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ツイバミ  作者: CRUX
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謎の損壊①

 そんな美味しい入院生活は、ある日あっさり打ち切られた。なんてことはない。希望していた大部屋へ移動が決まっただけだ。

 正直いって、高橋さん独り占め状態の個室生活に未練があるのは間違いないが、あの「あーん」は結局一回だけだったし、そこから何か発展した訳でもない。

 あの時は落ち込んでいるオレを、彼女なりに励ましてくれたのだろうと考えている。


 約束を守ってオレの清拭と下の世話に関しては高橋さんに一存出来ているが、それ以外の検査には、部屋にくる他のナースに任せられている。

 そりゃそうだろう。高橋さんもオレばかり世話をする訳にいかない。何より、オレ自身が高橋さんに面倒をかけるのが忍びなくなっている。


 それは大部屋へ移される前夜のこと。オレはカマをかけるつもりで、彼女へ冗談まじりに「彼氏はいるんですか?」と、問いかけてみた。

 もし「いない」と答えたらオレにも希望があるし、「いる」と答えても落とす意気込みがあった。

 だが「います。今もいっしょに暮らしているんですよ」と、ノロケ顔で答えられたら何も言えなくなった。確かに彼女のような魅力ある女性が彼氏の一人もいないはずないだろう。

 オレはその彼氏にうらやましいを通り越して、ねたましいと思ったほどだ。

 だがしかし、オレに対して時々浮かべる“事務的な愛想笑い”がある限り、オレは高橋さんにとって、あくまで仕事上の介護するべきお客さんにしか過ぎないのだろう。

 それが分かったからこそ、オレにとってそれ以上の関係は望めないんだ。


 移動先は四人部屋で、入り口から入ってすぐ右のベッドがオレの場所だ。

 隣にはギックリ腰を悪化させたじいさん。向いには左腕を骨折した四十代の男。その隣はバイク事故で右半身を複雑骨折した十代の若者がいる。

 幸いにもみんな命に別状はなく、若者でも「ケガの痛みより、リハビリのほうがキツイっす」と、笑うほどだ。

 だが、オレは若者のことを笑っていられる場合じゃなくなった。


 オレ自身のリハビリが始まったが、数週間まともに使わなかった足は、ゆっくり歩くことさえも拒否してフラフラだったし、まずは外見だけでも腕があるような装飾用義手を装着して、理学療法士の言われるままに動かすことがこんなに難しいとは思わなかった。

 リハビリを終えて部屋に戻るころには、全身クタクタに疲れ果てている毎日だ。

 だが理学療法士から見た目だけの装飾用義手ではなく、少々値段は張るが腕の神経をつないで、ある程度自分の意思で動かせる物もあると教えられ、わずかに希望が湧いてきた。


 リハビリが進み、だんだん義手に慣れてきたのはいいが、残念なこともある。

 スプーンが使えるようになったため、高橋さんから食べさせてもらえなくなった。まあ、下の世話の大だけは自分でどうしようもないため続けてもらっている。

 だが、より一層、疎遠になっていくようで寂しく思ったが、他の三人の手前、オレだけひいきする訳にはいかない。オレは理屈で無理やり感情をねじ伏せた。それが大人というものだろう。


 この部屋に来て、たった一つ不快なことがある。

 隣のじいさんのテレビがうるさい。

 耳が遠いのは仕方ないにしても、一日中つけっ放しなのはキツイ。

 何がキツイかと言うと、流されている内容が余りに関竜よりのものばかりで、二言目には「関谷竜之介せきやりゅうのすけ会長は……」「関竜会の会員の皆様は……」ばかりで、中身がまったく無い。

 しかもオレは、どれだけ関竜と政財界がからみ、莫大な利権をむさぼっているか知っているだけに、よけい神経にさわった。

 ナースにボリュームを下げてもらうよう頼んでも、一時的に小さくなるだけで、結局元の音量に戻してしまう。どうしてイヤフォンかヘッドホンを使わないのか苛立ったが、少々痴呆が入っているようで、どうしようもない。

 それならオレの部屋を変えてくれと頼んだが、今はどこも空きがないと断られた。


「すみません。私たちも注意してはいるのですが」

 ある日、当直日にやってきた高橋さんは謝りながら、「黄色く指先で小さく丸めて耳の中で膨らむ耳栓」を持ってきてくれた。


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