、声とも呼べない喘ぎ声のみ。
唐突に、一週間ほど前にこの街から別の中立区域へ引っ越して行った女の子を思い出した。
小さな頃から毎日、高校に入ってからもずっといっしょだった女の子。寂しがり屋で、意地っ張りで、優しく、そして自分の知る中で誰よりも心の強い少女。
彼女の名を呼ぶ。助けてと、伝わるはずもないのに助けを求める。口から出るのは、やはり擦れた喘ぎ声のみ。
気が付けば、空を飛び回っていた人間も戦闘機も、いつの間にかいなくなっていた。
戦闘が終わったのだ。
家族みんなが死んだのに、ボクだけが生き残ってしまった。
いや、どの道ボクも死ぬだろう。
死ぬのは怖いはずなのに、あの少女と二度と会えなくなるのに、ボクは――――安心していた。
すぐにみんなのところへ逝けると。
そして、遂に視界がだんだん暗くなってきた。
――ああ、やっと、やっといける………
ボクは、意識が暗闇に落ちていくのを感じる。
眠りに落ちていくようにゆっくりと、心地よかった。
なのに――――彼女のことが、頭から離れなくなった。
意識が暗闇に落ちていけばいくほど、強く、ボクの頭に蘇る。
今更、死にたくないと思った。
枯れたはずの涙が、再び溢れ出す。彼女の名を呼ぶ。擦れた喘ぎ声が漏れる。
死に、抵抗した。怖くなった。彼女の名を呼んだ。駄々をこねる子供のように、助けを求めた。
だが、駄目だった。
抵抗するほど闇に落ちる速度は上がる。闇に飲み込まれる直前、ボクはあっりたけの力を振り絞り、ありったけの想いを乗せて彼女の名を叫んだ。
「峻君―――――」
彼女の声が聞こえた気がした。
おそらく、ただ「気がしただけ」。所詮は妄想。だが、それでも良かった。
彼女の声が聞けた。それだけで安心だった。
そして、ボクは闇に飲み込まれた。
† † †
目が覚めた。
どうやら、昔の夢を見ていたらしい。
しかし、ボクにはもう、必要のない記憶だ。
脳に埋め込まれたチップを操作し、今見た夢の記憶を消去する。
時々あるのだ。人間だった頃の、消去したはずの記憶が夢として蘇ることが。
「人間だった頃」と言っても、まだ一応は人間なのだ。脳もあるし、全身に血も通っている。ただ、体の半分以上が機械兵器なだけだ。
戦うための、殺戮のための存在。
人間としての自分は死に、兵器として生きる。
そう、兵器なのだ。故に、記憶など必要ない。
今のボクの名前は、七番式【黒皇】:変則の黒耀。
アレース軍最強。対女神戦最終兵器。
七式の一角なのだから。